《シルバーゲイルグリフォン》・1



 戦いではなく作業とは言ったが、グリフォン君がイージーってわけじゃない。

 極力無駄を廃して機械的に行う戦いというだけだ。

 弱すぎるが故のサンドバッグと、対策しきったが故のサンドバッグは同じように見えてまったく違う。


 前者はすでに自分よりも弱くなり、片手間でも楽に倒せるようになったからこそのサンドバッグ。言わば舐めプだ。

 だが後者は違う。相手が強すぎるからこそ対策を立てて動きを最適化し、効率を求めて最速で倒す。強い相手に対して敬意の籠もった完封だ。


 だから結果が同じでも、最低限の威厳は保たれると思う。


「よっしゃ、グリフォン狩りだぁ!」


 戦闘に入ると同時、ガオウとソーナの前衛は一気に駆け出して距離を詰め、俺は右側へと回り込む。

 LFOは基本的にモンスターの名前やレベル、体力バーなどの情報は映されない。それらを知るには発生スキルである《鑑定》をとらなければならない。消費するSPは少ないからそれは温情だ。

 《鑑定》を用いてやつを見てみれば、レベルは130。俺たちのレベルは120台だから、少し格上となるが、完封できないことはない。


 岩流の渓谷のエリアボス、《シルバーゲイルグリフォン》と交戦を開始して始めにやることは、その翼を奪うことだ。

 ウチのパーティーでその担当を担うのは、一気に散開したメンバーの中で唯一その場に残ったセイリ。


「ふふふ、ガッチガチに固めてあげるよっ! 《貫く氷晶槍グラス・ベネトランス》!」


 リアルではあんなに凜々しいのに、VRとなると一気に脳内ピンクとなる王子様系魔法使いだが、その実力は折り紙付きだ。

 彼女の背後に何本もの氷の槍が展開され、グリフォンに飛来する。

 透き通る水晶のようなその槍はいくつかが避けられたが、その巨体を支える翼にたしかに突き刺さった。

 ダメージは微々びびたるもの。しかしその目的は傷をつけることではない。


「キュァアア!?」


 氷槍は当たった部分から冷気を広げ、その動きを鈍らせる。翼の動きが鈍ってしまえば、その飛行能力は劇的に落ちる。

 そしてセイリの仕込みはそれだけじゃない。


「前からの攻撃ばっかり照ると、足下をすくわれるよ。今回は翼だけどね」


 突然その翼に、真上から氷の槍が突き刺さる。

 予想外の攻撃に慌てふためくシルバーゲイルグリフォン。


 LFOの魔法の発動方法にはいくつかの種類がある。

 魔法名を口に出して発動する詠唱発動。

 思考のみで発動する思考発動。

 プレイヤーによって登録された動作に反応して発動する動作モーション発動。


 他にも方法はあるが、どれも共通点は「どこからどの方向に」という発動場所と発射角度を考えながら、発動しなければならないということ。

 そんなことを考えながらでは、普通は魔法を同時に発動するなんて不可能だ。

 発動場所は魔法によって固定にしている魔法使いもいるらしいが、詳しくは知らない。


 セイリはそれらを全てマニュアルで行い、かつそれぞれの発動方法を同時に行う「並列起動」ができる。

 並列思考マルチタスクの一種らしいが、セイリ以外にこれをできる人間をそれなりに長いゲーム歴でも見たことがない。


 これを初めて聞いたときは、「だから普段の書類仕事が早かったり、大人数の話を聞くのが得意だったのか」と納得したものだ。

 現実離れし過ぎてて、現実逃避したともいう。たぶん俺やソーナ以上のリアルチートだぞ?


 セイリは奴が目前の氷槍に気を取られている内に、同時に上空に向けて発射していた。

 グリフォンはセイリが追加で放った《貫く氷晶槍グラス・ベネトランス》によって、翼の部位を状態異常『凍結』にされ、地面へと落下し始めた。

『凍結』は部位ごとの動きを鈍らせる状態異常だ。効果時間は短いが、叩き落とすには十分。

 翼を一時的に動かなくされたグリフォンは地に落ちるが、そこには先客が待っている。


「打ち返すぜぇ……《斬断ざんだん昇角しょうかく》ッ!」


 落ちる獲物エモノに振り上げられる得物えもの

 人の背丈ほどもある黒い大剣の切っ先は、シルバーゲイルグリフォンの体をくの字に折った。

 一瞬巨体が浮き上がるほどの攻撃力は奴のHPを大きく削る。だが部位破壊以外で相手を壊すことが出来ないLFOでは、一刀両断とはいかない。


「ハッハッハ! 叩き潰すのは楽しいぜ!」

「だったらハンマー使えよ……」

「盾として使えねーだろうが」

日和ひよってるねぇ」

「うるせえ!」


 腹を支点に折られたグリフォン君はあまりの衝撃に悶えていた。

 そして泣きっ面に迫るのは、銀色の蜂。


「下ばっかり見てると上に目が行かないってね!」


 バフを済ませたソーナは助走の勢いをつけて飛び上がり、二本の細剣でシルバーゲイルグリフォンに何十もの刺突と斬撃を見舞う。

 奴の上を通り過ぎる頃には、多くの細かいダメージエフェクトが舞っていた。


「ソーナ! 体感あとどの位だ!?」

「多くて二十くらい!」

「オーケー変更無し!」


 斬りつけたソーナがグリフォンから離れたが、奴のヘイトはチクチク刺しただけのソーナよりも大ダメージを与えたガオウに向かっている。

 位置関係から、シルバーゲイルグリフォンが繰り出すのは爪による攻撃だと予測がついている。奴のフィジカルから放たれる攻撃は強烈だ。


 だがガオウは最初の切り上げの位置から動いておらず、大剣を振りかぶっている。

 セイリの魔法は発動が遅い。ならそれを止めるのは俺の役目だ。


「装甲関係なくブチ抜くぜ……? 《パワーショット》に《一弾必殺ワンショットキル》。そしてぇ……《貫通付与エンチャント・ベネトレイト》」


 弾丸が貫通し多段ヒット判定になる貫通性質を付与するスキルに、単発攻撃力を倍増させるスキルをいくつも乗せれば、いかにクリティカル特化ステータスの俺でも大ダメージを出せる!

 そのあとの攻撃にはマイナス補正がかかるが……ここで怯ませれば十分だ。


 シルバーゲイルグリフォンは体長が長くない。だが貫通弾は獲物の体長が長いほどダメージを増やす性質を持つ。

 なら狙うべきは頭から尻の一直線ではなく、それよりも長い両翼を広げて真横から一直線になった瞬間。

 その直線を正確に狙って、渾身の一発をファスターmark2から発射した。


「ギュァアアア!?」


 ズダダダダッ! と連続ヒットの快音を響かせ、貫通弾はグリフォンの体を貫いた。


「これが銃の強さ! 弱武器じゃねーんだよォ!」

「そこまでやらないとダメージ出ないっての大変だな」

「ぐはっ」


 おいやめろ結果は出してるんだからいいだろ!


「本当の高火力ってのを見せてやるってな……! 《斬断・――」


 ずっとグリフォンの傍で構えていたガオウが発動していたのは、力を溜めるモーションをとっていた時間に比例して、攻撃に補正が入るスキル。

 力を溜めている間はそこから動くことも出来ないデメリットを背負ったが故に、その威力は。


「――轟壊ごうかい》!!!」


 グリフォンの体躯をまたしてもひしゃげさせるほどの威力だった。

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