15歳~17歳
『15歳』
美玖は、小学4年生になった。
「クク、ちょっと部屋から出てってくれないか?」
「え~、どうして?」
「……気が散るから」
机の周りをふわふわと浮かび続けるククに、目の前の問題集から目を逸らさずに言った。さっきからずっと所在無げにふわふわ後ろを飛んでいるククに、いい加減イライラしてきた。
「涼君冷たいわね、わかったわよ」
ドアを通り抜けて行く気配が伝わる。一度確認の為に後ろを振り向いて、再び問題集に目を落とす。
そこまで賢い高校に入るつもりは無いが、それでもそれなりに勉強はしなきゃならない。ましてや、家には下に美玖がいるし、父さんは普通のサラリーマンだ。私立に行く余裕なんかこれっぽっちも無い。現実を見つめれば、自然と勉強にも熱が入る。
苦手な社会の問題を片っ端から解いていく。憶えてないのだけを、後で憶え直す。勿論、半分以上出来ない。そもそも、日本のならともかく、世界の歴史を憶えたって、この先の人生で役に立つ事なんて無いと思う。どうしてこんなにもどうでもいいと思える事柄が、こんなに重要視されるのか、理解が出来なかった。社会が好きだという友人が羨ましい。
ノックの音がして、ドアの向こうから、お兄ちゃん入るよ、と言う声が聞こえる。
「おう」
応えると、コーヒーカップをお盆に乗せた美玖が入ってきた。その後ろからは、何故かニコニコ顔のククが着いて来ている。
「これね、美玖ちゃんが淹れたんだよ」
ククが僕に向けて言う。どうやらククは、美玖が僕の為にコーヒーを淹れてくれている様子を、一部始終見ていたらしい。ククのニコニコ顔で、美玖の獅子奮迅ぶりが伺える。よく見ると、何故か髪の毛にクリームの粉も付いている。どんな淹れ方をしたのか気になってしょうがない。
「ここに置いておくね。頑張ってる?」
美玖が何だかお姉さん気取りで話しかけて来る。妹のくせに。
「ああ、ありがとう。美玖、髪にクリーム付いてるぞ」
「え、嘘?」
そう言いながら、右手で粉を払う。取れた、と聞いて来たので頭を見ると、白い粉は消えていた。でも面白そうだったので、取れてない、逆と言ってやった。美玖は反対の手で頭をパッパと払う。その姿が妙に滑稽で、面白かった。
「取れた?」
「ああ、取れたよ」
「意地悪なお兄ちゃんね」
嗜めるようにククに言われたのが、何だか癇に障る。一つため息を吐くと、じゃあ頑張ってねと言い残して、美玖は慌てて部屋から出て行った。ククにした溜め息が、美玖の事をうざく思っていると取られてしまったらしい。
「あ~あ、何やってるのよ。美玖ちゃん折角……」
「ククも、邪魔しないでくれ」
遮るように言ってやると、しょんぼりと寂しそうにして、ごめんね、と部屋を出て行った。
「……」
一人になった部屋で、深く息を吐く。
――僕は、何やってんだ?
イライラのあまり人に当たってしまう自分が、ガキに見えてしょうがない。カタカナの人物の名前は、ちっとも頭に入ってこなかった……。
『17歳』
美玖は、もうすぐ中学生だ。
「あの、藤咲君……、これ、受け取って」
昼休み、廊下で3人の女の子に呼び止められたと思ったら、真ん中の子にチョコレートを貰った。3人はそのまま黄色い声をあげながら走り去っていってしまった。
「おう、もてもてだなぁ」
「あらあら、涼君も隅に置けないねぇ」
隣を歩いていた俊介と、反対側を浮かんでいたククに同時に冷やかされる。
「からかうなよ」
二人に同時に言ってやる。
「あ~あ、俺もチョコレート欲しいなぁ~。今日は花のバレンタインデーだぜ? こんな日に何が悲しゅうて、男二人で歩いてるんだか……。しかも、一緒に歩いてる男は女子にもてもてときたもんだぁ。あ~、神様は不公平だ~」
俊介がどこまで本気なのかわからない事を叫ぶ。その周りをふわりとククが飛び回る。
「これじゃあねぇ、しょうがないよ」
サラリと酷いことを言う。死神らしいとでも言うべきか、まさに一刀両断だ。
「そんなにチョコが欲しいなら、これやるよ。僕は一口でいい」
もう今日だけで、下駄箱には3つ、机の中に2つ入っていた。今ので6個目、流石に食べきれない。それに、どうせ家に帰れば美玖と母さんからも貰う事になる。ましてや、美玖のチョコはちゃんと食べてやらないと、この世の終わりのような眼差しを向けられてしまう。目の前で食べない訳にはいかない。
「くわぁ、贅沢もんがいるぞ! 勿体無いお化けが出るぞ!」
「お前はいつの時代の人間だ」
「あ~わかんねぇ、こんな冷たい人間がどうしてモテるんだ! 俺の方が、こんなに熱いのに!」
俊介は演劇部で副部長を務めている。その演劇部一熱い演技には定評があるのだと、本人が言っていた。誰の妄言を本気にしたのかは知らないが、もう少し冷静になってもいいのではないかと思う。
「しかし、涼は本当にクールだよなぁ。名は体を表すって言うけど、お前は本当にピッタリだよなぁ」
俊介の言葉に、ククの顔が強張るのを感じた。その顔から、みるみる光が消えていく。人は、タブーに敏感だ。そしてそれは、死神にも当てはまる。
「ごめん、ちょっとトイレ行って来る。俊介は教室戻っててくれ」
俊介と別れ、そのままトイレに向かう。近い方ではなく、人通りの少ない旧校舎へと向かい、個室のドアを閉める。
「クク」
名前を呼ぶと、ドアを通り抜けて入ってくる。その顔は、今にも泣きそうな顔をしている。
「気にする事無いって、何回言えばわかるんだ?」
出来る限り優しく言ったつもりだったが、自分の口から出た言葉は、それ程温かくは無かった。
「だって……、涼君は本当にいいの?」
「クク!」
思わず語気が強くなってしまう。ククがビクッと肩を竦ませるのを見て、胸が痛んだ。
「ごめん……」
ククがフルフルと首を振る。
「しょうがないんだろ? 結局、何したって運命は変わらない。だったら、僕はククがいなくなるのはいやだ」
「いなくならないよ、ずっと傍にいるよ?」
「同じだよ……、いてもいなくても……」
大きく、一つ、溜め息をつく。肺の空気を全部搾り出すように深く深く吐く。心の中のモヤモヤしたものを、全て出し切るように。
「涼君、ごめんね?」
「謝るなよ……、それがククの仕事なんだろ?」
「……うん」
ククの瞳から、積もらない初雪が降り注ぐ。
「僕は、別に、性格がそうなだけで、ククのせいで、人生を、見限ったりしてる訳じゃない、わかってるだろ?」
必死に頭を巡らし、やっとの事でそれだけ紡いだ。ククも、コクンと頷く。
「泣かないでくれよ……」
――泣いて何かが変わるなら、僕だって……。
泣いても泣かなくても、何も変わらない。何も変わらない、なのに、何も変えられない事実を嘆き、僕の死神は泣いている。神様が無力を謳って泣いてるんだ。人間の僕の涙で、変わるものがあるなら教えて欲しい。僕の涙は、僕の死神の涙も止められない。だから僕は、少しでもその涙を止めて、笑顔を見るために、笑おうと決めたんだ……。
「クク……」
俯いたまま呟く。そして顔を上げ、彼女に向けて、精一杯の笑顔を見せる。
「笑ってくれ」
それが、僕の願いだ……。
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