FACT.1 もったいないフード株式会社

FACT.1 GoTo HELL


土生木節也はぶきせつや

もったいないフード株式会社(X物流センターグループ)代表取締役兼同グループ会長

78歳。何某県徳命市出身。幼少時に終戦を迎え、ベトナム戦争、オイルショック、バブル景気、リーマンショックとジェットコースターのような日本経済と共に喜寿を迎えた。

食品廃棄問題に関しては戦後一貫して取り組んできたが飽食の時代といわれた高度成長期にはなかなか理解されなかった。

それどころか解放改革を導入した中国が成長してくると山盛りの御馳走でもてなす文化が入ってきてバブルが拍車をかけた。


「まるで蝙蝠だ、日本人の舌は!」

倒置法で語る彼の口癖は多くの含蓄を含んでいる。羽ばたくようにパタパタとせわしなく弁舌を翻す国民性。そして暗闇を超音波で照らすコウモリの如く自分の目でなく誰かの発した反射を頼りにする。

グルメ情報やテレビの食レポに惑わされる浅薄を揶揄している。


彼は時に笑われ憎まれバカにされ叱られながら"食い物の恐ろしさ"を布教してきた。平成バブルの頃など手つかずのフォアグラやキャビアがテーブルクロスごと包まれて捨てられる現場に乗り込んで叱りつけたり過剰なダイエットブームを戒める啓蒙書を著したり活動している。その甲斐あってか恵方巻の売れ残りを契機にフードロス問題が国会審議され規制法案が成立した時など号泣したという。


そんな土生木をネットメディアは風怒病と揶揄した。とまれ、おりからのクールジャパンブームにより海外とくに欧米人が日本で見向きもされなかった食材に興味を示し余剰食材がどんどん輸出されるようになった。また飛行機でわざわざB級グルメを食べに来た旅行客が日本の食文化を持ち帰り現地で捨てられていた部位が注目されはじめた。


「これで廃棄食材たちも浮かばれるだろう」


節也は日本の乾ぴょうまでブームになっていると聞き目を細めた。




…土生木の会社業績は斜め右下がりになった。


例のウイルスである。

戦後初の緊急事態宣言発出により飲食店は廃業や倒産が相次いだ。それは卸業者から生産農家に連鎖し宙に浮いた食材がトン単位で処分された。

節也の血圧があがる理由はまだある。


感染の流行が終息し政府が大胆な財政出動で傾いた業界を支援し始めた・


GoToキャンペーンである。

これにより需要が復活し巣ごもり消費の需要が見え始めた。土生木はさっそくもったいないブランドを立ち上げてゆくゆくはお取り寄せ文化を輸出する事業計画を描いた。



「おせち料理は禁止だとおおおおおおーーーーーーっ?!」


専用キッチンに怒号が響き渡った。すでにコロナ解雇や派遣切りされた人材に調理のイロハを教え御節専用料理人に育てたばかりである。生産ラインを整え材料の仕込みも特注した機器で効率化をはかりネット注文を締め切った矢先の冷や水である。


感染力と毒性が凶悪化した変異種が日本国内で確認された。スーパーコンピューターの解析結果では特に家族間の飲食や宅配ルートで感染が予想されている。


「お正月は年内に買い込んだ缶詰やレトルト食品、カップ麺などを自室で食べておとなしく過ごしましょう」

専門家会議の御頭教授が「お雑煮」「おせち」「正月三日目に作るカレー」「炬燵のみかん」「ストーブで焼く鏡餅」「七草がゆ」「福袋のハンバーガー、チキンナゲット」のパネルに×印を加えていく。


「元旦の準備を整えていた飲食店の皆様には多大な苦労をおかけしますが、引き続きご協ry」


「ふざけるなーーっ!」

怒髪冠を衝いた土生木は液晶テレビに出汁鍋をぶっかけた。

「社長…どこへ?」


制止を振り切って駐車場へ向かう。


そして小一時間後、爆発が起きた。



『ニュース速報です。警察の発表によりますと土生木容疑者の身元がDNA鑑定で判明しました。また建物倒壊の原因は粉じん爆発の可能性が高いとのことです』

『SNSに投稿された爆発直前の映像を解析しましたところ、車両から社屋に向けて容疑者本人による避難勧告が行われていたことが新たにわかりました』




『命捨てるな食を捨てよ、などと意味不明の言動を繰り返しており…』

『フードファイターであり食品心理学者の森天候さんにお越しいただきました。天候さん、どういった心境が考えられるでしょうが』


『そうですねえ。これは容疑者というより彼自身と社員の共依存関係というかマインドコントロールと考えられます』

『と、いいますと?』

『彼自身、食材の廃棄に対するこだわりがあまりに大きすぎて感情の高ぶりを制御しきれなかったかと』

『それはわかります。ですが従業員の方はなぜ避難を躊躇ったのでしょうか。やはり社長の恐怖支配で?』



森天候はうなづきつつも核心に迫った。



『もったいない教育のたまものでしょうね。いきなり現場を捨てろと言われても…』

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