今夜は寝かさないゾ(はーと)


「ふぃ~、ただいま……」


 疲れた体に鞭を打ち、自宅の玄関に転がり込む。仕事で帰ってくるたびに一軒家の広い玄関でよかったと心の底から思う。なぜならそのまま寝転がれるから。

 夏場の廊下の冷たさなんか格別だからな。さっさと冷房の効いた部屋へ行けよと思うけれど廊下には廊下の良さがある……と考えているときはきっとなにかで頭がおかしくなっているんだろう。


 そんなことを考えてしまうくらいには疲れ切り、這々ほうほうていでようやく帰ってこれた時には、体のあちこちが痛みを訴えていた。

 弾丸が掠った箇所からは血が滲み、スーツを貫通しなかったところは打撲傷があって激痛が走っている。

 血を流したことによる喪失感と、仕事が終わったあとの倦怠感が体を包むが、この傷のせいでそうも言っていられない。


 さっさと処置しないと悪化の恐れがあるからな。薬物で高校生の体にスポーツ選手を超えるほどの身体能力を持っていても、治癒能力が高いだけだからしっかりとした処置をしなきゃいけない。

 外傷修復パッドや湿布を貼っておけばいいだけだが、今の俺にはその簡単な行動すらも面倒に感じる。


「面倒くせえゲームしてぇー、でも疲れた。……カナン、風呂入ってるか? 冷蔵庫の中なんかある? もう寝たいんだけど」

『お風呂の準備はできているのですが……』

「? どした?」


 カナンにしては珍しく言い淀んだな。躊躇いの感じられる言い方だったが、仕方なくといった感じで続きを話す。


『その、ソラナさんからご連絡が届いています』

「ソラナから?」


 聞けば三十分ほど前、ちょうど仕事が全部終わって帰路についたくらいの時間から、ひっきりなしにソラナからSNSにメッセージが来ているらしい。

 プライベート用のスマホは、仕事の間は電源を切って家に置いてあるから気付かなかったな……。

 そうするのが一番安全だし、ソラナのことを仕事中に悩まなくてもよくなるからそうしている。すぐに連絡が取れないのは寂しいけどな。


「なんで言わなかったんだ? 下手したら朝まで気付かなかっただろ」

『マスターはお疲れのようでしたし、一刻も早く手当てしてもらわなければいけませんので、その……ソラナさんのメッセージの内容には答えられないと言いますか』


 つまり、自身のことを優先してほしかったので報告するか迷ってしまった、ということか。

 謝罪する優秀なサポートAIに礼を言いながらソファに放ってあったスマホを起動してみると、確かにソラナからのメッセージが山のように来ていた。

 ――ちょっと想定外だったのは、その数が予想の数倍くらいに達していたことかな。


ソラナ:LFOに来れる!? 来て!!

ソラナ:早く!!

ソラナ:優我が来てくれないと困るの!!


「あー……なるほどね」


 ゲームのお誘いか、これはカナンが渋るわけだ。

 気晴らしにやりたいけど、このコンディションでゲームってのは少し辛い。連続徹夜明けレベルの体調だけならまだしも、最低値クラスにまで下がりきったテンションが重なるとやる気が出ねぇ……。


『できればワタシとしては、マスターには休んでほしいのですが……』

「俺も寝たい。仕事の後だから、ソラナにはちょっと会いづらいしなぁ……」


 それも二十人近くも殺してきたあとだ。こういうときは余計に自己嫌悪に陥ってしまう。

 殺し屋の俺がこんな幸せでいいのか。普通の高校生のソラナと、付き合っていていいのか、騙しているんじゃないか、とか。

 ソラナと付き合って半年以上経つが、仕事中やデート中でもそういうことを考えて暗い気分になることは少なくないのだ。

 知られたらソラナに軽蔑されるだろう。特に仕事をしたあとはその光景を簡単に想像できてしまう。

 だからできれば、ソラナとは今日は会いたくない……。


「って、うわ。言ってる側から通話かよ……」


 都合の悪いことは重なるもので、そんなことを考えていると、見計らったかのようにソラナから電話がかかってくる。


「どうする? 居留守は……」

『先程から何回もかけてきているので、呼び出し音が鳴った時点でスマホの電源を入れたことはバレているかと』


 それ居留守使えないし、出なかったら確実に機嫌悪くなるやつじゃないか。詰みだよ。チャックメイトされてんじゃねーか。


「いつもと調子変えないようにしないとな……もしもし、ソラ――」

『優我!! LFOに来て!!!!!』

「っくぉ……!?」


 深呼吸ののち、通話を開始した直後に鼓膜を破るレベルの大声が耳に叩きつけられるとは思っておらず、ぐわんぐわんと頭が揺れる。

 音というのは振動だ。大きくなれば衝撃となって人にダメージを与えられるのはわかる。それをなぜ、人体から出せるのかはわからない……。


「ちょっ、ちょっと待とうか。落ち着こう? 一体どういう――」

『あのね、優我の力が必要なの! 助けてほしいの! お願い!』

「はっ!? えっ、ちょっ」

『じゃあ、待ってるからね!』


 それだけ言うと、ソラナは電話を一方的に切ってしまった。

 忙しい大音量から、つー、つー、という小さい電子音へ急激に変わったことで、やけに音が小さく感じる。


『あ、嵐のようでしたね……』

「そうだな……仕方ない。カナン、せっかく準備してもらったけど、あとで追い炊きして入る。シャワーで汗流すだけにするよ」


 否、音が遠くなっているのはソラナの大声だけが原因じゃないだろう。

 ――全身の毛穴が開いていくような、体のうちから熱い何かが湧き上がってくるような。この激しい興奮も、その原因かもしれない。


『マスター、行くのですか? 今日くらいは断っても……』

「はっははは。さっきまで寝たかったけど、もう行きたくなったんだ」


 体は泥のように重かったのに、口元のニヤニヤが止まらない。

 疲れきってあんまり会いたくなかったのに「頼りにしてる」って言われただけで、こんなにもやる気が出るなんて、俺も大概だなぁ……。

 自分のチョロさとベタ惚れ度に苦笑し、過保護なサポートAIにおねだりをする。


「手当てはしてから行くからさ。いいだろ?」

『……わかりました。ただし、少しでもなにか食べてからにしてください』

「ああ、ありがと」


 ウチのサポートAIも結構チョロいらしい。

 メールで少し時間がかかることを送った俺は、さっさと傷の処置をすべく風呂場へと急いだ。






 でも、いくら頼られて浮かれていたからって夜食をカロリーバー一本で済ませようとするのはいけなかった。カナンを怒らせた俺は説教を聞きながら軽食をレンジに放り込んだのだった。

 ウチのサポートAIは怖いんだ。インターネットを切断されてゲームができなくなるからな。



*****



 水中から急速に浮き上がるような、フルダイブ時の独特の感覚を経て目を開けると、そこはいつものLFOのマイハウスの寝室だった。

 カナンに怒られてから軽食を食べていたせいで、治療の時間も含めて結構な時間がかかってしまった。

 ただでさえソーナを待たせているんだ、早く行かないと。ベッドから飛び起きて、一足で階段を飛び降りてリビングへと滑り込む。


「ソーナ、いるか?」

「ユーガ! やっと来た、遅いよ!」


 もうどこかに行ってしまっているかと思っていたが、ソーナはずっと待ってくれていたようだ。 

 部屋に入った瞬間に駆け寄ってきて、首に手を回してくる。口では怒っていても行動がデレているのがまたなんとも可愛い。

 だがその場にいたのは、ソーナだけではなかった。


「よう、やっときたか。どれだけ待ったと思ってんだ」

「もしかして誰かとくんずほぐれずしてたのかい? ソーナを差し置いて、いけないなぁ……まって、冗談だからソーナは僕を睨まないでね? ほんと冗談だから」

「ガオウに、セイリ。お前らこんな時間までどうしたんだ?」


 いつも俺とソーナしかいない広いリビングに、ガオウとセイリがソファや椅子で寛いでいた。

 通常、他人のマイハウスには侵入することはできないが、所有者が招き入れれば入ることができる。ソーナが入れたんだろうからなんの不思議もないんだが、こんな時間に揃っているのに驚いた。


「十時頃からずっとやってたんだよ。お前はずっと連絡つかなかったけどな」

「ソーナがどうしてもって言うから何回かチャレンジしたんだけど、歯が立たなくってねぇ。何回かデスして、キミを待ちながらデスペナが解けるのを待ってたところ」


 いやいくら金曜日だからってこんな時間までやるなよ……うち二人は女子なんだから。夜更かしは肌の天敵じゃなかったのか。


「つーか、三人揃っててやられるって、なにと戦ってたんだ? セイリはともかく、ガオウとソーナは生存力高めなのに」


 セイリはともかくガオウはVIT高めだし、ソーナは防御力クソ雑魚だけどその分回避力が高い。最悪どんな奴からだって逃げられるスピードも持っているはずなのに。

 だがそんな疑問は、ソーナが発した標的の名前を聞いた驚愕で吹き飛んだ。


「アストライアだよ!」

「は?」

「だから、ユーガが気になってた新しいフィールドボス!

 《流星機龍 アストライア》だよ!」

「はぁああ!?」


 俺の彼女は、いつも予想外に過ぎる。

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