13歳~14歳

『13歳』


 美玖は小学2年生になった。


 もっとも、この頃はもう美玖の面倒を見ることは少なくなっていた。

 僕は今日で13歳になった。今日が日曜日だった事も重なり、中学で入ったバスケ部の友人達に盛大に祝ってもらった。盛大にとは言っても、そこはお金の無い中学生。カラオケでバースディソングを激しく歌ってもらったくらいだ。夜には父さんも珍しく早く帰っていて、デコレーションケーキを買ってきてくれた。新しいバスケットボールを貰い、何故か美玖からお歌のプレゼントも貰った。気持ちは嬉しいが、何だかわからないアニメの歌の上に、下手すぎた。少しだけ妹の将来が心配になった。

 ククは、一日中僕から距離を置いていた。見えなくなる事は無いし、そんなに遠くに行ったりする事は無いのだが、何故だか一定の距離を保とうとしていた。時折ククの方を見ると、心ここにあらずというような表情をして、ぼんやりとどこかを眺めていた。

「涼君」

 両親にお休みの挨拶をして部屋に引っ込んだ後、ククが徐に話しかけてきた。

「誕生日おめでとう」

「ああ、うん、ありがとう」

 何だか、ククの態度がよそよそしかった。

「13歳だね……」

「ああ、そうだな」

「おめでと……」

 ククは、僕の目を見ないで言葉を続けた。

「今日は楽しかった?」

「ああ、今日はいい日だったよ、最高の一日だった」

「そう……」

 ふと、彼女に何か言わなきゃいけない気がして、僕は口を開いた。

「ところで、今日は、何であんなに離れてたんだ?」

 ククは、何とも言えない、寂しげな顔をしていた。

「私は、今日は寂しかったな」

 ククがボソリと呟いた。

「涼君の周りに人が一杯だと、私、構ってもらえないじゃない」

「いや、それは、そうだけど、しょうがないだろ」

 ククは俺にしか見えない。だから、俺がククに話しかけたりしても、他の人間から見れば、何も無い空中に話しかけているのと同じだ。好奇の目で見られるのは、あまり好ましくない。

「でもね、本当はそんなことどうでもいいの……」

 ククの目を見て、驚いた。今までに無い程、冷ややかで、哀しい目をしている。

「13歳まで、私の事見えてる事なんて、涼君おかしいよ」

「だから、どういう事なんだよ?」

「13って、不吉な数字だって聞いたことある?」

「え?」

 確か、聞いたこと位はある。タロットカードの13が、死神のカード、それに伴って欧米の方では、不吉な、忌み嫌われた数字だって事くらいだけど。

「それが、何だよ」

「死神の番号にはね、13はないの。それはね、13は、人間に与えられた一つの分岐点だから」

 ククは、冷たい表情のまま言う。

「どういう事だよ、説明しろよ」

「ちょっと待ってよ!」

 ククは、その冷たい表情のまま激昂した。そのまま下を向いて、呟くように言った。

「したくなくても……、しなきゃいけないんだから……」

 ククの前髪が、彼女の表情を隠す。そのまま、ククは下を向いたまま続けた。

「藤咲 涼……」

 声は、冷たいまま……、いや、必死で冷たさを保とうとしている。そして、ククはキッとこちらを向いた。

「貴方の寿命は、10年後の、23歳の誕生日の日に……、尽きる」

 ククの表情に変化は見られない。見られたとすれば、ククの瞳から顎先に伝う、一筋の跡くらいだろう。

「ど、どういう事だよ?」

「死神は、基本的には宿主の寿命が見える。でもそれが見えるのは、宿主が死神の存在を感じ取れなくなってから……」

 ククはぞっとするような冷たい声で続ける。だが逆に、彼女の頬は紅潮し、顎先からは雫が滴り落ちる。その雫は僕の部屋の絨毯には沁み込まず、そのまま初雪のように消える。

「だが、齢13を迎えた時、それに呼応する死神の存在がいなくなるため、その者の寿命が見えるようになる。その時、死神は宿主に寿命を伝える義務がある」

 ククは涙を拭おうともしない。そこで、いつもの笑顔のククに戻った。頬には二本の筋が残ったままだ。

「死神の世界で言われてる、規則みたいなものなんだ。頭の中に、勝手にこびりついてて、勝手に出てくるの……」

 ククは……、笑顔を見せた。雫が再び顎先から落ちる。

「ごめんね……、涼君」

 追いつかない頭を必死で回し、言葉を紡ぐ。

「僕は、後10年の命って事か……」

「言ったでしょ、分岐点だって……」

 僕は、ククの顔を見たまま聞いた。

「どういう事だ?」

 彼女は、笑顔を崩さない……。まるで、時間が止まったみたいに……。動いているのは、彼女から零れ出る、涙だけだった……。




 『14歳』


 美玖は、小学3年生になった。


「涼、ちょっと来なさい」

 一階から母さんの声がする。そのご機嫌はかなり傾いている。

「涼君、お母さん呼んでるよ?」

 ククが不安気に声をかけてくる。

「わかってるよ、うるさいなぁ……」

 ククに毒をぶつけながら、階段を下りていく。憂鬱だ。

 一階に降りると、母さんは正座で僕を待ち構えていた。

「ちょっと、ここに座りなさい」

 言われる事は分かってるので、大人しく座る。

「貴方、この間のテスト、酷かったんですってね」

「……うん」

「テストなんて、勉強すれば点数は取れるものなのよ。どうしてもっと頑張らないの!」

 母さんの語気が強くなる。

「別に、やる気が起こらないんだよ」

「涼! ちゃんと聞きなさい!」

 火に油を注ぐのもなんなので、大人しく聞く。

「普通にやっていればこんなに悪い点数取るわけないでしょ! 遊んでばっかりいるからこうなるんじゃないの!」

 母さんの言い分もよくわかる。息子が中間テストで三教科も赤点を取ってきたら、そりゃあ頭にも来るだろう。ましてや、来年は高校受験。今のうちから焚きつけておかなければ、後々大変な事にもなる。だけど・・・・・・。

「涼、お母さんもね、あんまりこういう事で怒りたくないの」

 母さんは、一つ溜め息をついた。

「貴方はね、本当は頭のいい子だってお母さん分かってる。やれば出来る子だってわかってる。だからこそ、努力をしない子になって欲しくないのよ」

 そう伏目がちに言ってから、もういいわ、次は頑張ってねと僕を釈放した。僕はわかったよと返事をして、部屋へと戻った。

 部屋に戻ると、ククが心配そうな顔をして立っていた。

「何?」

 つっけんどんに返すと、ククは一瞬身体を竦ませた。心が少しチクリとしたが、構わずベッドに横になり、壁を眺める。

「涼君、勉強しなくていいの? 補習あるんでしょ?」

「ああ、でも、今気分じゃない……」

「涼君……」

「……面倒くさいんだよ」

「違う……」

 背中の空間が、湿り気を帯びていくのがわかった。

「私のせいだ……」

 振り向くと、ククは涙を我慢する顔をしていた。

「違う」

「違わない!」

 そこでククは、自分の頬を両手でパシッと叩いた。

「私のせいだよ……。涼君が、今抱えてる虚しさは、私が……」

「違う!」

 今、こんなに願う僕は、どうしてククを抱きしめられないんだ。言葉しか届かない僕は、どうして何にも浮かんで来ないんだ。

「消えてなくなりたいよ……。私が居なくなったら、涼君の世界は、きっともっと明るい……」

 ククの消え入りそうな声が、悲しく自虐の歌を奏でる。

「違うよ……、そうじゃないんだよ……、クク……」

 言いたい言葉が沢山あるのに、頭の中はグチャグチャだった。

「頼むから……、そんな事言わないでくれ……」

「だけど……」

「分かった……、頑張る」

「え?」

「僕は、これから自分の人生を精一杯生きる。運命に流される事を当然としない。だから、だから……」

 僕は、いつの間にかボロボロ泣いていた。

「笑ってくれよ……」

 ククは僕の言葉に、頷きを返してくれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る