夜空燦めくは天翔ける龍星



 へクセンシルムの北東に十数キロ。

 隆没の巨台地に乱立する巨大な岩の上に、俺は一人で陣取っていた。

 周りには、空に昇った月の光に照らされる岩ばかり。三人とはパーティーを組んでいるものの、今この場にはいない。

 遠くを見ることができるアイテム『双眼鏡』でさらに北東の方角を覗き込むと、二キロほど先の巨大なクレーターの中にソレはいた。


「うっわ、マジで全身金属というか……機械だな。エネルギーラインっぽいのも走ってるし」


 初めて生で見るそのドラゴン――《流星機龍りゅうせいきりゅうアストライア》の姿はまさしく、機械の龍だった。

 四足歩行の体に逆立ち尖った鱗が生える長い首。頭には一本角が後ろ向きに生えている。

 巨大な曲剣のようなブレードが何枚も重なったような一対の翼。皮膜じゃなくて薄いブレードだよあれ。生物の枠超えてるじゃん。

 そしてなにより、長い尻尾の根元は膨らみ、おおよそ生物には無いだろうと言えるモノ――スラスター、ブースターらしきものが尾を中心にされていた。

 全体的に細く、あまりパワーを感じさせない体格だが、その流線形のフォルムは空気抵抗を極限にまで削ぎ落とした無駄の無い形。


「殺意を全面的に押し出して機械でドラゴンを作りました! みたいなフォルムだな……」


 戦闘機のように飛ぶんじゃないか? はい、飛びます。

 ソーナたちが挑んだときに、ジェット機じみた速さでカッ飛んでいくのは確認済みだ。

 今頃彼女たちはアストライアがいるクレーター近辺でスタンバイしているはずだ。

 双眼鏡から目を離し、改めて無茶をやることになったもんだとため息をこぼす。


 さて。


「撮影はいいが、挨拶くらいはするのが記者レポーターってもんじゃ無いか? なぁ、カモメ?」

「ありゃ、やっぱりバレてましたか」


 さっきからず~~っとついてきている気配に向けて声をかけると、少し離れた岩陰から、翡翠色の忍者がふらりと現れる。

 そいつは藍色のボブカットを揺らし、生意気そうなツリ目を楽しそうに歪めながら聞いてきた。


「毎度どうやってワタシを見つけてるんですか? もしかして、愛する人が居ながら禁断の愛に……!」

「お前はもう少し欲を消せ。先走りすぎてわかりやすいんだよ。どーせ今もカメラ回してんだろ?」

「人の欲を種に商売してるんです。自分の欲はなおさら消せませんよー」


 存在がバレたカモメは軽々しい身のこなしで俺のいる岩に登ってくる。さすがは盗賊派生の特殊二次職といったところか。

 上まで登ってきたカモメはやはり撮影ドローンを周囲に浮かべていた。

 自分の手を使うことなく動画を撮れる便利なアイテムだが、パパラッチの道具として使われているところを見るとなんとも言えない。


「お前しっかりソーナには断り入れただろうな? あとこれ配信されたらたまったもんじゃ無いんだが」

「あははー、大丈夫ですよー。ソーにゃんにはおでこ地面に擦りつけて頼み込みましたし、この動画はあとで参考資料としてLFO報道で売り出しますから」

「参考、ねぇ」


 そこまで言ったってことはあいつらとその方向で話をつけたんだろう。なら俺がそれに口を挟む気はない。

 俺たちの戦いが参考になるのかは大いに疑問だが。


「というか、カモメ。ここにいていいのか? アストライアと戦い始めても、ここからじゃ時間かかるだろ」


 ウィンドウを操作し、普段はインベントリの奥の奥にしまい込んでいる相棒を右手装備に移しつつ、カモメに聞いてみた。

 今はソーナ達と別行動をしている。戦いが始まってもここで戦うわけではないので、わざわざここから撮るよりもあっちの方でスタンバっていた方が都合がいいはずだ。


「んー、まあソーにゃん達と一緒に行動する方が動画的には都合がいいですねー」


 そりゃそうだ。ボスの攻略動画なんて最初からメインであるボスモンスターを移した方がいいに決まってる。疑問なのはなんでカモメがそれをしないかだ。


「ですが、これはワタシの好みと言うか我が儘も実益も入った選択なので」

「カモメの好み?」


 背後から図々しくも俺のステータスウィンドウを覗き見しようとするカモメは、にやりと笑った。


「ええ。アストライアの映像はさっきまでのゾンビアタックのが大量にあります。ならLFOで最強の狙撃手による神業狙撃なんて貴重シーンの方が、よっぽどいいと思いません?」

「ハッ! ――なるほどね」


 開幕のバトルはこれまでに撮った動画で継ぎ接ぎすればバレないって寸法か。実にカモメパパラッチらしい。

 こいつの好みってのが何だかわからないが、ならば期待に応えて見せてやろうじゃないか。


「文句のつけようも無い狙撃ってやつをな」


 いいタイミングだ。ちょうどソーナ達から準備が整ったというメールが入った。いつでも始めろと。

 ウィンドウで装備し俺の右手に現れた、黒光りする相棒を握る。


 ガオウの黒熊の月剣ツキワリ、セイリの刻氷の魔書レスティアのように、ユニークモンスターはその素材から特殊かつ強力な装備が作成できる。

 装備している間だけ強力無比なユニークスキルを行使することができるユニーク装備。


 それは当然、俺も保有している。

 俺が倒したのは、とある山の山頂に居座っていた神代の時代のゴーレムだった。

 名を、《暗殺者ザ・アサシン狙撃手スナイパー》。

 山のてっぺんから、巨大なライフルで視界に映る生物すべての頭にヘッドショットをノータイムで撃ち込んでくるキチクソド畜生ゴーレムだった。


 そんなヤツの素材から、俺が自ら当時のコネも技術もすべて使って作り上げたのが、この右手に握られるスナイパーライフル『黒幻狙銃:スタンテッタ』である。

 半年ほど前に作ったにもかかわらず、環境が更新された現状のどの狙撃銃よりも高い攻撃力と、実弾とエネルギー弾どちらも使用可能という唯一無二の特性。

 間違いなく、生産職トップの作った品にも劣ることの無い俺の最高傑作だ。


「本当に……いつ見ても綺麗だな、おまえは」


 黒い光沢を発する艶のある銃身の美しさは、現実でのコレクションにも劣らない。


「さぁ。楽しいゲームの時間だ……!」


 岩に二脚ポッドを固定し、スタンテッタのトリガーに指をかける。

 現実とは違って、ゲームでのこの瞬間は高揚感に包まれワクワクする。


「《アサシンシュート》、《一弾必殺ワンショットキル》、《ハードショット》」


 ありったけの攻撃強化スキルを一発の弾丸に込める。

 たった一発で命を奪え。これが教わった、狙撃の原則なのだから。


「《貫通付与エンチャントベネトレイト》、《銃撃連星シューティングスター》」


 ああ、どうせなら普段狙撃で使わないようなスキルも盛り込もう。

 使。だから少しでも盛り込んでいけ。


「《狙撃不能域フォー・インポッシブル》」


 そして、最後のスキル。

 対象との物理的距離が遠いほど、攻撃倍率が跳ね上がる《狙撃不能域フォー・インポッシブル》を発動する。

 その補正は約二倍。そんな高倍率の補正をかけるために、一キロ以上離れていない敵に対してはダメージを与えられない代償を背負わせた面倒なスキルだ。

 だがその性能は、過去のPvPイベントで何人ものプレイヤーを暗殺したことから折紙付きだ。そのせいで《不可視の死神サイレント・デス》なんて呼ばれるようになってしまったが……

 これで弾丸は仕上がった。


「あとは、腕だ」


 スコープを覗き、アストライアを照準の真ん中に収める。

 暗くても、標的の姿ははっきりと見える。それがこのゲームの仕様だから。

 背後に立っているであろう、カモメのことなんかとっくに意識から外していた。



 息を吐く。呼吸を止める。意識を集中させ、体の力を抜いた。


 高揚感に心は熱く、思考は冷たく氷のように。


 スコープ越しのアストライアに、「お前を必ず殺す」と、殺意おもいを込めて。


 柔らかく、ブレないように設計されたスタンテッタの引き金を――引いた。


***


 スタンテッタから、爆発のような銃声と激しい発火炎マズルフラッシュがおきる。そして、ユーガの殺意が乗せられた凶弾も。

 その弾丸はまっすぐ、わずかに緩やかに落ちつつも。


 寸分違わず、アストライアの眼球に突き刺さり、頭部を貫いた。




 それが、この朝までかかる死闘の試合開始のゴングであり、開幕の号砲であり、開戦の狼煙であり、《一番最初の有効打ファーストアタック》だった。

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