魔笛コルシャスの音色

盗賊はジッドの命令に耳を貸さず一心不乱に笛を吹いた。音色は物悲しくすすり泣く。幼子が里親より生みの母を求める様に熱く切ない。その調べは邪心さえ洗い、切々と生きる虚しさと儚い希望を歌い上げる。盗賊ヘレンと人は言うが孤児の生い立ちがそうさせた。束縛を嫌う彼女は王国民に避難を促したが大多数は逃亡と解釈したようだ。拒絶反応が返ってきた。臣民の忠誠と信頼は厚い。

「アーニャさんは裏切らない。あたいずっと見てきた。皆のピンチを陰から支援してきた。ジッドは自分の成果だと信じてるみたいだけど」

「成程、手柄泥棒ってか」

狂戦士は心変わりが速い。疑惑の目を戦士に向ける。

「あたい盗賊だからわかるんだ。罠かどうか」

拾った短剣を魔王の褥に投げた。すると黒エルフの枕に刺さった。

「攻撃はできるみたいよ。安眠の望みは本物。ジッドは勝敗に心を奪われてる。魔王はジッドよ」

そういうと電光石火の早業で彼を縛り上げた。当然、戦士は抗う。今度はアーニャが共感のスキルで寝室を取りまく布陣の殺意を本人に注入した。絶叫してみせるがうわべだ。

「ほら、死なない。幾ら百戦錬磨でも心がショックで死ぬもの」、とアーニャ。

「つまりこいつか魔王ってか」

狂戦士は吐き捨てた。魔王はパーティを仲違いさせた挙句、分裂を瀬戸際の王国民に伝搬する腹積もりだ。人々は罵りあって死んでいく。そしてドサクサに紛れてジッドは脱出する。世界を再創造する神として。それが盗賊ヘレンの見抜いた罠だ。ジッドは彼女の主張に騙されるなと諭すが、説得力に乏しい。

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