狂戦士の怒号

「じゃかましい!盗っ人の戯言なんか信用できるか!」

棍棒で小突いたのはケントだ。ヘレンの見立てでは眼前にいる魔王やジッドすら傀儡に過ぎない。彼の「実体」は既に別の誰かに宿っている。避難民に憑依して国境付近から飛空艇で船出している頃だろう。魔笛コルシャスを吹かせたのもその為だ。

「だったらお前もグルかよ!」、と激昂するケント。

「だから最後まで聞いて頂…ひゃん!」

理性を失った戦士はヘレンの短衣を胸元から破り捨てた。胸を隠す黒髪と腰を申し訳程度に覆う白布しか着けてない。剛腕が可愛らしいデザインの短衣を端切れに変えると一組のワイヤが出てきた。

「これは何だ? あ? いや、みなまで言うな。俺が当ててやる!蜘蛛糸パビアLv.8だ。千里を超えて万物をもやう。これで飛空艇までの逃げ足を確保ってか?!」

無言で赤らむヘレンにアーニャがマントをかけた。

「違うの…」

綿の下履きを涙が濡らす。「国境山脈アノンの鷹匠達が避難民の掲揚を申し出てくれたわ。もう鳥の足に片方を結んである。あとはアーニャの分身術マラウルで増殖するだけよ」

レベル5の攻撃魔法である。魔力点を最大限に消費して1個パーティにつき1個だけアイテムを臨時に増殖する。

「もうすぐ崩壊が始まるわ。ヘレンはケントとアゾンを連れて先に行っててちょうだい。脱出後は避難民を鎮めて順番よく蜘蛛糸に縋らせるのよ。ケント」

魔導士が術式の構えに入ると狂戦士はいきなり背後に回った。そしてあろうことか彼女の悲鳴が聞こえた。

「キャッ」

膝を抱えビキニ姿で蹲るアーニャの頭上に魔法衣ローブの残骸が降り注ぐ。「なんて事を!」

駆け寄るアゾンの足元を棍棒が薙ぎ払う。そして散らばる宝珠が粉々に打ち砕かれた。狂える巨漢はそれぞれの腕で半裸女子の髪を掴み、吊るす。

「うるせえうるせえ。魔法だの呪文だの。これからは力こそ正義よ」

そういうとアーニャのショーツに手をかけた。アゾンは昏倒している。自衛する術を失った魔女は無力さを奥歯で噛み締めた。

「ド変態!」

いさましいちびの怒号が狂戦士を振り向かせた。次の瞬間、目を白黒させて派手にひっくり返った。男は両手を喉元にやるが、やがて痙攣して動かなくなった。

「脳筋はヤる事しか頭にないから楽だわ」

ヘレンが虚空をまさぐると銀色の糸が現れた。狂戦士だった肉体の首にまとわりついている。アーニャは内懐から錠剤を取り出すとアゾンに飲ませた。万一の際に男を篭絡する媚薬であるが、禁欲生活を極めた僧侶には強烈な滋養強壮になるだろう。たちどころに彼が目覚めた。

「はーっはーっ!」

黒エルフの褥を睨みつつ魔王の寝室を駆け巡る。その間に半裸の女性たちはジッドを縛り上げ、脱出プランを男どもに言い聞かせた。

「魔王が寝たいっていうなら永遠に催眠スリープさせてやるの。その間は平和ってことでしょ」

アーニャに大陸の崩壊を止めるほどの魔力はない。しかし魔王が覚醒するまでは事態の進展が遅れるはずだ。

「名案でしょ?」

ヘレンがハッスル中の僧侶に身体を見せつけて弄る。

「そりゃ明暗だよな。ついでにお前らも冥暗だ」

何という事だ。ジッドが短剣を手に立ちふさがった。

その背後で死んだはずのケントがヨタヨタと忍び寄る。

「パビアって便利だよな。コソ泥のヘレン程度でも使える。俺にも使える」

そういうとケントが操り人形のような動きでアーニャを捕らえた。

「そんな…」

ヘレンが怯えた小動物の目をする。

「パビア同士は干渉しない。絡まると大変だからな」

ジッドはそういうとアーニャに短剣をつきつけた。「俺の嫁になれ。命だけは助けてやる。そして次期魔王の襲名を宣言するんだ!」

「どういう意味なの?」

「俺達をこんな目に遭わせやがった国王を倒すんだよ。そして姫を擁立する」

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