陰影は友に見せず


 俺にはいくつかの趣味がある。

 ゲームはもちろんとして、その中には音楽を聴くというものがある。ジャンルはもっぱらゲーム音楽だ。


 特に好きなのはLFOのイメージソング。いやこれが曲も歌詞も歌い手も神なんだ。

 MiKaというバーチャルシンガーソングライターが歌う『Your ideal』。最初はこの曲から入ったが、そのうちMiKa本人のファンになってしまった。ゲーマー心に刺さる歌詞、リズム。透き通っていて、時折若干の幼さを見せながらもしかし力強い声。


 今ではさほど珍しくなくなった、リアルを見せないシンガーソングライターに、最近の俺の音楽ファイルは侵略されてしまった。

 はぁ……MiKa最高だわー……。



 閑話休題。



 人には気分の下がる作業、苦手な作業というものがある。

 それは仕事だったり、家事だったり、勉強だったり。人によって千差万別だろう。

 当然俺にもある。そんなときの俺のアンサーは、他の好きなことをしながらモチベーションを保つ、だ。


 まあようするに。



 俺は今、週末に控えた暗殺シゴトの準備を、好きな音楽を聴きながら進めていた。



 スピリッツゲーマーズ騒動から翌日。今日は都合が悪いから、というのとそれぞれ準備があるだろうとのことで、攻略は明日からと言うことにして暗殺者としての活動を行っていた。


 俺の家は一軒家だ。一人暮らしの俺がこんな家に住めるのは、ひとえに殺しの報酬と莫大な財産があったからだ。

 その薄暗い地下には、高校生でもない、ゲーマーでもない俺の顔、姿が見えない殺し屋《ホロウ》としての顔が眠っている。

 そこに置かれた巨大なテーブルの上に広がるのは、ホログラムで映し出された街の立体映像だ。大きな屋敷を中心にビルが乱立している。


「アルマからの情報でターゲットの当日の動きはわかった。ポイントも絞り込めた……カナン、侵入経路の候補を挙げられるか?」

『すでに六パターンを割り出しています、表示しますか?』

「仕事が早いねぇ、頼む」

『それと、アルバムに収録された全曲が終わりますが、次の曲はどうします?』

「リピートで」

『わかりました』


 カナンのサポートで着々と当日の計画が出来あがってゆく。

 AI『カナン』は普通の家庭用サポートAIではない。

 黒峰家による暗殺稼業のあらゆる作業をサポートするべく作られた、アシスタントAIでもある。自動アップグレード機能で日々学習し成長する、人間にも劣らない知性の持ち主だ。


 殺しのシゴトは黒峰家が代々継いできた稼業だ。親も、祖父も、曾祖母も。全員人の命を奪って生きてきた。両親なんてその道の人間同士が結婚している。

 当然、俺や、もう一人いる姉もそうなるべく育てられた。


 俺の場合は中途半端にその教育が途切れてしまったのだが、技の冴えは歴代の暗殺者たちと比べても劣ることはない。

 それでも人の命を奪うことに躊躇ためらいはある。家族や友人が受ける傷を思うとあまりいい気はしない。


 アルマからは「向いてない」って言われているな。優しすぎるんだと。

 思えば、アルマには色々と世話になっている。受ける依頼を選別したり、依頼人と会わなくていいように手を回してもらったり、感謝してもしきれないほどだ。

 口に出して言うと調子に乗るので言わないけど。

 俺の周りってこんな女ばっかりなんだろうか……大和撫子の慎ましさはどこへいったんだ。


織家おりや一道かずみち……柊グループ傘下の会社の、代表取締役」


 タブレットに表示された眼鏡をかけた男はこれといって特徴も無く見える。だが非常に煙っぽい柊グループの傘下企業ということで、胡散臭く見えてくるものだ。

 火のないところに煙は立たない。殺しの依頼をされるほどなのだから、なにか種火でもあったのだろう。


 今回の依頼人は前回の柊グループ会長の暗殺依頼と同一人物だ。きっとそれ繋がりで恨みでも持たれていたのだろうか。

 ……依頼人のことを詮索しても仕方無いか。暗殺のことだけ考えていれば良い。

アルマから仕入れた情報で、ここしばらく警戒していた織家が、この週末にとあるパーティーに出席することがわかった。これを逃せば次のチャンスがいつになるかわからない。


 アルマの情報とカナンのハッキングによって、すでに周囲の地理もパーティー会場となった金持ちの豪邸の間取りも把握している。

 それを元にした狙撃ポイントも割り出し、潜入経路も確定した。


「時間も決めた、当日の天候も上々……あとは自分の腕、か」

『ならば、マスターならなんの心配もありませんよ』

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか、カナン」


 俺の、というよりも黒峰家代々の暗殺スタイルは、銃器による遠距離からの狙撃、銃撃だ。

 遠く離れたビルの上から、高速道路の車の中から、はたまた広い道路を挟んだ向かい側から。

 スナイパーライフルからハンドガンまで、ありとあらゆる銃器を使いこなし姿を見せないまま命を奪う。


 故に《ホロウ》。姿が見えず、絶対に触れず。

 代々黒峰家の当主が襲名してきた暗殺者としての名前だ。


 実を言うと、ゲームでの俺の銃の扱いの上手さはこれに由来しているところが大きい。特にLFOだ。あのゲーム、何故かわからないが実銃に反動や射撃の癖が似ているのだ。

 それ以上に扱いの難しい銃を、常日頃扱っている俺に言わせれば狙った場所に当てることなど難しいことでもない。いや他のゲームでも銃の扱いは上手いが。


 現実逃避ゲームに逃避の理由を持ち込んで暴れ回っているのは色々思うところがあるが、銃が悪いわけでもない。

 俺は銃が大好きだ。仕事は好きじゃない癖に、その仕事道具が好きなのはよくわからないが、とにかく銃が大好きだ。

 手触り、フォルム、機能性……なんというか、いい……。


 俺はゲーオタでもあると同時、極度の銃オタなのだ。

 これも黒峰家の血なのだろうか、俺は自費で暗殺に使わない銃をも収集するくらいに好きだ。

 おおっぴらには言えないけどな。銃刀法はいつだって俺の邪魔をする……!



 ともかく、アルマとカナンの強力により準備は万全、俺がヘマさえしなければ暗殺に失敗はなく、《ホロウ》としての名前も守られるだろう。

 なら、あとは俺が仕上げていけばいいだけだ。

 テーブルの上に投写されていたホログラムもタブレットの画面も全て消し、俺は部屋の奥へと向かった。


「準備はこれくらいでいい。銃の手入れでもしようか」

『メンテナンスなら、ワタシが毎日行っていますよ?』

「自分で触るのがいいんだろ。シゴトの相棒としても、コレクションの一品としても」

『それはまだわかりかねますねぇ……感覚を忘れるほど前回から期間も空いていないでしょう?』

「モチベーションさ。好きなものを触れば自然とテンションもあがるだろう? ほらほら、早く出してくれ」

『仕方ないですねぇ……』


 明かりがついてもなお薄暗い大部屋の、半分ほどを占める大小様々なケース……それらが開かれ、黒光りする愛しい相棒達が姿を現す。

 ここにあるのはほぼ全てが俺の希望通りに作られた特注品。俺のためだけに作られた至高のコレクションだ。


 大手銃器メーカー『アルバロード社』。金を積めば完全なオーダーメイドも可能な最高のメーカーの手による相棒達は、どれも魅力に満ち溢れている……!


『火器をコレクションとして恍惚とした顔で見つめる男はどうかと思いますよ』

「うるさいな。オタクなんてみんなそんなもんだよ」

『集めているモノが問題と言うことです……』

「それを言ったらお前もアウトの部類になるんだよなぁ……」



 なんたって殺害をサポートするAIなんだし。

 俺はため息を一つ漏らして、沈みがちな気分を上げるためのメンテナンスのために、銃を分解し始めるのだった。




_______________________

メルゴーの乳母戦BGMとか良いよね……他にはアニメだけどkeep on keeping onとか


そういえばウチの猫がツイッター始めたらしいですね。

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