殺戮の姫と見えない死神



 ゲームにおける、後衛攻撃職の宿命とは、火力が低いこと。

 だから俺は全攻撃がほぼクリティカルという超絶テクニックを発揮することで、スキルの効果も合わせて並みの近接職以上の火力を叩き出す。全てはロマンと武器愛ゆえに!

 そんな俺と同じくらいに、いやそれ以上にスーパープレイをかます相棒がいると攻略は早いもんだ。


「あは、あはは! あっはははは! 楽しい楽しい! 楽しいねぇ!」


 俺があれから何体か蜂の巣にした頃だ。前で暴れ回っていたソーナが笑い出し、動きのキレがさらに増す。

 ソーナはテンションがプレイに直接影響するタイプだ。上がれば上がるほどそのパフォーマンスは上がる。

 ヒートアップしてきたソラナが狂気的に笑い声をあげる。見方によっては色っぽくも見える笑顔を浮かべて、ソーナが群れるモンスターに突撃する。


 熊の攻撃を紙一重で避け、魔導群猿マギオンモンキーのひっかきを弾きパリィ


 飛び上がってフクロウをすれ違いざまに切り裂き、太く堅い大木の幹を足場にして三回転半宙ひねり。

回転の勢いを利用して落下するときにフクロウにトドメを刺して、着地の反動を利用して宙返りしながらいつの間にか手に持った金色のナイフを投げる。


 それが新しく飛び掛かってきた兎モンスター、『ヴォーパルバニー』に突き刺さり、勢いを潰したところを空中で上に投げていた剣をキャッチして斬りかかる。


 ……相変わらず凄いな。見ててもわからないし、口にしたらもっとわかんねぇ。

 大木が乱立する森の中を跳ね回り飛び回る銀色の戦乙女いくさおとめが、紙一重で攻撃を避けて連撃を叩き込み続けるという曲芸じみた挙動を始めた。


 わけがわからない動体視力と反射神経だ。たぶん剣を上に投げたのだって、兎を見てからの咄嗟の行動だぞあれ。


「《ハイライズ・ストレングス》、《ハイライズ・アジリティ》、《雷属性付与エンチャント・ボルト》……!」


 自分にいくつもの強化魔法をかけ、ステータスを上げるソーナ。

 彼女のクラスは魔法と剣を巧みに扱う《魔法剣士》だ。《剣士》系クラスは剣系武器の攻撃力や速度に補正が入り、《魔術師》系クラスは魔法の威力やMPなんかに補正が入る。


 だが魔法剣士は剣士系クラスに速度で劣り、魔術師系クラスに魔法の威力で劣る。いわば器用貧乏なジョブと言われている。

 ただそれは、ソーナ以外の大多数が使えばのことだ。


「ほぉら……いくよ!」


 腕に沸き立つ青いエフェクトは、攻撃のコンボを繋げれば繋げるほどSTRに補正がかかるスキル《千々剣舞サウザンドラッシュ》。


 足に起ち上がる赤黒いエフェクトは、攻撃を回避すればするほどAGIに補正がかかるスキル《死線加速デッドエンドアクセル》。


 ソーナはこれらを戦闘開始時から発動しており、攻撃を続け回避しまくった今のステータスは高まりきっている。

 ソーナの人並み外れた回避能力と身のこなしがあって、初めて実現できるスタイルだ。


「仕上げのぉ……《超過加速オーバーロード》!」


 そして、反射神経と動体視力がずば抜けたソーナでさえ、テンションが上がらなければ制御できない速度を引き出すスキル。

 五秒間、プレイヤーの速度を五倍にまで倍増させるぶっ壊れオリジナルスキル《超過加速オーバーロード》をバフ盛り盛りで起動させる様は、まさに自己バフ特化の暴力。


 俺たちのようなトッププレイヤー、もしくはなんらかの方面で目立つプレイヤーには、通称やら異名やら、二つ名的なものがつけられることが多い。ゲーマーはそういうの好きだからな

 飛び抜けて美麗なアバターであり、トッププレイヤーと呼ばれるソーナにも当然つけられている。


 銀髪をたなびかせ銀の軽鎧を纏ったソーナが高めに高めたSTRとAGIによる破壊力をもって、周囲のモンスターをジェノサイドした姿は、まさしく『銀の剣嵐けんらん』。

 そして、『蹂躙姫じゅうりんき』だった。



*****



「あ、はぁん……♪ キモチよかったぁ……」

「そりゃそうだろうな。すごい顔してるぞ?」


 座り込んでMP回復ポーションを飲みながら、おおよそ女性がしてはいけない表情を晒しているソーナを眺めながる。

 テンションが上がってくると、ソーナはスキルを全開にして派手に暴れまわりたくなるらしい。


「んふふ、むふ、ふへへへ~……♪」


 あれは全力ではなかったが、それなりの本気を出せて機嫌がいい。

 他の男には、いやできれば女にも見せたくないほどのだらしない顔をしている。俺の前でしか見せないらしいから安心してはいるんだけど。


「ちょっとユーガ、見すぎだってー」


 見ながらニヤニヤしていたら、ソーナに気付かれた。

 首をこてんと傾げながら聞いてくる。


「そんなに自分の色に染めた彼女のだらしないとこみたい?」


 プレイヤーの装備は武器、防具、アクセサリーの主に三種類だが、ソーナの纏っている装備はアクセサリー以外すべてが俺のお手製だ。

 黒のインナーに輝かしい銀色の装甲を薄く這わせた軽鎧、『戦乙女銀装ヴァルキュリア・ドレス』シリーズ。

隣から見ると地味にソーナの大きな胸を強調しているのは偶然だ。決して隣にいることが普通だから自分だけ楽しめる素敵デザインにしたとか、そういうわけじゃない。

 そういった面で自分色に染めていると言えば、そうなんだろうか。


「そりゃもう。可愛いところが見たいし、俺が作った装備をソーナが使って暴れてくれるのは嬉しいし」

「ふっふっふ、ユーガが作ったものならどんなものでも戦果を叩き出してあげるよ」


 満面の笑みでそう言ってくれる。それがとてつもなく可愛くて、どんなクソ装備でも実行してきそうだから怖くもあるんだが。


蹂躙姫じゅうりんきなら普通にありそうだなぁ」

「ちょっ、それやめてよ! 恥ずかしいんだから!」

「そうか? さっきなんてまさしくそれだったんだけどなぁ。防衛戦イベントでモンスターの集団に突っ込んで壊滅させたんだから言われても仕方ないだろ」


 その装備を作って片棒を担いでるような気がしなくもない。


「ユーガだって、《不可視の死神サイレント・デス》だなんてあだ名つけられてるじゃん。PvPイベントで暴れすぎて」

「ちょっと遠くからスナイプしまくっただけだって……五キロくらい先から」

「言われても仕方ないでしょそれ」


 ちょっとゲーム史の最長狙撃記録を塗り替えただけなんだけどなぁ。

 ……やれたんだから仕方ないだろう。

 ソーナも自分の行動を思い返したのか、互いに変わらない内容に二人揃って笑い合う。


「結局似たもの同士って事か」

「そうだね、二人してゲーマーなんだし!」


 回復が終わったソーナが座った姿勢から飛びついてきた。

 俺はそれをしっかりを抱き止める。


「似たもの同士でお似合いのカップルだよね?」

「そうだな。じゃ、攻略デートを続けようか」

「うんっ!」


 俺とソーナはいつも通りにイチャイチャしながら、目当てのモンスターを探してタロス大森林に踏み入っていった。



*****



「みーつけた」

「お出ましだな」


 しばらく森林を彷徨ったあと。

 それは俺とソーナの視線の先。俺たちの獲物を狙う目が向けられた先には、深い深い森の中に似合わない、大きな山があった。


――《森林しんりん峰山竜ほうざんりゅう ヴァルトベルク》


 この大森林の生態系の頂点であり、帝王。

 フィールドボスが鎮座していた。

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