夜空燦めくは天翔ける龍星・3


 弾鱗が飛び銀色の戦乙女が跳ぶ、巨大クレーターの戦いは激化する。

 ソーナが速度で攪乱し、ガオウが近距離で殴り、セイリが少し離れた場所から闇魔法で攻撃し氷魔法で守る。

 ユーガの狙撃によるヘイトは完全に奪い、アストライアが飛んでいくことは無くなった。

 だが、


「はあっ、はぁ……はっ」

「ソーナ、大丈夫!?」

「まだ、まだ……全ッ然!」


 すでに戦闘開始から二十分が過ぎた。一撃でガオウのHPを五割奪い、ソーナならば即死するほどの攻撃に対処しつつ、堅実に攻撃を繰り返し続けた三人の精神力は着実に削がれつつあった。

 二キロという距離は大ダメージを出せると考えた距離であり、狙撃してから合流する時間を考慮した距離でもある。

 だが二十分経ってもユーガが来ないというのは明らかに異常事態であった。


「まずいなぁ……ソーナにヘイトが集中して疲れてきてる」


 後方から戦場の全体を見ることができるセイリは、一発でも受ければHPを刈り取られるソーナの精神的疲弊に気付く。

 アクセサリーによって一撃死は無くとも、その被弾によって体勢を崩せばどうなるかわからない。


 いつもならユーガがすぐに攻撃し隙を作るためリカバリできる可能性は高いが、迅速なカバーが見込めない現状ではソーナの緊張感は桁違いだ。

 ソーナが離脱すれば、ギリギリで保っている戦局が一気に瓦解してしまいかねない。

 セイリは底をつきそうなMPを回復するためポーションを飲み思考入力で魔法を発動し、二人のサポートをしながら、司令塔としての役割をこなす。


「仕方ない……ガオウ! スキル使っていいから、攻められる!?」

「ああ!? そりゃできるだろうが、いいのかよ!」

「ソーナに疲れを溜めさせる方が危険だからね、大盤振る舞いしていいよ!」


 多少手札を切ってでも、ソーナの負担を軽くする決断を下した。

 その言葉に、ガオウは口角を上げ大きく前へ踏み込んだ。


「任せろ……サポートは頼むぜ! ソーナ、スイッチ!」

「ん、ごめん!」


 ソーナは全力で後ろに跳び、入れ違うようにガオウが前に出る。


「全力戦闘でいいって言われたんでな。真っ正面から殴り合いしようぜ!!」


 アストライアの右前足が、前進するガオウに向かって振り下ろされる。

 ガオウのステータスはSTR・VITに偏った物理前衛ビルドだが、フィールドボスの攻撃に直撃すれば体力の半分は削られる。

 もっとも、直撃すれば、の話だが。


「当たんねぇよ!」


 ガオウはさらに大きく踏み込むことでスレスレで避ける。僅かに掠ったが、一割にも満たないカスダメだ。


 彼をトッププレイヤーたらしめるのは、徹底的に理詰めで対応する能力である。

 相手の動きを研究し、「相手がこう動いたからこう対処する」を覚え込み、さらにその場において最適解の対応を即興で組み上げる。


 何度も見たアストライアの攻撃パターンは、予備動作に至るまで記憶している。

 ゆえに、自分のステータスでできる動きの範疇で対処が可能な攻撃には、最適解を叩き出せる。

 そして――


「《血戦暴血けっせんぼうけつ》、《剛拳強剣ごうけんきょうけん》、《剣豪闘覇けんごうとうは》……!」


 ガオウのオリジナルスキル群が一気に起動される。

 体力が少ないほどSTR・VITを上昇させ、ダメージを受けた直後の攻撃に補正を入れるスキル《血戦暴血》。武器で攻撃したあとは武器攻撃に。拳で攻撃した後は格闘攻撃に補正を入れるスキル《剛拳強剣》。

 大剣の攻撃に補正を入れ、ダメージを与えるたびにSTRが高まるスキル《剣豪闘覇》。

 これでもかというほどに攻撃力を上昇させたガオウが、黒熊の月剣ツキワリの重厚な刃を振りかぶる。


「こっちの体重かかってんだろ! すっ転べ、《斬断ざんだんなぎ》!!」


 横に薙ぎ払われた大剣が体を支えていた左前足を叩いて弾き飛ばし、四足歩行のアストライアは前に倒れ込む。

 その下にいるのは大剣を振り抜いたガオウ。避けようとするそぶりも無く、拳を握り体を沈み込ませる。


「俺の拳はちょっとばかし響くぞ、特にお前のような大物デカブツにはな! 《グレイトフル・スマッシャー》!」


 巨大な敵に対する格闘攻撃に補正を入れる格闘攻撃スキルを込めたガオウの左拳が落ちるアストライアの首に突き刺さる。

 長い首への攻撃はついでにクリティカルを叩きだし、頭部を跳ね上げる。


 これこそがガオウのプレイスタイル。

 強力な攻撃は自前の対処能力で弾くなり避けるなり、強力な攻撃で相殺するなりしてやり過ごし、その強化したパワーで殴り倒す。


 つまり力があればなんとかなる。パワーイズパワー、パワーイズベスト、パワーイズジャスティス。とても頭の悪いわかりやすいスタイルである。

 ユーガに「本当の脳筋の意味を初めて知った」と言わしめた、頭まで筋肉でできたような、まさに脳筋思考。それがガオウだ。


「キュグルァァァアアア!!!!」


 バックステップで距離をとったアストライアが自分を殴り倒した憎い敵を目にして吠える。身じろぎした一瞬の後、長い首元から何発もの弾鱗がガオウ目掛けて撃ち出された。

 だが、


「バーカ、わかってんだよ」


 高速で射出された弾丸を、跳んで、屈んで、そして剣で弾いて躱しきる。


「弾鱗射撃の一瞬前、少しだけ首を傾けて照準を合わせる。弾鱗の角度は変えられねぇんだろ?」


 一瞬の、身じろぎにしか見えないほぼノータイムの予備動作。

 ほんの短い動作だが、それだけ記憶していればガオウは体に刻みつけた何パターンもの回避法を即座に引き出せる。

 故に、その進撃は止めることはできず、アストライアは再びこの凶獣の接近を許してしまった。


「ハッハハハ! オラ至近距離はやりづらいんだろう!? もっと殴り合おうぜ!!」




「テクニックは繊細なくせに、ほんと大味な戦い方だよねぇ」

「普通はできない無茶を無理矢理押し通してるよね、あれ」

「結局力技なんだよなぁ……」


 後方に下がって息を整えているソーナと、サポートに魔法を撃つセイリが呆れたように言う。

 中堅程度のプレイヤーがガオウと同じことをしようとすればたちまちそのHPを0にして体をポリゴンとして散らすだろう。

 あのプレイスタイルは彼の対処能力あってのもの。繊細な技術で大雑把な理論を無理矢理成立させているようなものなのだ。


 それにため息を吐く本人達も同じくらいに呆れられる能力をもっているのだが、それは棚に上げている。


「あっ、そろそろヤバいかも」


 しかし、いくらパターンを分析したとはいえ、相手は現状最強のレベル160を誇るフィールドボス。

 単純な性能スペックではどうあがいても勝てるわけは無いのだ。


 アストライアは尻尾根元のブースターを吹かし、タックルを仕掛ける。

 その速度たるやまるで戦闘機。さすがにガオウも避けられず黒熊の月剣ツキワリを盾にしてダメージを抑えるが、セイリ達の近くにまで吹き飛ばされた。


「くっそ、馬鹿みてぇな硬さしやがって! 武器があるのに自分の体ぶつけてくんじゃねぇ!」

「一応それはキミにも言っておくよ、この物理編重ビルダー」

「VIT一桁の私に喧嘩売ってる?」


 セイリが闇魔法で攻撃しアストライアを牽制し、ソーナは中身をかけることで回復するHPポーションをガオウに振りかける。

 精神をすり減らしたソーナも一息ついて、体勢を立て直せた時だった。


 空気を吸引するような、エネルギーを溜める高音の音がアストライアから響く。


「ブレス!」

「散れ散れ散れ!」


 パッ、と散開すると同時に、アストライアの小さめな口から発射された極太のレーザーが三人が元いた場所を焼きはらった。

 アストライアのブレスは一直線上にあるものを焼き払うレーザーのようなブレスだ。そして、そのレーザーはすぐには終わらない。


「って、俺のところかよ!」


 当然だが、先程まで散々ダメージを与えていたガオウにヘイトは向く。

 頭を動かし、走るガオウの後をレーザーブレスが焼き払う。

 ガオウはSTR・VIT編重のステータス。よって機動力はそれほど持ち合わせていない。

 そんな鈍足大剣使いが逃げ切れるはずもなく。


「っく……ッ!」


 近くの岩に向かって走っていたところをレーザーが追いつき、飲み込まれ――



「とんでもねぇ流れ弾飛ばしてんじゃねぇよ! カスッただろうが!」



 岩陰から飛び出した人物が放った弾丸がアストライアの眼球部分を正確に撃ち抜き、目を閉じさせることでレーザーを中断させた。

 その人物は各部を守る機械的な軽鎧を纏い、手には先程の弾丸を発射したライフルが握られている。

 なにより、そんな高精度で銃を扱えるのはこのゲームで一人しかいない。


「ユーガ!」

「おま、遅いんだよ!」

「悪い! やっぱ高地は馬で走るもんじゃねえな!」


 右手にファスターmark2を握るユーガは、その銃口を機龍へ向けた。


「さあ、第2ラウンドだ」


 LFO、最強クラスのパーティーが揃う。


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