殺し屋《幻》
四月の下旬、その週末に俺は電動キックボードで道を走っていた。
普段着に見せかけた防弾防刃の特殊繊維でできた仕事着を身にまとい、背にはギターケースに偽装したライフルケースを背負って。
俺は仕事をするとき、監視カメラに映ることを極力避けている。
数えるくらいなら問題ないが、殺人があった日に限って特定の人物が現場周辺の監視カメラに写っていると怪しまれるのは当然。
よって、監視カメラがついているようなタクシーやバスは使えない。駅に入るなんてもっての
自動運転が主流になった影響で、どの公共交通機関にもカメラがつけられているからな。
運転自体はレースゲーやシュミゲーで乗り回しているから簡単にできる。なんならシステムに頼り切った免許保有者よりも高度なテクニックを披露できる。
マニュアルやオートマなんていう車は骨董品でしか無い現代では、運転技術なんて最低限しかいらないが、それでも免許の取得は必要なのだ。
その点キックボードは便利だ。俺みたいな免許を持っていないような高校生が乗っていても違和感がないし、小型ですぐ隠せる上に労力がかからない。
あとはカナンのナビによってカメラに映らないルートを辿ってポイントに行くだけだ。
『マスター、次の角を左に。少し先にコンビニがあるので反対車線を走ってください』
「ああ、了解」
様々な機能を詰め込んだヘッドギアから、カナンのナビが聞こえる。
「狙撃地点はパーティが開かれる屋敷から700m離れた廃ビルだったな」
『はい。いまのところ、人の気配はありません』
俺が向かっている間に、カナンには周囲のカメラをハッキングして情報を集めてもらっている。
今回織家が参加するパーティの主催者……天野というらしい金持ちの家は都市近郊にありながら広大な面積を有している。その広い庭でパーティが行われるため、天野邸から離れた高い位置からの狙撃を選んだ。
なぜ金持ちはパーティをしたがるのか、これは何回も外から眺めているが理解できない。俺はソラナさえいれば楽しいからな。
そういえば、ソラナの言ってたサプライズってなんだろう。
もし理性を削るような話をされたらどうしようか……。
「やめよう……考えるのは仕事が終わってからだ」
『また、ソラナさんのことを考えていたんですか? マスター。ソラナさんの愛が重いと言いますが、マスターもそれなりだと思いますよ?』
「うるさい……ターゲットは?」
『すみません。周囲の監視カメラのログを遡り確認していますが、屋敷に入る姿は確認できておりません。引き続き監視します』
「任せた」
ソラナの顔を頭を振って振り払い、カナンのナビの通りに目的地へと向かう。
癒しを考えるのは、荒んだことが終わってからだ。
それにしても……警戒心の強かった男が、開けた庭での立食パーティねえ。
「何事もなく終わればいいけどな……」
人を殺しに来ているのに何事もないとはなんとも身勝手な考えだと、自分の呟きを聞いて反吐が出た。
*****
黒峰家は代々暗殺稼業を営んでいる。
詳しい家系図なんて知らないが、祖父の祖父の代くらいには既にその手の仕事だったと聞いている。
その方法は総じて銃器を使用した方法。
黒峰家の人間は幼少期から銃の扱い方を仕込まれ、生まれたときから暗殺者になれる体を作られる。
俺も玩具の代わりに銃で遊び、工作をするように銃のメンテナンスをしていた。そんな中で過ごせば、銃マニアになるのは自然だろうな。
それを何代も積み重ねて、そうしてできたのが裏社会でも名を知られる《
俺はそれを絶やしたくないと感じたし、なにより銃が好きだ。
おまけに、銃を扱う技術もそれを使った殺しの技術も、天才と言われるほどの才能があった。
だが……俺は未完成だった。
殺し屋としての欠陥だが、俺は人を殺すことに忌避感を覚える。殺したくないと考える。いざ殺す時は躊躇いを無くせるのに、後になって自責の念に駆られることなんてしょっちゅうだ。
これ以上はないほど殺しの素質がありながら、絶望的なまでに殺し屋の適性が無い。いや、適正を身につけられなかったと言うべきか。
自分からやっているのに後悔する矛盾の塊。どっちつかずの半端者。自分でわかっている分うんざりする。
でも止めるわけにはいかない。先代達が積み上げてきたものを崩すわけにはいかないし、この世界に足を踏み入れた時点で、後戻りはできないんだから。
そして何より、切っ掛けとなった目的を達成するまでは。
「……居ないな」
『付近の監視カメラにも、ターゲットらしき人物は映っていませんでした……』
まだ冷たい風が吹く七階建てビルの屋上で、俺はヘッドセットの望遠機能を使って
足下にはいつでも狙撃ができるように、
もう探し始めてから二十分ほど立つというのに、ヘッドセットが映し出すホログラムスクリーンに織家らしき人物は見えない。
カナンの調べでも、天野邸近くに織家らしき人物が乗った車が通った形跡は無いという。
「アルマの情報なら、ヤツは参加するんだろう?」
『その筈ですが……』
「ドタキャンとかやめてくれよぉ……? お前を殺るのにこれ以上の場所はないんだぜ」
天野
万が一にもアルマが裏切り、嘘の情報を流したなんてことはあり得ないだろう。
俺がアルマを信用しているとかそういうこと以前に、情報屋がそんなことをしたら業界で干されるに決まってるからだ。
情報屋がそんなことをすれば、利用する人間はぱったりといなくなる。情報屋は教える情報が確かだから商売が成り立つ。
その情報が確かでは無いという事例を一回でも作れば、情報屋としての信用は地に落ちる。
「アルマだってリスク管理ができないほど馬鹿じゃない。いくら理性の制御が利かないからって、仕事の線引きはできる女だ」
『マスター……』
カナンが何とも言えないような声色で責めるように言うが、事実だしな。いい大人が高校生を口説いているんだから。
しかしそうなると、考えられる可能性は……
「アルマが、ガセを掴まされたか?」
『慎重なアルマさんに限って、それは考えづらいのですが……』
「俺だって考えたかねぇよ。だが実際、現状がアルマの言う通りじゃない。なにかが間違ってると考えるべきだ」
『仕方ありません。周囲の監視を――と、マスター。アルマさんから連絡です』
「アルマから? 普段仕事の時間にはかけてこないのに……わかった、繋げ」
俺の端末にかけられた通話が装着しているヘッドセットに接続される。
『あっ、優我くん!? よかった、繋がった!』
「どうしたアルマ。今仕事中――」
『ごめんしくった! 今回の依頼そもそも――』
ぶつ、と。
アルマの言葉が聞こえた瞬間、カナンによって通話が切られた。
『勝手にすみませんマスター。緊急事態が発生しましたので、アルマさんとの通話を切断してしまいました』
「――ああ、なるほど」
通話が切れるのと同時に、このビルを登ってくる気配に気付いた。
俺はヘッドセットを操作して、覆面となる立体ホログラムを頭部に展開し、変声機のスイッチを入れる。
「どうやらこっちもパーティを始める気らしいな」
『申し訳ありません、発見が遅れてしまいました』
「別にいい。今はどうなってる?」
『十数人の人間が、このビルの屋上に向かってきています。外にも何人か配置しているようです』
「了解……」
どうやら、何事も無くという俺の望み通りにはいかないらしい。
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