強者の煩悩

星々の輝きは饒舌だ。この名もなき惑星―星系友邦アライドネイションの宙図では―の夜は月々の女神に愛されている。まずは第一衛星。こぶし大の果実に似た朱が漆黒から独立している。その鮮烈が僕の瞳孔に鮮烈な痕をつける。緋色の第二衛星が連れている棒状銀河は闇に咆える火炎放射器だ。その渦中で星系軍が一機、また一機と焼かれていく。弱者連合は格差と分断で弾かれた人々の怨嗟を燃料に支持を広げていた。過剰に不平等な社会は相応に歪む。負け組に福祉を与えて阿漕に利用する闇経済が力と武器を蓄えて腐敗した権力の脛を齧り始めた。そして気づいた時には壊死した末端の自治体が丸ごと乗っ取られ、星系政府に公然と反旗を翻した。僕の生まれた時代は星系の黄金期と羨まれていた。軍は市民から畏敬と崇拝を集め、まだ未開地が残る母星の各惑星に浸透していった。

曾祖父から聞いた話だ。僅かばかりの探検隊が遠い遠い祖先の故郷から母星に到着した。その頃は首都星に拠点を築くのが精一杯だった。常に危険と同棲する日常で一寸した意見の食い違いや対立が死を招く。だから人々は互いを尊重し和を以て貴しとなした。やがて開拓が軌道に乗ると安全第一を顧みない冒険家が頭角を現した。彼らは資源不足を補う命知らずとして各惑星に赴いた。それが星系軍の基礎だ。軍閥政治が人民を主導する時代に僕は主計局のエリート子息として生まれた。衣食住に困らない。金銀財宝に囲まれたいとは言わないが欲しいと思った本や模型は潤沢に入手できた。それで僕は軍事知識を蓄えた。星系の誰もが平等だと信じていた。だから街角で出会った棄民の子を害獣か何かだと思ったほどだ。父親が罵って威嚇射撃すると逃げた。言葉が通じるのかと僕は問うた。あれは努力を怠った人間の屑だ、と彼は憤った。

真面目に頑張れば報われる。僕はそう信じ込まされていた。

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