情報の価値



 やったことは簡単だ。

 カモメの逃走ルートの一歩先に、グレネードランチャー『ドロップアウトmark3』二丁でグレネードをばらまく。

 慌てて戻ってきたところへあらかじめ仕掛けておいた罠型爆弾アイテムで吹っ飛ばした。


 逃走のプロの逃げ道を完全に読んでなきゃ出来ない? コイツに目をつけられたのが何回目だと思ってる。行動パターンなんざ簡単に読めるわ。


「ピーク時の視聴者数1500人強。なかなかやるじゃないか。当然、ここまで伸ばしてやったお礼は、貰えるんだよなぁ?」

「ギャラくれないといろいろしちゃうかもしれないよ?」


 銃口を頭に押し付けられ、牙を隠した肉食獣に優しく撫でられているカモメはまるで借りてきた猫のようだった。いや鳥だけども。


「や、やだなぁ、可愛い女の子相手にこんなことしないでくださいよぉ。ワタシ悪いことシテナイデス」

「自分のこと可愛いって言うの痛くない?」

「ネタだよわかってよソーにゃん!」


 配信をしているときの視聴者たちへの態度とは打って変わってあざとく後輩系キャラぶるカモメ。

 普段は傲岸不遜ごうがんふそん、危なくなったら下手に出てごまをする。

 世渡りが上手そうなことだ。


「こっちのことをすっぱ抜こうとしたんだ、何もしてないってことはないだろ? それに俺たちはお前に気付いていたのに配信に協力してやったんだ、それなりの報酬なり詫びってもんがあるだろう?」

「な、なにもとれてないじゃないですか! それに良いんですか!? ワタシに酷いことをすれば、何百人ものリスナーが黙ってませんよ!?」


『カモ虐助かる』

『いいぞもっとやれ』

『絞り尽くしたれ』

『この映像だけでご飯三杯イケるわ』

『数少ないカモメの即堕ち土下座姿いいわぁ……』


「あれぇー!?」


 自前のウィンドウで配信画面を見てみれば、なんとほぼ全てがカモメの敵側だった。


「確かに黙ってないね」

「歓喜の声に包まれてるな」

「ちょっと薄情じゃないですかね皆さんー!?」


『つっても俺レアアイテムの情報すっぱ抜かれたし』

『俺PvPイベント前に戦闘スタイルバラまかれたことあるわ』

『いきつけの隠れた名店を繁盛店にされた恨みが』

『リスナーの恨み買いまくってて草』

『というか未討伐だったフィールドボスの攻略法勝手に後悔したんだから十分悪いことしてる』

『最初にヘッショしなかった時点でユーガ温情』

『判決、ギルティ』


「お前のリスナー大部分お前の被害者じゃねーか。そりゃこうなるだろ」

「最近は私達相手なら、このくだりは様式美になってるじゃん」

「ぐぬぬぬぬ」


 それだけカモメが俺たちに突っかかってくることが多いってことなんだけど……。


「お前がどうしても出さないってなら、こっちにも考えがある」

「あれ出すの?」

「な、なんですかぁ~?」


 俺とソラナはカモメの耳元に近づいて、配信に音が乗らないように小さな声で言う。


「な、なにするんですか……」

「――知ってるんだぞ?」

「ふわっ!?」

「むっ……」


 なんだ今のカモメの甲高い声……とソーナの機嫌が悪くなったような声……。


「お前、この前のアプデで追加された新しいライドアニマルを衝動買いしたそうじゃないか」

「えっ、あっえっ? な、なんで知って……!」


 このパパラッチ、普段は飄々ひょうひょうとしている様子を見せながらも、意外と可愛い物が好きらしい。

 さる情報筋によれば、カモメはいくらでも愛でられ、さらに騎乗までできるライドアニマルマニアであり、全種揃えているんだとか。


「軽くデフォルメ化されたライオン、チーター、虎、エトセトラ……猫科シリーズ可愛かったもんね……? 意外と可愛い物好きってことも周りに隠してるんだっけ?」

「ぬぁああああああ!?」


 ニヤニヤ悪い笑みを浮かべたソーナがおちょくる。

 くっくっく、隠していたことが知られているのは恥ずかしかろう……!

 カモメは顔を隠して悶絶した。


『なんだ今の声ww』

『カモメのこんな声聞いたことないこれは切り抜き案件』

『羞恥が極まった悲鳴、ごちそうさまです!』


 珍しいカモメの恥態にコメント欄が沸き立つ。


「なっ、なんで知って……ッ!」

「俺の知り合いの情報屋がお前だけだと思うなよ……? ずいぶんとルンル――」

「だぁあああわかりました! わかりましたから! お詫びにためになる情報教えますから忘れてくださいお願いします!」


『いったいなんだったんだ……?』

『ソーナがおっそろしい顔したのは見間違い……?』

『なにしたらパパラッチにこんな顔させられるんだ』


 コイツをおちょくれそうな情報かっといてよかったぜ。

 MMOにおいて、情報のアドバンテージというのはなかなかに侮れない。それが俺たちみたいな高レベルプレイヤーとなると喉から手が出るほど欲しい。

だが、その情報にも価値がある。ただで情報を引き抜けるチャンスはものにしたい。


 その上コイツの持ってる情報は有益だ。自分でその場に行って見ていることが多いんだからな、確実性も高い。

羞恥心で情報を吐かないと言うなら、別の面から攻めるつもりだった。


 ほら、《忍術》スキルって媒介アイテム買うために金がいるんだよね、数揃えるならなおさらに。

 ライドアニマルまとめ買いで、ふところ事情は結構ピンチだろう。満足にアイテムを補充できないと、コイツに恨みを持ってる奴ら、特にPKプレイヤーキラーなんかにチクれば……な?


「くうぅ……ウチのメンバーじゃない、だとしたら……あーあの人かぁぁ……!!」

「うりうり、カモメちゃんそろそろ私達の獲物にされてること気付いてるー? カモメじゃなくてカモにされてるの気付いてるー?」


 ゲスいことを考えている俺の隣で、頭を抱えて崩れ落ちるカモメを、その辺に落ちていた木の棒(武器ではなくアイテム)でつついて煽っている。

 それくらいにしといてやれよ、若干カモにしてるのは否定できないけど。


「完全勝利と言ったところか……カモメに対しては全勝だがな」


 ここまで勝ちが続くと笑いが止まらないなぁ!


「あ、そうだ。ユーガ!」

「ん? なんだ」

「さっきカモちゃんに耳元囁きした分とその他諸々――、後でお仕置きするからね?」

「ひぇっ」


 ソーナには勝てた試しが少ないなぁ……というか理不尽じゃない? こんな突発じゃ予測も準備もできねえよ?

 笑いも簡単に止まったわ。


「あ、あとカモメちゃあん……随分とユーガにご執心だよねちょっと向こうでお話ししよっかだぁいじょうぶ酷いことしないって画像とか確認して消すだけだからだからそんなにおびえないで――」

「あっ、終わ――」


 連れて行かれるカモメを横目に、この後のお仕置きに震える俺だった。


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