沈む気分と希望の光


 狙撃における大事なこと。

 俺はそれを相手の心を読むことだと思っている。


「…………」


 距離や風向き、風速を計算して狙ったところに当てるのはまず前提条件。動いている的に当てるのも当然のことだとして。

 撃ったあとに予想外の動きをされたら、その狙撃は長距離であればあるほど当たらないのである。


 一発外してしまえば狙っていることがバレ、すぐに隠れられてジ・エンド。

 であれば、標的のしぐさや目的から、絶対に動かないと思えるタイミングを狙って撃つしかない。

 煙草の火をつけるタイミング、ヘッドホンをつけるとき、食事を見つけたとき。標的によってそのタイミングは千差万別だ。

 俺は常にそのことを頭に入れて、引き金を引く。


「……ヒット」


 そう、例えば鳥モンスター《強襲鷲アサルトイーグル》の頭を撃ち抜いた今のように。

 頭を消し飛ばされたアサルトイーグルは、銃撃音すら認識する前にその身をポリゴンへと散らした。




 遺跡都市ルクセンブルクに到達してから早三日、俺は隆没の巨台地のドールマン狩りを切り上げて、エストール近くの平原で鷲撃ちと洒落込んでいた。


 アストライア? フィールドボス? 無理無理。聞いてみたらレベル160とかあったからな。しかもフィールドボス枠だから一パーティしか参加できない。

 レベル120台の俺やソーナじゃ逆立ちしても勝てないのは目に見えてるからな。


 興味はあるものの、今のレベルじゃ勇気ではなく蛮勇だ。よっぽどこちらの有利な状況に持ち込んで切り札全部切るくらいのことのことをしないと勝てっこない。

 ガオウやセイリにまで俺の我儘に付き合わせるわけにもいかないしな。

 そのためレベル上げもかねてドールマン狩りをしていたが、嫌になってやめた。


 最初の頃にレア泥っぽいアイテム『防御人形の心核しんかく』を落としたもんだから、必死になって狩ったがそれっきり一つも落とさないんだ。

 三日間狩り続けて最初の一つしか来ないなんて、どんな不運だよ。やっぱり物欲センサーか……?

 来るものが来ない辛さに人間は耐えきれない、だからそんなときは脇道に逸れて自己防衛をするのさ。




 そんなわけで、俺はホームタウンの近くで鷲撃ちをキメ込んでいる。

 いやそれが100%ってわけじゃない。いや限りなく近いけれども。


 明日は金曜日、日々を摩耗させながら生きる社畜達が酒場に解き放たれる週末だ。

 そして同時に、富豪がパーティを開きたがる日。

 元柊グループ傘下企業の社長、織家おりや一道かずみち。その男の暗殺予定日だ。

 つまり、その暗殺の肩慣らしをゲームでやっている。


 暗殺の前にVRで感覚を慣らすと調子が良い。もちろんリアルでも慣らしはするが、こればかりは公私を分けたいとかそんなことを考えることはできない。なぜならコレは、失敗できないなのだから。


 裏稼業は実績と信用がモノを言う。腕が無ければ仕事が来ないし、信用が無ければまともな仕事など来ない。どこまでいっても腕と信用の世界だ。

ファントム》は俺の代になってから一度も失敗していないし、歴代の当主もほとんどミスを犯していない。《幻》に頼めば確実に殺せるという、一種のブランドになっている。

 歴代の黒峰家が築いてきたこの看板に、俺が泥を塗るわけにはいかないんだ。


「はあ……仕事か」


 しかし、考えていると少しばかり憂鬱な気分になる。

 なんだって金持ち達は実際に集まりたがるのか、それも週末に。VRでいいじゃないか。たいていの奴らはそのおかげで金が有り余るほどにあるんだぞ。


 せっかくの週末に殺しをする側の気分にもなれよ、せっかく一晩中ソーナと遊べる日が続くときなのに……。

 殺しの後は気分が沈む。あんまりソーナにそういう所を見せたくないのにな……。


「っと、ヒット」


 頭ではうだうだ考えながらも、体は正確にアサルトイーグルの頭を撃ち抜く。これで通算三十六匹目だ。

 相棒である大型スナイパーライフル『黒幻狙銃こくげんそじゅうスタンテッタ』に新しい弾倉を入れてリロードする。


 コイツは俺の討伐したユニークモンスターの素材を使った『ユニーク武器』だ。通常どちらかしか撃てない実弾とエネルギー弾のどちらも撃てる上に、スタンテッタには狙撃にうってつけなユニークスキルまでついている。

 自分で作っておいて呆れる性能だ。

 それにコイツはリアルにある俺の相棒たちと比べても遜色ない手応えがあるからな。


「これ撃ち切ったら、もう帰ろうかな」


 そう呟いて実弾のマガジンをセットすると、二脚のバイポットを岩へと立てた。


*****


 ホームに帰る前に、エストールで大量に狩ったアサルトイーグルの素材を店に売りつける。空高く飛んでなかなか降りてこない奴らの素材は希少だし、レア素材もかなりあったから大儲けだ。


 俺の鷲撃ちについてこなかったソーナは巨台地で狩りをしていたはずだ。来ても暇だしな。ずっと一緒ってワケじゃあない。圧倒的に多いだけだ。

 ソーナにもしたいことがあるし、俺にもしたいことがある時だってある。

 時間的にちょっと早いから、いつもならまだ帰っていないと思うけど……


「あっ、ユーガ! おかえり~」

「おーう、ただいま……」


 ソファの上でゴロゴロしながら動画を見てた。極短タンクトップとショートパンツという眩しい格好で。

 あっ、ゴロニャンしないで。谷間や下側から見えるたわわなものが、ものが!


 ゲームの中でウォーミングアップした日にはどんなに早くても先にいるんだよなぁ。


「随分早く切り上げてきたんだな。まだ時間あるだろ?」

「ん~そうなんだけどね~。ユーガもいないし、ユーガ分も足りないから。ということではい、補給~」


 ソーナはついついソファに近づいてしまった俺に、寝ていた体勢から飛びついてハグをしてきた。


「ユーガ分って……つーかその格好でくっつかないでくれ、頼む」

「いいじゃん! どうせゲームだからぁ……ね?」


「ね?」じゃないんだよ。そんな艶めかしい「ね?」じゃゲームだからっていう言葉は使えないんだよ……!

 俺が自由になる手で、目を覆って自分の理性を必死に押さえ込んでいると、ソーナが言い出した。


「あと……最近、ユーガ落ち込んでるというか、テンション低かったから」

「……え?」

「気付いてたよ? いまいち乗り切れてなかったってゆーか、何か引っかかって心から楽しめないって感じ。ユーガはたまにあるよね?」

「あー……マジで?」

「マジマジ」


 ……隠し切れてなかったのか。

《幻》としての準備をする中で、少なくともソーナの前では普段通りに見えるように振る舞ってたつもりだったんだけど。


「ユーガ……ううん、優我のことが好きな彼女なんだから、隠そうとしても流石に気付くよ。心配してるんだからね?」

「あー、ごめん。ちょっとリアルでな……ソラナにも言えないことでさ」

「むー、私にも言えないって、すっごく気になる」


 眉を寄せ、頬を膨らませるソラナソーナ

 後ろめたくはあるけど、これだけは絶対に言えない。


 恋人が、人殺しなんてことは。


 悪い人間も殺しているから、なんて言い訳しても、これは変わらない。

 いつか嫌悪されるとしても、つまらなかった日々を変えてくれた、俺にとって最愛の人だから。

 これが自己中心的な我儘だというのはわかっていても、離れたくない。


「ごめん……」

「むぅ……いいよ。無理矢理聞いて嫌われるのもイヤだから」

「俺がソラナを嫌いになるなんてことはありえないな」

「私も。優我のこと、ずっと好きだよ」


 その言葉が、どれだけ俺を救っているのか。彼女にはわからないだろう。

 本当なら今すぐにでもキスしたい。でも、《幻》としての気持ちが混ざる時はしたくない。


「もうすぐいつも通りに戻るよ。そしたらまた、狩りに行こうか」

「じゃあ私はユーガがもっと元気になるようなこと、しといてあげる」

「えーなんだよ。気になるなぁ」

「ユーガが隠し事するから私も隠し事するもんね~」

「う~わやられた。じゃあ楽しみにしとくよ」


 だから、キスは終わった後にとっておこう。

 ひとしきり互いを堪能した後で、俺たちはLFOからログアウトした。


*****


 LFOからログアウトした俺は、ホライゾンから身を起こして呟いた。


「まったく……失敗できないなぁ」

『マスター、なにかいいことでも?』

「ああ、恋人がサプライズを用意してくれるらしいからな……明日は、無事に帰ってこないとな」

『おまかせください。ワタシがマスターを帰らせますので』

「ははは、頼んだぜ、カナン」


 遠くからの狙撃でも色々とリスクはある。捕まることも怪我をすることもなく帰ってこないとな。


 そして朝が明け、また夜が来る。

 ゲームを起動する楽しい夜ではなく、幻が揺らぐ不気味な夜だ。

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