知る者は居らず、故に《幻》


「奴から離れろ! 近づくから盾にされるんだ!」


 リーダーの男の言葉を聞いて、銃を持った奴らが一斉に俺から離れようと動く。意外と理性的な判断が出来る頭が残っていたらしい。

 その言葉の通り、乱戦では盾に出来るものが無くなるのが一番辛い。その対応がこの場では一番正しいだろう。全員で距離を開けて離れたところから撃てば俺は逃げるしかない。

 だが、


「人数が減ったあとで、同時に距離をとろうとするのは悪手だろ」


 俺の銃の弾切れが近いと思っているようだが、銃は一丁だけではないのだから。

 腰に装備された、ポーチに偽装してあるホルスターから銃を抜く。左手でそれを構え、背中を見せる奴らの後頭部に向けて引き金を引いた。


「――ッ」

「――!?」


 タタタンッ、と短く連続した銃声が響き、三発の弾丸が男達の頭に吸い込まれるようにして命中する。

 断末魔を上げる暇も無く、四人もの男が倒れた。

 デザートハウンドのような埒外の火力ではなく、フルオート拳銃のように銃弾をばらまく銃ではない。

 だが人を殺せる火力と確かな命中精度を擁した、三発の弾を一度に撃ち出す信頼の置ける相棒。


 それがこの左手に握る三点バースト式拳銃『夜影よかげ』だ。

 デザートハウンドが一発の威力に特化し継戦能力と取り回しを捨てた銃ならば、この夜影は火力と取り回しを保証したバランスのいい銃。デザートハウンドとセットで運用することが多い相棒だ。

 一瞬で四人を殺された男たちは、こちらを警戒しながらも驚きに包まれている。


「なんだ……なんだよ、お前は!?」


 パニックになったのか、連中の一人が絞り出すような声でそう聞いてくる。

 その答えは自分たちが知ってるはずなのに。


「何って、殺し屋だよ。お前たちは殺し屋を殺せと言われて来たんだろう? それ以外のなんでもない」


 ゆっくりと近づきながら、奴らが呆けている間にデザートハウンドのリロードを一秒で終える。さっさと撃てばいいものを、敵は震えているばかりで何もしてこない。


「ば、化け物……!」


 よく言われる。

 ただし、趣味ゲームでだけだけどな。普段は声が聞こえるほど標的ターゲットの近くにいないから。


「くそ……こんな化け物だなんて聞いてねぇぞ!」

「《ファントム》の名は聞いてたんだろ? その時点で覚悟をしてこなかったのが間違いだ」

「こんなつもりじゃなかったのによぉ……ッ!」


 本人にそんなつもりがなくても、現実は理不尽にやってくる。それが人生のクソなところだ。

 俺も、それがなければこんな半端じゃなかったのに、と思いつつ、残っている敵を殺すために前へと踏み出した。


「おしゃべりは終わりだ。そろそろカタをつけようか」

「ぐっ……こうなったら――」


 追い詰められたリーダーの男が、何かを取り出した。

 舌打ちをして銃を向けるが――


「てめぇ……!」

「お前がやったことだろうが……!」


 奴が近くに倒れていた味方の死体を盾に姿を隠したせいで迎撃ができない。自分のやったことをこう返されると頭に来るな。


「今さら何を……っ!?」

「諸共吹っ飛ばしてやる!」


 取り出した何かに刺さっていたピンを抜き、それが俺の方に放り投げられた。

 丸くゴツゴツとしていて、何かを引き抜いたもの。その正体を出した俺は予想外の行動に前に進む体を止めた。


「はぁ? こんなところでそんなものを……ッ!?」


 その物体を認識した瞬間、俺は迎撃をせずに全力で地面を蹴って体を後ろに飛ばす。

 直後、その手榴弾は炸裂し、市街地に爆音を轟かせた。



*****



 織家一道おりやかずみちという人間は狡猾で計算高い。

 かつてはしがない中小企業だった織家の会社だが、方々へ媚びを売り柊グループの傘下へと入ることで成長を遂げた。

 だが織家という男の野心はそれだけでは済まなかった。

 会社は拡大したものの、その利益をほとんど賄賂として柊グループの会長へと渡さなければならなかった。


 金がほしい、地位がほしいと、織家の欲望が収まらなかった結果が、先の《幻》による柊グループ会長の暗殺依頼だった。

 邪魔だった会長を殺害したあとは、騒ぎに乗じて準備をしていた織家の企業は独立。犬のように尻尾を振りご機嫌を取らなければならない屈辱からも解放された。

 何のしがらみもなく、大企業のトップに成り上がった織家はというと。


「ふう……っ、ふうう……っっ!」


 三十階建て高級タワーマンションの自宅の隅で、がたがたと震えていた。

 その顔はやつれ、目にできた隈から満足に寝られていないことが窺える。それはすべて織家自身が出した暗殺依頼に原因があった。


(あんな……あんなことができるなんて……思ってもみなかった……)


 凄腕に依頼を出した織家だったが、内心では成功することはないと思っていた。

 元柊グループ会長の用心深さは強くそして有名だった。口にするものは常に警戒し、移動の際にはスモークを張った防弾性能の高い特注の車を数台用意し影武者を数人作るほどだった。

 だが、そんな警戒心を持つ男にも死は突然訪れた。


 織家は、その場にいたのだ。

 料亭で行っていた商談の最中、突然男の頭が吹き飛んだのを見た。それはいつも通りの日常で、それが突然はじけ飛んだ。

 裏に黒いところのある料亭である。警備体制はそこらの博物館など比べものにもならない場所で、何かをやらかせばバックにいる大物も動く。絶対に安全だと思っていた。


 織家は知った。世の中には自分の想像もし得ない、常識から外れた超人がいることを。

 以来織家は外を歩くのが恐ろしくなった。外から見られない高層タワマンの自宅にできる限り引きこもり、あの凶弾が自分に飛んでこないことをいつでも祈っていた。

 狡猾だが臆病、だがその性格に見合わない野心を持つのが織家一道という男だった。




 織家が眠れもせず震えているときだった。そばに置いてあった携帯端末が鳴り響く。一部の人間しか知らない秘匿回線だった。


「ッ!? ど、どうした!? 殺ったのか!?」


 その音を待ち望んでいた織家は飛びつくように通話に出る。


『うるせえな。そんな大声出さなくても結果は変わらねぇよ。依頼は終わったぜ。例の殺し屋はもうあの世だ』

「……ッ! そ、そうか! そうか!!」

『おう。もうアンタは、月の下に出ても大丈夫だぜ』

「は……はははッ! そうか!」


 織家の声は震えていたが、それは歓喜によるものだった。


(もうあの死神におびえなくて済む。俺は空の下を自由に歩けるんだ!)


 寝られず疲れ切った体を自由になった喜びという燃料で動かし、織家は自宅のバルコニーへと飛び出した。舞い上がって、片手には秘蔵のワインが握られている。

 タワーマンションの高層階では空気が冷たく澄んでいて、月は欠けていても明るくバルコニーを照らしていた。


「はは……ははは……! 最高だ!!!」


 白い光に包まれながら、織家はこれまでの人生で最高の気分を味わっていた。

 そんなときに、無意識に握っていた携帯端末から声がかけられる。


『ああ、ところでお代だが』

「なに? 報酬なんぞ言い値でくれてやると言ったろう」

『いや、いらなくなったんだ』


 織家は疑問を持った。金の亡者である裏社会の人間が、報酬をいらない? と。


「なぜだ。まさか俺を脅そうとでもしているのか?」

『いやいや、そんなことはしねぇよ。ただ――』


 ドンッ、という音が携帯端末から聞こえ。


『お代はお前の命だからな』


 その言葉が。

 織家一道という人間の、人生で聞いた最後の言葉だった。




*****




「ふう……終わった終わった」

『お疲れ様でした、マスター。近くには異常は上はありませんので、ごゆっくりお帰りください』


 織家の自宅があるタワマンから少し離れたビルの屋上で、ようやく終わった仕事に安堵する。

 あれから、迫り来るパトカーの音から逃げながらここまで来るのは骨が折れた。カナンがいなきゃ捕まってたな。

 襲ってきた奴らを全滅させて、持っていた通信端末からジャックした回線で通話をかける。そうしておびき出した織家を撃ち抜いた。

 ジャックから通話を繋げるのまでカナンがやってくれました。ウチのアシスタントAIは相も変わらず優秀だ。


「とっとと帰りたいけどな。風呂沸かしといて。すぐ入りたい」

『了解しました。では最適な温度で保温しておきますね』


 優秀なサポーターに帰宅後の面倒も任せ、俺はいそいそと帰り支度を始める。

 最後のターゲットを仕留めた狙撃銃スナイパーライフル『STING B50』をケースに戻しつつ、ため息をついた。


「痛え……」


 体を動かすたびに、あちこちが痛む。

 さすがに十数人の集中射撃はキツかった。目立つ場所や危ないところには避けたけど、所々かすったりして血も滲んでいる。

 極めつけはあの手榴弾だ。頭を守って後ろに飛んだから怪我にはなっていないが、それでも全身打撲くらいにはなっているだろう。特殊繊維でできた仕事用のスーツだからこそこの程度で済んだ、とも言えるが。


「あー、疲れた。気分わりぃ……」


 今日だけで二一人を殺した。人を殺したこともある奴らだっただろうから、因果応報だろという気持ちもあるが、それでもいい気分じゃない。

 この気持ちがあるからこそ、俺は殺し屋として未完成だ。




 この不完全さは、幼少期の訓練ができなかったからだ。

 技術を身につけ、薬物による身体改造も終わりにさしかかり、感情を殺す訓練を始めようというタイミングで、両親は仕事に行ったきり帰ってこなかった。

 何度も伝手つてを使って行方を追ったが両親の消息は掴めていない。そんなことをしている間に俺は成長し、自我が確立してしまったせいで心を殺すことはできなくなった。

 そんな不完全な状態で殺しを継いでいるのも、そういった事情があってのことだ。先代が消えたこと。そして、消えた両親を探すために。


 蛇の道は蛇。裏の世界で消えた人間は裏の人間の伝手を使うに限る。

 アルマへの継続した依頼と、俺が有名になることで掴めるかもしれない情報。

 最近はそれらを使って、両親の手掛かりが掴めるのを待つ日々だ。

 ――ただ、一つ思う。

 あのとき、両親が消えずに訓練ができたら、俺は完璧な殺し屋になれたのか、と。今言っても、栓のない話だってことはわかっているんだけどな。




 頭を振って、畳んでいたキックボードに乗って、勢いよく走らせる。

 深夜で道路を走る車は少なくなっているから、遠慮する必要はない。光の少なくなった街をスピードを出して走らせる。

 早く帰って寝たい、いやゲームしたい。ソラナの写真見たい。いやもういっそ電話しようかな。帰ったらもう二時だし、さすがに寝てるかなぁ……とか、吐き気のする頭で考えつつ、俺は帰路へとついたのだった。


 だけど、長い夜はまだ終わらない。

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