美しい後輩ちゃんには棘がある

さーど

プロローグ

:白い雪の少女:

 この場に来ると、いつも思い出す。まるで、何か鳥籠とりかごに囚われているかのように。


 そのときに現れるこれを、まだ名づけることはできない。なんだか甘くて、胸をしばり付ける、バラのとげのような感情を。



 □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □



「ぐすっ……ひっぐ……」


 とても広い図書館の中、お気に入りの絵本を持って歩いていたら、小さく少女の嗚咽おえつが聞こえてきた。

 幼き本能のまま振り返ると、小さくて、儚げな、自分よりもあどけない少女が視界に移る。


 その顔は見えなくて、今になると失礼だが、その姿は日本昔話ののっぺらぼうを髣髴ほうふつとさせている。

 ただ、雪のように白くて細い腕と、ショートカットにされた、黒檀こくたんの窓枠の木のような髪は、とても特徴的に思えた。

 頬や唇などはわからないが、グリム童話の白雪姫のようだ。今手に持っている絵本に、ふと視線を注ぐ。


 視線を少女に戻し、泣くのなら異変があるのだろうと無意識に解釈かいしゃくした自分は、そちらに近づいた。


「どうしたの?」


 特に邪な気持ちなく声をかけると、少女は目元から腕を離して、ゆっくりと顔を上げる。

 それによって現れた顔は、目元含めて頬や唇に赤みは感じるが、血のように鮮紅なイメージは薄い。


 それよりも、ぱっちりと開かれた眼に収まっている、ヘーゼルカラーの瞳の方が印象に残る。

 涙がたまってかなり濡れてはいるが、それでもその希少性はとてもよく分かった。


 少女は、首を傾げる私に警戒心を表すことなく、その色素の薄い唇を小さく開いた。


「おかあさんと、はぐれたの……」


 そう言うなり、少女は熱のたまった頬に滴を一つしたたせる。まだ、落ち着けてはいないようだ。

 迷子。その言葉を理解し、自分は納得気に頷く。この図書館は広いため自分も迷子になったことはある。


「ついてきて」


 その時に解決した方法を思い出して、自分は少女にそう言うなり手を差し伸べる。

 しかし少女は、その手を取ることなく、ふるふると首を横に振った。先ほどと違って、今回はなにやら警戒心を感じる。


「しらないひとに、ついていっちゃ、ダメって……」


 そう言う少女に、自分はまたも納得する。自分もそれを心掛けているし、なにより、少女とは今回が初対面だ。

 だけど、そうなるとどうしよう。ここは見渡しが悪いし、滞在するのもよくない気がしている。


「それ、なに……?」


 そこで、少女が自分の手元を指さしてきた。自分が当時お気に入りだった絵本……子ども用に描かれた「白雪姫」だ。

 少女は目立つ見た目をしているその絵本に、首を傾げていた。


「……おひめさま?」


 表紙を見せながら題名を答えると、少女はそう言って目を見開かせた。

 心なしか、そのヘーゼルカラーの瞳はキラキラと輝いているように見える。


「どんなおはなしなの?」


 食い気味に、少女は前屈みで詰め寄ってくる。先ほどまでのぞかせていた警戒心は、もう見当たらない。

 警戒心のON/OFFが激しいことこの上ないが、自分はそんなことなど気にならなかった。

 少女がこの絵本に興味を持ってくれたことを、うれしく思ったのだ。


 だから自分は、その絵本……「白雪姫」の物語を、少女に読み聞かせした。



 □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □



「おうじさま……」


 最後の場面、王子様が毒林檎で眠る白雪姫の唇を奪った際、少女がなにやら熱のこもった声でそう呟く。

 その瞳はやはりきらきらとしていて、口は無意識か半開きになっていた。


「どうだった?」


 自分の好きな作品を読んでくれた感想が早く聞きたくて、自分は食い気味にそう尋ねる。

 今になればその表情で察しはつきそうではあるが、洞察どうさつ力の欠ける当時の自分ではわからなかった。


「すごくよかった!」


 少女はそんな自分の問いかけに、満面の笑顔を浮かべて元気よくそう答えてくれた。

 良い返事をとても素晴らしい笑顔を向けられながら聞けた自分は、満足げに頷いた。


「あっ、叶っ!」


 と、そんな時、近くの方から大人びた女性の声が聞こえてきた。

 振り向けば、そこにいるのは予想通り大人びた女性。歳としては20代後半から30代前半に見える。

 その女性は明るめの茶髪と、少女と同じようにヘーゼルカラーという希少性の高い瞳を持っていた。


「あっ、おかあさん!」


 女性……少女の母親に、少女は彼女に全く同じトーンでそう返し、嬉しそうな表情を浮かべる。

 そして、細い腕を広げながら母親に走っていく。


「叶っ、心配したのよ……!」


 母親の方もそんな少女に白い腕を広げて、ぎゅっと力強く抱きしめた。

 どうやら問題は解決されたようで、自分は絵本を閉じながらその光景を眺めてほっとする。


「よかったね」

「うん!ありがとう、おにいちゃん!」


 最後にはげましの言葉を贈ると、少女は満面の笑顔を浮かべてお礼を言ってくる。

 自分は何もしてはいないのだが、この時の自分はなぜだか得意げになって「どういたしまして」と返す。

 『おにいちゃん』というものも、違和感はあれど気にはしなかった。


「お友達?」


 すると、母親が俺の方を見ながら首を傾げ、少女に尋ねる。

 しかし少女は、そんな母親の言葉に首を傾げ返す。そして、こちらに視線を向けてきた。


「おとも、だち……?」


 その顔で、今少女がどう言いたいのか少しわかったような気がする。

 まだ出会ったばかりのこの関係だけど、はたして友達と呼べるものなのだろうか。と。


 それを感じ取り、幼い心ながらも自分は一生懸命ながらに考えた。

 みんなみんな、生きているんだ友達なんだ、ともいうが、それを解釈すると浅すぎるような。


 だってそれは、友達という価値を底まで下げてしまっている。そんな気がする。

 そういうものじゃない。自分が求めるのは、もっと固く残るもので、強く育むものだ。


 固く残り、強く育む……それこそ、友達という絆の''証''。……証……あかし?


「──………!」


 とそこで、自分の頭の中に一つのことが思い浮かんできた。

 「白雪姫」で、姫が目を覚ました際に王子が手渡していたもの……指輪だ。


 それを姫に渡す際、王子は姫との将来を誓っていた。友達という関係も、もしかしたら将来も続くかもしれない。

 それを確かなものにするための''証''を、自分が少女に手渡すのだ。


 しかし、生憎と今は指輪などを持ち合わせてはいない。

 しかし、似たようなものなら今も身に着けている。最近は毎時と手放さなかった、''証''となるものがある。


 自分はその証をポケットから外して、彼女の元へ向かい、それを差し出す。

 自分の小さな手の上に乗ったその''証''とは……白いバラを模した、拳半分くらいのアクセサリー。


 「白雪姫」が好きな自分を見て、母親が手作りで作ってくれたものだ。

 何故選ばれたのが白いバラなのかは、この時はまだ知らないが、とにかく大事にしていたのを今も覚えている。


 少女は白いバラのアクセサリーを慎重に受け取るの、それをマジマジと見つめる。

 そして、どういう意味なのかと疑問をうかべた視線を向けてくる。


「あげるよ、ともだちのあかし。これからよろしくね」


 そう言って笑いかけると、少女は意味を理解したようで表情を明るくする。

 そして「うん!」と力強く頷き、その白いバラは彼女の胸元に安全ピンで止められた。


「にあってるかな」


 そういって少女は自分の前に立ち、頬をほんのりと染めながらそう尋ねてくる。

 希少性があり、かつ白雪姫を彷彿とさせるその雰囲気に、白バラというアクセサリー。


「にあってる」


 言わずもがな、幼き心である当時の自分でも素晴らしいと強く思えた。

 だから正直な感想を彼女に答えると、彼女はにへら、と笑って、こちらに近づいてくる。


「ちゅっ」


 そして、頬に暖かな感触が一瞬だけ走る。とても柔らかくて、瑞々しいものだ。

 それが何かは、今になっては理解できる。


「ありがとう、おうじさまっ」


 しかし当時の自分は、それが何かも気が付くこともできないままで。

 それから彼女が浮かべた彼女が、この記憶の最後。……もう、十年ほど前の話だ。



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 ……余談だが、白いバラにも、立派な花言葉というものが存在する。

 それは、今考えるととても重くて。しかし、とても幸福に満ちたもので。


 純粋さ、若さ、無邪気さ……「永遠の」忠誠心、愛。そして、新たな始まり。


 ……そして贈る際、本数によってさえも、白いバラには花言葉が発生する。

 その言葉……その時の感情を考えるならば、あながち間違いではないと思えた。


 その花言葉とは……





     ──''一目惚れ''

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