妻に隠していたこと
ごろりと寝返りすると背中に硬い異物を覚えた。シュラフに内ポケットがあった。中身は一口サイズの糧食だ。高カロリーで一週間は永らえる。そして小冊子。他愛ない生存術だ。僕はそこに作為を感じた。思いつくままにゴーグルで解読する。やはり文字が浮かんだ。
臥して待て。
悪魔からの伝言は素っ気ない。僕は銀紙を食い破りそこで凍った。農奴の体臭がする。我が家の食卓に乗る料理は山の幸と新鮮な魚介類だった。農園の収穫は前線へ出荷される。ペッと吐き捨てる。そして妻子を思い浮かべた。すまないが僕は子供が嫌いだ。縁談に応じて素敵な父親を演じてきた。僕は僕なりに父性愛を育む努力をした。だが醒めた自分がいた。人生は劇場だとシェイクスピアは言った。舞踏する僕達の足元には敗残者の屍が眠っている。あまつさえ知らずと口にしている。抱っこしている愛娘が缶詰を免れる保証がどこにある。そしてもう一つ、僕には本妻がいた。学習机の横にたたずむ理想像だ。勉強に没頭する間そっと見守る美人。それが胸中にずっといる。教会に通えと薦めてくれた人は戸籍上の妻だ。「貴方はいつも上の空だわ。怒らないから正直に話して」
どう切り出したものか僕は困った。すると彼女は「じゃあ告解すれば」と神父に掛け合ってくれた。僕には勿体なすぎる女だった。
そして一心不乱に祈る内に神が降臨した。黄色い牙を剥いて。
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