美しい後輩ちゃんには棘がある

第一輪:白い花の髪飾り:

 今日も私は、地元にあるとても広い図書館へと訪れていた。

 足を踏み入れるとともに、あの日の出来事が脳内で鮮明せんめいにフラッシュバックする。


「っ……」


 ……まただ。これを思い出すと、またこの感情へとおちいれてしまう。

 甘くて、辛かった思い出ではないのに、胸が締め付けられる。そんな、まるでバラのような気持ち。


 ふと、私はバッグにつけた白いバラのアクセサリーを手で触れた。

 あれから、新しく母さんからもらったもの。今度は、無くすことがなさそうなワッペン。

 別に無くした訳では無いのだが、どうやら勘違いされてしまったらしい。


 ……まあ、この歳になっても白いバラのものはお気に入りの逸品ではある。

 そして、母さんの悪戯いたずらなプレゼントの意味も、今ではよくわかっていた。


「………」


 私はワッペンから手を離して、迷うことなく図書館の中を歩いていく。

 目当ての棚の方へと向かいながら、ふと、アクセサリーを身に着けたあの少女のことを思い出してみる。


『にあってるかな?』


 ……結局、あの日から白雪姫を彷彿ほうふつとさせる少女はここに姿を出くわさなかった。

 白いバラのアクセサリーという、絆の証を渡したにも関わらず、だ。


 つまり、あの白バラを身に着けている少女を、私は一度も見ることができていない。

 もはや、本当に曖昧あいまい過ぎるこの関係が友達と呼ぶことは果たしてできるのだろうか。

 そんなことを、無意識に沈んだ気持ちになりながら思った。


「………」


 少し早足になっていたのか、気が付けば目指していた棚の前に来ていた。

 私は人差し指で数々の本を擦り、分厚くて硬い本を見つけると上から抜き取る。


 取り出した本には、メルヘンチックなフォントで「グリム童話集」と記されていた。

 主に、ドイツのとある兄弟によってつづられた、今でもとても有名な童話集だ。


 私は近くにあったテーブルに座って、その内の一つである物語のページを開く。

 この作品は「グリム童話」一部の取材源である、「ペロー童話」にはないものだ。


 それは、「白雪姫」。マリー・ハッセンプフルークが語った、有名な物語。

 尤も、一般的に知られている内容とは大きく異なるものではあるが。


 「白雪姫」というのは本来、とても残酷ざんこくで、混沌こんとんで、むべき内容である。

 興ざめたもの、とは勘違いして欲しくないが、少なくとも子どもに見せられるものでは無い。


 一部抜粋ばっすいするが、その内容というのは、本当に予想を上回るものだ。


 毒林檎で有名な魔女が、白雪姫の継母、一説では実母であるという事実。

 その魔女による姫への殺害未遂が、毒林檎の1回だけでは無く、計3回という恐怖。

 それでも目覚めた姫の結婚披露宴では、魔女は赤く熱された鉄靴で、死ぬまで踊らされたという……もはや言葉では表せまい。


 美しい花には棘がある、もいいところだ。

 この物語を知っていて、無邪気な息子に美しいバラを渡した母親が少し怖くなってくる。


 ……まあどちらにせよ、「白雪姫」という物語は面白いのは変わりない。

 具体的には言えないのだが、少なくとも子どもの時から好きなのは影響しているな。


 それに、例の少女との出来事。

 「白雪姫」で繋がったあれも良い思い出なのは間違いなくて、離れられないのだ。


 ……無論、白バラをくれた母親にも感謝はしているさ。


 意識を「グリム童話集」から逸らし、私は再び白バラのワッペンに触れる。

 生地はしっかりとしていて、触り心地が良く、触っていると安心感が湧いてきた。


「……?」


 ……その時、ふわり、と。


 開かれた大きな窓。そこから微かな風が吹いたと思えば、異質な匂いが鼻腔びくうくすぐる。

 花のような、果物のような。少なくとも、あまり嗅いだことのない、いい匂いだ。


 反射的に、ただよっってきた匂いの方へと、ミツバチの如く私は意識を向ける。


 また微かな風が窓から吹いて、糸状の、黒い絹のようなものが、可憐かれんなびく。

 コントラストが美しい白の物体が、ちらり、と絹の上から覗かせた。


 思わず、3m弱先にいる少女のその容貌ようぼうに、視線が釘付けになる。

 先に述べた、漆黒の黒髪。真っ白な肌。微かに赤らんだ頬と、ぷっくりとした花唇かしん


 顔は小さく、パーツの並びは絶妙で、その雰囲気は普遍ふへん的とは言いがたい。

 表情は虚無きょむもいい所だが、それをも美しく飾る白い物体……花のような髪飾りが、一番特徴的に思える。


 彼女は、白いワンピースの上から空色のカーディガンを着こなし、凛とした佇まいで周りを見渡していた。

 ここは自習やら読書をするために設けられたスペースであるため、そのどちらかをするために席を探しているのだろうか。


 ……ちなみに、美貌びぼうな見た目ではあるが、私は別にそこが気になったのではない。

 だが今の世代、己の魅力をみがこうとする女性は多く、あれほどの美貌を持つものは少なく無いため驚きはしない。


 ……少しばかり、失礼かもしれないが。


 私が気になったのは。……彼女を視界に入れた時に感じ取った、''既視感''だった。

 そんなわけはない、とは思うのだが、今も彼女を見ると既視感をよく感じ取れる。


「………」


 だがしかし、さすがに見すぎていたのか怪訝な表情になった少女と目が合ってしまう。

 無粋なことをしている自覚をした私は、すぐに視線を「グリム童話集」へと戻す。


 ……ただ、いつもは各一文字がアピールしてくる物語が、頭に入ってこなかった。

 視界は物語で埋め尽くされはしているのだが、まだ、意識は花飾りの少女に向いたままなのだ。


 どうやら、少女は隣のテーブルに着いたらしい。距離は私から2mと少し先にあたる。

 そして文庫本サイズの小説を開き、そのままその物語へと意識を吸い込まれていた。

 細い指で時折ページをめくる姿でさえ、どこか凛とした雰囲気をかもし出している。


 ……そのまま、ペラリ、というページをめくる音と、微かな風の音だけが鳴り響く沈黙に包まれる。

 未だに意識が花飾りの少女に向いたままではある私ではあるのだが、如何せん女性経験が乏しく下手なことは出来なかった。



 □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □



 ……結局、何も起こることがなく、髪飾りの少女は立ち上がって帰ってしまった。

 ほとんど女子と話したこともない私には、なにか話しかける勇気などなかった。


 既視感があっただけに、少しだけ干渉してみたかったが、仕方がない……か。

 なにかの偶然がない限り、もう見かけるという幸運はそうは起こらないだろう。


 少し残念に思いながら、私は立ち上がって彼女が座っていた席を横切る。

 花のような、果物のような香りは、まだそこに残っていた……ような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る