夜空燦めくは天翔ける龍星・2


「ほっ、よっ、うわっ! あぶな!」


 華麗なステップで次々と飛んでくる銀色の弾丸を避けるソーナ。

 口ではそう言っているが、当たりそうになった弾丸も宙返りで軽々と避けていた。


「あんなのをよく避けられるよねぇ……」


 そんな様子を横目で見ながら、飛んでくる弾丸を避けられないセイリは自身の防御魔法の陰で呟いた。

 セイリの前に展開される、土魔法に次いで高い防御力を誇る氷魔法の壁は、たった数発の射撃によってボロボロになっていた。

 そんなことをやってのけるのは言わずもがな、今彼女たちが無謀にも挑んでいる流星機龍アストライアだ。


 長い首にびっしりと生えている尖り逆立った鱗。

 人によっては松ぼっくりのようにも見えるその首から射出される弾丸のような鱗――弾鱗だんりんと呼ばれるに相応しい弾丸が、彼女たちを襲っていた。


「機械龍つったって、まさか鱗が弾丸だとは思わなかったよなァ……!」


 大剣を盾代わりに弾鱗をしのぎながら歩を進めるガオウが苦々しげに口にする。

 ソーナたちはユーガを抜いた三人でアストライアと戦っていた。

 クレーターの近くで待機していた彼女たちは、ユーガの超遠距離からの狙撃を確認するなり間髪入れず、大ダメージで怯んだアストライアに奇襲を仕掛けた。


 これが、ユーガが来たことで可能になった作戦の一つ。

 四人の中でも最大の火力を出せるユーガの遠距離狙撃を撃ち込み、そのダメージで怯んだ隙に残りのメンバーが奇襲をかけて大ダメージを稼ぐ。これがユーガたちの強力なボス戦での常套戦術だった。

 普通のモンスターなら、一キロ以上離れたユーガにヘイトを向けることは無く、そのままソーナたちと戦闘に入り、ユーガが合流すればそのまま優勢に戦いを進められる作戦だ。


 だが、このフィールドボスは普通ではない。

 何度も戦っていて、どうしてもダメージが足りないと考えた結果、この作戦は必須だった。だがアストライアはジェット機のように空を飛ぶドラゴンだ。一キロ二キロなどあっという間に飛び越えてユーガに襲撃しかねない。

 だからこそ、狙撃が命中してからすぐに戦いを仕掛け、ユーガにヘイトを向けさせないようにしなければならず、またユーガが来るまでの間、三人で激しく攻撃を繰り出さなければならない。


「ユーガのバ力ブチ当てた後で、ヘイトをぶんどれってか! 無茶言うぜ!」


 ユーガの弾丸がクリティカルで大ダメージを出してから一斉に最大火力で襲いかかったが、アストライアのヘイトを稼げているかは怪しいところだ。

 なにせ《鑑定》で見たアストライアのHPをたった一撃で十分の一もの数値を消し飛ばした威力なのだ。

 体力も高く防御力も高いアストライアに入った大ダメージ。正面切って戦っていても、いつユーガの方へ飛んでいくかわかったものでは無い。


「いくらユーガでも、アストライアと一対一じゃ生き残れない……行かせるもんか!」

「三人で相手してる俺たちも正直キツいんだけどな……ソーナ! 上向けろ!」

「……ッ! 《旅神の道筋ヘルメス・ロード》!」


 スキルを起動するなり空へと駆け上がる。

 すでに強化魔法は発動済み、《死線加速デッドエンドアクセル》の補正も最大まで上昇しているソーナは弾丸のように飛び出し、空中をスーパーボールが跳ね回るような機動でアストライアに肉薄する。


「コンボが繋がらないから強化できない……! 《パワーブレイカー》!」


 スキルが自己強化に特化しているために、ソーナの攻撃スキルは少ない。

 それでも片手剣系統スキルの単発攻撃スキルを二本の剣に乗せて振り抜く。

 背中に当てた斬撃は大きなダメージにはなり得なくとも、アストライアに鬱陶しさを感じられることはできたようだった。


「ギュラァァアア!!」


 アストライアが体を揺らして、頭上に向かって刃状の翼を振り回す。


「おっと、当たらないよ!」


 まだスキルの残り時間に余裕があるソーナは身を翻し、上に跳ぶ。それを憎々しげに、そして嘲笑うようにアストライアは首を傾けた。

 上に跳んだ瞬間は回避が遅れる。そのタイミングを狙って弾鱗を飛ばそうとしているのだろうが――


「残念、下方注意だよ」

鬱陶うっとうしいだけの羽虫より、足下の熊に気を使えよなァ!」

「誰が羽虫だって!?」

「蚊が刺したようなダメージしか出してねぇお前だよ! ヘイトってのはこうやって稼ぐんだ!」


 ソーナが空中を跳ね回ってアストライアの気を引いているうちに足下に潜り込んだガオウはすでに黒熊の月剣ツキワリの切っ先を上へと向けていた。


「《斬断ざんだん昇角しょうかく》!」


 ガオウの持つ黒熊の月剣の分厚い切っ先がアストライアの脇腹に突き立てられる。

 レベル差もあってその甲殻を突き破ることはないものの、偏って伸ばされスキルによって強化もされているガオウのSTRの数値により、アストライアの半身が浮き上がるほどの衝撃になった。

 そして、この技の真価はその攻撃力だけではない。


「昇角は繋ぎ技だ。振り上げたら、振り下ろさねぇとなァ! 《斬断・破岩はがん》ッ!」


 直後の振りかぶった体勢から繰り出される振り下ろしモーションの攻撃への補正。対象のVITが高いほど攻撃力に補正が入る《破岩》に繋げられれば、そのダメージはアストライアとて無事でいられるものではなかった。

 振り下ろしに吹き飛ばされるアストライア。単身でドラゴンを撥ね飛ばせるのはLFOでも数人しかいないだろう。


「これがダメージの出し方だってーの! 一発で出さなきゃ意味ねえんだよ……ぐおっ!」

「すぐさま反撃を受けてたら次の攻撃を出せないでしょ。やっぱり重い一撃よりも大量の手数だって」


 勝ち誇るガオウだったが、アストライアの長い鞭のような尻尾での凪ぎ払いを受けて吹き飛ばされる。大剣でガードしたが、衝撃は殺しきれずその距離は離れた。


「三人じゃタゲがバラけなくってスキルが使えねえんだよ、お前だってそうだろ」

「《氷盾の絶壁アイスシルドウォール》」


 不意に発動された魔法で展開された氷の壁が、ガオウに迫っていた弾鱗を受け止める。


「そんなこと言ってる場合じゃ無いでしょ。ユーガがそのうち来るからって気を抜きすぎだよ」


 セイリがそう言っている間にも、牙の形をした闇の魔法《黒闇の蝕牙ダークネス・ファング》が発動し、次々とアストライアに突き刺さる。


「うっ、ごめ~ん……」

「それも何分かかるか、わからねぇけどな……」


 フゥーー……、と気合いを入れ直すために深く息を吐くガオウ。

 三人はユーガの合流に備えてスキルやMPを温存しながら戦っている。ユーガがくればアストライアの狙いも分散し、それぞれ有効に動けるようになるからだ。

 現に、ソーナの《千々剣舞サウザンドラッシュ》はコンボを繋げられずに攻撃力を上げられていない。


 だが、肝心のユーガが合流するのがいつになるかがわからない。

 隆没の巨台地は現状最前線のエリア。数日前に戦ったとおり、ここに生息するモンスターはいずれも強力だ。しかも岩だらけで道も悪く、モンスターを振り切りにくい地形をしている。


 ライドアニマルがあるとはいえ、長い距離をモンスターやドールマンなどのエネミーを躱しながら駆け抜けるのは難しい。

それも途中でモンスターに遭遇して撒くことができなければ、アストライアとの戦いにトレインしてしまうことになる。それは絶対に避けなければならない。


 それらの事情と、アストライアへのファーストアタックのダメージ。両方を折半して考え出した答えが、二キロという数字だった。

 しかし絶対に大丈夫だという保証は無い。ここに来る間にユーガが運悪くモンスターと鉢合わせてしまえば、到着はさらに遅くなる。


「せっかく奥の手も作ったんだから、間に合ってよ~……ユーガ」


 ソーナは右手に持つ白黒モノクロの剣を握りしめて、星が輝く夜空に吠えるアストライアを睨み付けた。




 かの死神はひた走る。

 仲間が、龍星に墜とされる前に。

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