アルザーン魔道学園

鐘楼が午前の終わりを告げると蜂の巣をつついたように黒い群れが教室から食堂へ移動する。一番人気は異界の焼きそばパンだ。転生勇者がレシピを持ち込んだ。てっぷりソースの染みたヌードルをパサパサのロールパンに挟む。生地がカリカリだったりフワフワだと食感が損なわれる。焼きそばを閉じるバンズは湿っぽくあるべきだと辺境のグルメは主張する。

こだわりのシェフがそば打ちからパン窯まで一人で仕切っているため数に限りがある。そのため捲土重来の土煙が中庭をもうもうと曇らせる。

民族大移動のしんがりとマイペースで歩む女子学生がいた。


噂の新入生チェルシア・メイプルフォードだ。辺境伯の令嬢という肩書を除いても近寄りがたい雰囲気がムンムンただよう。

暗いのだ。

顔面偏差値は悪くない。中の上だ。丸顔にキュッと締まった唇。目鼻立ちは優しく瞳も大きい。栗毛色のストレートヘアは腰までありスレンダーな腰つき。巻き起こる風がふわりとスカートの純白を見せるが、意に介していない。代わりにどぉん!と極太ゴチック体で書き表せそうな陰気を引きずっている。彼女の視線は手元のノートにある。びっしりと午前中の授業を丸ごと板書から教師の台詞まで網羅している。背中を丸めてそれをぶつぶつ音読している。


「め…メイプルフォードさ…ん?」

木漏れ日と一緒に弱弱しい呼びかけが降ってきた。令嬢は黙々と歩み続ける。

「バカ。もっと元気よく。男だろう?」

野太い励ましが混じる。

「だって…俺…女なんか」

「母親以外に会話する機会がないっていうから誘ったんだ。背中を押すぞ」

べきべきっと枝が折れた。

「押すなよ!わあっ」

「ひゃん☆」

 中庭で若い男女が枝葉を散らした。

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