魔法使いの言い分

「みんなちょっと落ち着いて」

女魔導士のアーニャがようやく口を開いた。朴訥でパーティーでも埋没気味な彼女はレベル7マジックを全て習得し思慮深い。それゆえに軽挙妄動しがちな一行のストッパーになっている。

「落ち着くも何も時間がねえんだよ。手短に頼むわ」

ジッドも苛立っている。彼女が長饒舌を始めると戦闘中もお構いなしで調子が狂う。「魔王が交渉に応じるとは思えません。地形を変える程の魔力を持ちながら迷宮の最奥部まで精鋭パーティーを招き入れる具を犯すでしょうか。わざわざ寝首を掻かれるなど…」

要約しろと言われてこれだ。ジッドの苦悩が偲ばれる。

「だから回りくどいってんだよ。要するに罠だと言いたいんだろ?」

「罠には下心があるわ。裏を読み解かないと…」

アーニャの反論を棍棒が打ち砕いた。狂戦士バーサーカーのケントだ。直情型で婉曲を嫌う。「魔王の頭を長耳女ごとブチ砕きゃいいんだろうが!」

すかさずジッドが仲裁に入った「待て待て待て待て…」

彼の両手を棍棒が打ち払う。

「待てってんだよ!」

ジッドは懐刀を抜き放った。疾風のダガーLv.10だ。先手値イニシアチブを4レベル補正してケントを右耳をかすめる。

「…わぁった。判った」

大上段に振りかぶった割りに肝が小さい。そこに実はお喋りなアーニャが割り込む。彼女は幻視ヴィジョンの魔法をかけた。レベル5マジックで3ターンの間、任意の1パーティーに作用する。

ビジョンの内容をまとめるとこうだ。

世界の破壊すら厭わない魔王が物欲に拘泥するなどナンセンスだ。彼の欲求はもはや唯物論を超えた形而上にある。観念的な何かを実現したいと思われる。具体的には象徴的な勝利だ。

例えば人類をただうち滅ぼすだけでは面白みがない。

「…つまり、世界滅亡劇場の特等席に俺たちを招いたってわけか!」

ケントは脳筋に見えてなかなか頭の回転が速い。

「だろうな。その為にわざとモンスターマシマシな地下迷宮を据えて精鋭を育成した。最強チームが手も足も出せないなんて、メシウマの極みじゃね?」

ジッドもおおむね賛成のようだ。

すると、ケントが棍棒でアーニャを小突いた。

「ひゃん☆」

転倒した彼女をリーダーが抱きかかえる。

「何てことしやがんでぇ!」

「ジッド。この女は手先トラップだ」、とケント。

「非道いわ!」、アーニャが涙ぐむ。

「ケッ。最もらしい御託ならべやがって。そんな隙をわざわざ魔王が作るかよ。それとも何か、手枷足枷で御観覧ってか? それじゃわざわざ”最強パーティー”を招く意味はねえな。大ピンチに臨席しながら、俺達に隔靴搔痒を味あわせるのが醍醐味ってもんだろ」

ケントはアーニャ説の弥縫を指摘した。

「なるほど。ヘレン。悪いがアーニャを縛ってくれ」

ここまで2分経過。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る