ただし手は出せない(システム的に)


 昼食でエネルギーを補給し、届いた食材を冷蔵庫に放り込んだ頃にはすっかり遅くなってしまった。

 ホライゾンに身を任せ、LFOにログインした俺は、真っ暗な視界から眩しい視界に飛び込んだ。


「ただいまっと」


 俺はLFOのアバター『ユーガ』となって、マイハウスのベッドから起き上がった。こっちのマイハウスでは、ソラナと二人で一軒家を共有している。俗に言うVR同棲だな。


 友人たちとクランを組んでクランハウスにしてもよかったんだが、ソラナが「どうしても二人がいい!」と駄々をこねた結果、俺たちは晴れて同棲となったわけだ。

 人目も気にせずイチャつき放題なのは控えめに言っても最高なんだが、タガが外れやすくて困る。


「さてさて、ログインするのに時間がかかったけどソーナはいるかな」


 階段を降りて入るのは対面キッチン(料理スキルはない)、大型テレビ(動画サイトだけ)、という無駄に良いものが点在する広々としたリビング(二人だけ)だ。

 そこには生産作業の要、古代遺物アーティファクトである『クリエイトベンチ』が設置してある。

 こればっかりは俺がこだわり抜いて購入したモノだ。

 そしてリビングの中央に置かれた大きなソファに彼女はいた。


「ゴロゴロ……」


 ソファに寝転がって、メニューウィンドウを見ながら猫みたいに喉を鳴らしていた……何コレ可愛い。


「もー、ユーガ遅い~」


 こっちに気付いたソラナ――のアバター、『ソーナ』がごろんと仰向けになって見上げる姿勢で笑いかけてくる。


 ――ソラナは女子高生にしては高い身長に、ロシア人の血が入っているせいなのか、たいへんわがままなグラマラスボディだ。

それをほとんど変えずにアバターソーナにしているから……うん、凄い小山が出来ている。


 しかも寝間着に近いゆったりしてる服を着てるので、とても……エロい。

 まぁそんなことを言ったらずっと抱きついて押し付けてくるから言わないけどね、理性が保たねぇ。


「ごめんな。二人は?」

「受けてたクエストを消化してくるって。帰ってきたらゼウス・デウスの素材を分析しようって話になった。私はユーガ待ってたけど」

「そうか、待たせてほんとに悪かったな」

「全然いいよ、それよりなにか飲む?」


 飛び起きてキッチンに向かうソーナ。

 料理スキルを育てていない俺たちでも美味い飲み物を味わうためにプレイヤーメイドの高額ドリンクサーバーを大枚はたいて購入したのだ。


「じゃあ、俺が好きなので」

「それだと私になっちゃうよー?」

「ソーナは飲み物じゃないだろ……じゃあおまかせで」

「口移しでってことだね!」

「なぜそうなる……?」


 いやそれは最高だけれど。

 飲み物はソーナに任せよう。どうせなんでも美味い。そのためのドリンクサーバーだ。

 俺はリビングの片隅に置いてあるクリエイトベンチに向かう。


 クリエイトベンチ。LFOの生産活動は大半がこれを通して行われる。鍛冶や錬金がない影響で、他のゲームで見られる生産職は大部分が『クリエイター』という職業に統合されている。


 武器や防具の素材となるアイテムなどをインベントリに用意し、クラスやステータスから補正を受けて設計、設定、作製することで、装備を生産できる。


 これはその中でも、最上級のクリエイトベンチだ。生産に補正が掛かるほか、これでしか作れないような逸品も数多く確認されている、まさに人権クリエイトベンチ。

 もちろん高かったが、高い利用料を毎回取られるよりかは長い目で見たらマシだ。あとこれがあるってだけでニヤニヤできる。


「クリエイトベンチ起動。さ~てゼウスの素材は~っと……」


 手を揉んでクリエイトベンチを起動する。ある意味モンスターを倒すのはこの瞬間のためでもあると言っても過言じゃないだろう。

 ピアノのような作業台に光が走り、ウィンドウが表示される。


 そこで自分のアイテムの中から昨日手に入れたモノを選ぶと、台の上にホログラムで一本の大きな角が映し出された。


「お待たせー。頭使うときは甘いの欲しいでしょ。あ、それゼウス・デウスの素材?」

「ああ。とりあえずどんなもんかなと」


 匂いと色からしてキャラメルオレっぽいものを持ってきたソーナが近くにカップを置き、俺の肩に体を預けてくる。


 ソーナが覗いた画面に映るのは、いくつかドロップした中で、レアドロップと呼べそうな素材だ。

 おそらく、この『雷神竜の王角』というアイテムが、ゼウス・デウスのあの大きな角なのだろう。雷を落とすときに光っていたあの角だ。

期待を胸にフレーバーテキストを開いてみる。


 LFOの生産は、素材の特性、性質が重要なファクターとなっている。例えば牙系の素材なら貫く、引き裂く、爪系素材なら切り裂くといった性質に近しい武器にすると性能が高くなりやすいのだ。


 高ランクの素材や武器となれば、フレーバーテキストからなんとなく性質をフレーバーテキストから読み取って、それを元にクリエイトベンチで装備品を製作する必要がある。


 長いことやっていればなんとなくわかるものだ。有志の検証によってそれもわかりやすくまとめられたリストが攻略サイトにあるしな。

 それはさておき、雷神竜の王角のテキストを詳しく見てみる。


「これは……」

「エネルギー源とか? 雷とか出せる!?」

「いや、それもあるんだろうけど……本質的には『操作』が近いんじゃないかな。戦ってたときは角で雷を操ってた感じしたし」


 雷神竜の王角を使って片手剣を作成した時の性能を予測表示させてみる。


「そんなに強い効果にならない……ということはエネルギー源の素材は別なのか? なんにせよ思ったより大した装備にはならないな」

「あれだけ強かったモンスターなのに?」

「んー……レイドボスにしては気がする。もっと強くなるかと思ったんだけどな」


 自分の納得のいく銃が使いたくて、サービス初期から生産クラス《クリエイター》を育ててきた経験から言って、なんだかひと味ふた味足りないといった印象を受けてしまう性能に収まってしまう。


 クラスとは、LFOにおける職業だ。

 クラスごとに適正のある武器や魔法に補正が入り、攻撃力が高くなったり速くなったり、扱いやすくなったりする。


 クリエイターは、生産活動に補正がかかる。いい品質のアイテムや強い武器が作れたり、特別な効果を生み出せるようになったりするのだ。

 身内の武器を手がけている経験から言って、性能は悪くないがもう一声欲しくなる性能だ。


「私もこれよりよさげな素材はドロップしなかったしなー……」

「なんでだろうな。フラグを取り逃してるのか、単純にクラスの熟練度が足りないのか」

「こう言ったことはあるんでしょ? 攻略サイトにそういう微妙な素材集って載ってた気がするんだけど」

「あるっちゃあるんだけどなぁ。それこそかなり重要そうなボスモンスターの素材でも」


 ゼウス・デウスもこのゲームにおいてかなり特殊な立ち位置のモンスターっぽいが、そういうボス素材でもいわゆるハズレ素材であることもままあるのだ、LFOでは。


「……今はこれ、生かしきれないなぁ。やめとこう」

「ん、わかった。他でも情報集めてからやろうよ」


 他にもゼウス・デウスの素材を手に入れたプレイヤーもいるから、それも悪くない。だけど今日の予定が無くなったな。検証と実験に費やすつもりだったんだが――


 とりあえずクエストに行った奴らに、予定が無くなったから急ぐ必要は無い旨のメールを送っておく。


「さて、どうする? 予定空いちまったけど。なんか面白いところか、行きたいところとかある?」

「んー……そうだ。倒したいボスをみつけたんだよよ」

「それなら、これから行ってみるか。あいつらに急がなくていいってメール送ったし」

「いいね、そうしよ! ……でもその前にねぇ――」


 むんずっ。


「え? うぉっと――!?」


 首元を掴まれた、と思ったらソファに投げ出された。すかさず上にソーナが覆い被さって、カップを手にニマーっと笑いながら聞いてきた。


「口移し、する?」

「……それ、選択肢、ある?」

「ユーがが逃げられれば♪」


 肉食獣の目をしてのしかかられたら、選択肢は無いも同然なんですよ、ソーナさん。


 ――どうやら肉食獣な彼女はスキンシップに飢えているようだ。




 フィールドに出るまで三十分もかかった。

 結論。ソーナは体だけでなく中身もエロい。


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