赤い渓谷


 新エリア『隆没りゅうぼつ巨台地きょだいち』は、ついこの間まで最前線だった街、第十一の街『セクトリア』の北にある巨大な台地だ。

 ガオウとセイリの二人とはセクトリアで待ち合わせをして、それから出発した。


 行き先はセクトリアと隆没の巨台地の間にあるエリア、『岩流がんりゅう渓谷けいこく』。

 先の巨台地から大量に流れてくる水が地盤を削ったとされる巨大かつ広大な渓谷で、赤っぽい岩が剥き出しになった谷のそこを進んでいくエリアだ。


「最初は迷宮かってくらい入り組んでて、マッピングに苦労したよなー」

「気付いたら同じ所を回ってた、なんてよくあったもんねー」

「そのくせ採取できる素材は上物ばっかだから、それに釣られたプレイヤーが遭難するのがよくあったしな……結局死に戻りで素材ロストして帰ってきた奴が続出したのは笑ったがな!」


 そんな迷宮のようなエリアでも、何度も通っていれば自然と体で覚えるものだ。

 それにいくつかの情報屋クランの手によって、詳細なマップが作られて販売されている。一番正確なのは『LFO報道』で売られているマップだったか。あのカモメパパラッチが所属しているところだ。

 あんなのが所属しているところでも、情報屋クランとしての評価は高い。


 そういえばあいつ、パパラッチし過ぎてクランの幹部に怒られたらしいな。パパラッチ現場を配信するもんだから、売り物になる情報も拡散しているわけだし。

 きじ……いや、カモメも鳴かずば撃たれまいに。

 それでも奴の情報の売り上げがいいのは、単純に記者としての技量なのか。


「ふんっ!」

「げほぁっ!?」


 そんなことを考えていたら、ソーナにいきなり回し蹴りされた。硬い脚甲に覆われたつま先が脇腹に突き刺さる……!


「なんか女のこと考えてない? 私以外の」

「そっ……んなわけ、ないだろ――こふっ」


 崩れ落ちる俺の上体をがっしりと掴み、岩肌に押しつけて間近で目を覗き込んでくるソーナ。

 VRとはいえ、腹部に何かが突き刺さる感触は健康的なものではなく、俺は咳き込みながら弁解する。


 ソラナのセンサーは恐ろしいほどの感受性をしている。ヤンデレと言えるほどに。声に出してなんかいなかったしそんなそぶりも見せなかった。なのに腹を迷い無く撃ち抜いてきた……!


「俺が好きなのはソーナだけだから、他の女のことなんてなんにも考えてないから!」


 少なくともそういう思考では欠片ほども考えてないからセーフ、のはずだ。

 心の奥まで覗き込むようにじっと見つめてくるソーナだったが、数秒の沈黙のあと、とろけるように笑顔を浮かべて首に腕を回して抱きついてくる。


「ならいいよー。ごめんね? いきなり蹴ったりして」

「いいよ、ゲームだし……あ、でも回復アイテムくれない?」

「はいこれ、どうせ私使わないから!」

「ありがと」


 ソーナがくれた回復ポーションを一気に煽る。なんとか疑惑というか誤解は解けたようだ……よかった。

 ソーナと付き合っている限り、浮気はできないな……する気もないけどさ。


「ソーナのセンサーは敏感だね。体の方もそうなのかな」

「ツッコまねーぞ。というかわけわかんねェよな。あの直感」

「不意打ちとかにも反応するし、ユーガがいるところまで察知できるからねぇ。野生の勘といっても差し使えないんじゃないかな?」

「ちょっと! 野生なんて止めてよ! ほんとになんとなくピリっとくるだけなんだって!」


 精度が高すぎるのが問題なんだよ、そう言われるのも仕方ないと思う。

 ポーションを飲み終えて横腹の違和感がなくなった頃に、道が広くなった場所に出た。

 今までだらだら喋っていたが、この渓流はモンスターの住処。街に近いところなら古代遺物アーティファクトの効力によってモンスターというエネミーはいないが、渓流の奥に来ればエンカウントは時間の問題だ。

 視線を広間の中央へと向ければ、そこには大きな岩があった。


「グルルルルル……」


 その岩から、低いうなり声のようなものが聞こえ、ぱらぱらと破片を零しながら崩れて、立ち上がった。

 岩――いや、それは四肢を持ち、目を持ち、巨大な尾を持つ岩石を纏う巨大なトカゲ。種族名を《スティングロックリザード》。そして通称、


「岩トカゲだ。いつも通り」

「斬って砕いてひねり潰す!」

「砕くのは俺の役目なんだがなァ!」


 素早く戦闘陣形へと切り替わる。

 ソーナとガオウが前に出て、俺とセイリが中衛と後衛を務める基本パターン。

 ソーナとの二人旅なら俺も結構前に出て避けたり撃ったりするが、ソーナは回避タンク、そしてガオウは純粋な物理タンクとして優秀だ。

 ならば前衛になってもソーナの劣化でしかない俺は、二人をより活かす銃使いになろう。


「《固定換装セット》!」


 取り出し装備するのはエレイル&セレイルではない。

 中距離における安定した火力を出せるライフル、『ファスターmark2』だ。


「まずは先駆け一発!」


 疾走するソーナとガオウの行く先に、ファスターmark2の銃口を向ける。

 現在のLFOではフルオートで撃てる銃カテゴリ武器というのは存在しない。これも銃の不遇の一面だ、悲しいなぁ。

 それでも度重なる研究の末に、一度に何発もの弾を発射するバースト銃は開発に成功した。


 命中率がよく、瞬間火力が高い、まさにファスターのような中距離戦闘のための銃。このファスターmark2は単発モードと三点バーストモードを切り替えられるのだ。

 今は命中よりも威力! バーストモードで放った三発の弾丸は、ソーナよりも早く岩トカゲの顔面に突き刺さった。


 同時に三回もクリティカル攻撃をキメられたことで怯む岩トカゲ。その怒りの矛先は当然俺へと向けられ、激しい怒りの籠もった視線を向けてくる。

 だが離れた俺にヘイトを向けててもいいのかね。

 すぐそばには、俺以上の牙を持つ狩人たちが迫っているというのに。


「《ハイライズ・アジリティ》、《ハイライズ・ストレングス》、《風属性付与ウィンドエンチャント》――からの、《千々剣舞サウザンドラッシュ》!」


 ソーナの前で三秒も呆ければ十回は斬られる。岩トカゲの硬いはずの外殻は、瞬く間にソーナの赤と銀の剣によって傷だらけにされた。


「あーでもかったい!」


 しかしバフの乗り切っていないソーナの攻撃では、まだ大ダメージとはいかないようだ。が、二番槍はそうはいかない。


「パワーが足りねぇんだよパワーが。……《斬断ざんだん破岩はがん》ッ!」


 ガオウが振りかぶった大剣は、大きな弧を描いて岩トカゲへと襲いかかる。厚いはずの装甲はクッキーのように容易く砕かれた。


「私だって時間かければガオウよりダメージ出せるんだから!」

「今すぐに出なきゃ役立たずだよなぁ!」


 痛手を負わされた岩トカゲが、尻尾から名前の由来である鋭い岩を飛ばすが、二人は難なくそれを捌く。

 二人の攻撃が途切れる僅かな合間に、ファスターmark2で顔面や関節など装甲の薄いところに銃弾を叩き込んでいく。そのダメージで発生する怯みが動きを阻害し、ソーナとガオウは順調に攻撃を重ねる。


「コンボ繋がってきた! どんどん行くよ!」

「なんで攻撃スキル使わずにそこまで火力出るんだよ! 俺が殴るより怯んでやがるじゃねぇか!」

「スピードが足りないんだよスピードが!」

「ちくしょう返された!」


 ソーナのコンボが積み重なって、《千々剣舞》によるバフが一撃に大きく響くようになったことで岩トカゲはソーナにヘイトを向ける。

 振るわれる棘つきの尻尾はソーナに当たることはなく、逆にいくつもの斬撃を浴びせられる。


 たしかにソーナの攻撃は、魔法による属性を付与していることで物理防御が厚い敵にもよく通る。だがこのパーティの、物理防御力の高い相手に対する本命はソーナでもガオウでもないのだ。


「足裏は敏感なのかな? 《鋭利な凍氷刃フローズ・シャープエッジ》」


 今まで俺の後ろで魔法用の武器『魔導書』を開いていたセイリが放った氷は、地面から生えた無数の刃で岩トカゲの足にダメージエフェクトを散らし、凍らせてその場に縫い止める。

 傷ついた足で凍結から抜け出そうとする岩トカゲ。その頭上には、すでに次の魔法がスタンバイしていた。


「ふふふ、ナカまでいじくり回してあげるよ。《黒闇の喰壊ヴォイド・エクリプス》でね」


《鋭利な凍氷刃》と同時に展開していた黒い槍は背中に突き刺さり、ズブズブと内部に入り込んでいくと内側からその体をヒビ割っていく。


 セイリの得意とする氷属性魔法と闇属性魔法は相性が良い。

 氷属性魔法は攻撃力こそ物足りないものの、その拘束力は折り紙付きだ。そして闇属性魔法は単純明快、破壊力が高く速度が遅い。そしてHP吸収に持続ダメージなど絡め手も豊富に持ち合わせている。

 おまけにセイリの魔法はほぼ全てがオリジナルスキルにカスタム済みだ。


「エリア攻略の時はMPが辛いからねぇ。みんなに削ってもらわないと苦しいよ」

「いやオーバーキルだろこれ。エグすぎなんだよ絵面が」


 闇に侵蝕された岩トカゲは高い持続ダメージに体を痙攣させながら、あえなくポリゴンとして散っていった。

 スティングロックリザードは言葉通り、ソーナに斬られ、ガオウに砕かれ、セイリに捻り潰された。


 俺の活躍少なくない!? 装甲厚い敵にはメイン張れないのは仕方ないんだけどさぁ……

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