第19話 女子同士の戦いは醜くも美しい 5

「というか、アキトとやらとかプリシア姫とやらがなんでこんな地球にやってきているのよ? それを知りたいわよ! そもそも、二人が何者なのか、あたしにはさっぱりだし!」

「そうよ! なんでアキト皇子様がこんな女と一緒にこの星にいるのか、知りたいわ!」

「それは、ちょっと事情がございまして……」

「なによ?」

 美也子が綾音を見ると、彼女は政治家が疑惑について語るような口調で、話し始めました。

「その……。実は、わたくし達、駆け落ちしてきたんです」

「駆け落ちぃ〜?」

「駆け落ち、ですって?」

「私とプリシアは愛し合っていたんだ。けれども、私の父上や神殿群が勝手に結婚相手、いや、姫巫女メイデン達を決めてね。それに反対したんだが、聞き入れられなくてね。だから星を飛び出してきたんだ」

「ふぅ〜ん。……メイデンってなに?」

 美也子が、まぁた知らない言葉が出てきた、という顔をしました。

 すると、プリシアが丁寧な口調で説明を始めました。その口ぶりは手慣れたものです。

 過去に、そういう説明をいつでもできるように教えられ、鍛えられたのでしょう。

「姫巫女とは、ザウエニアの慣習で、皇族や王族などに付き従う各神殿の巫女達のことです。戦いから夜のお世話まで、色々なことをして主人に使えるのです」

「それがシャード・フェデニアの多くで一夫多妻制が認められている理由なんですけどね」

「ふぅーん……」

 プリシアとトレアリィの説明に、美也子は、なるほどねえ、とうなずきました。

 しかしその顔は、言葉とは正反対の表情を持っていました。

 更に詳しく説明すると、姫巫女とは、ザウエニアの神話に伝わる「救世主メッシア」と一緒に伝えられてきた習わしで、世界などを救う救世主の支援などをするために、神々によって選ばれた女性達のことを指すのです。

 側につく姫巫女の数は最小では一人ですが、神々からの使命、特に世界を救うなどといった大きな任務の時には、千人単位で、様々な職能などを持った姫巫女達が救世主メッシアにつきます。これぐらいの数になると、ハーレムというよりは大奥や後宮、いや、軍事・政治組織といったほうが正しいかもしれません。

「しかし、その話は初耳ですわね。おふた方が行方不明なのは、存じておりましたが……」

「ああそういえば、プリシア皇女は留学のためという理由で、通っておられていた中等部から突然いなくなっていたでやんすね……。真実はそういうことだったやんすと……」

 ペリー王妃とディディは、お互い顔を見合わせ、独り言をいうようにつぶやきました。

 そして、フフン、と何か良からぬことを企む顔をしました。

 そんな雰囲気を知ってか知らずか。

 美也子は、木製のテーブルをばん、と一つ叩き、ブラックコーヒーを飲んだ時のような顔で、言いました。

「……あんたら何やってんのよ!? 地球に駆け落ちするだなんて、一体全体どういう理由!?」

「保護対象惑星でしたので、皇室でも、おいそれとここに降り立てないからですわ」

「頭いいというかずるいというか……」

 美也子は、頭の上に黒い渦を巻いたような顔を見せました。

 そこでトレアリィは王族の顔でアキトに向き合い、尋ねました。

 それは美也子も聞きたいことでした。

「で、アキト皇子の要求はなんでございますの?」

「まず第一に、地球への干渉を行わないこと。第二に、私とプリシア達との婚姻を認めること、以上、二つだ」

「……そうでやんすか」

「……そうでございますか」

 アキトの言葉に、トレアリィとペリー王妃はほぼ同時に、言葉を返しました。

 その口調は、話題を聞き流した時のそれにも似ていました。

(その二つって……)

 美也子は、顔をさらに歪ませました。

 それらの要求は、あまりにもアキト達に都合が良すぎたからです。

 部屋に広がる。少しの間。夜の静けさはさらに増していました。

 その間を破ったのは、綾音、いや、プリシアでした。

 プリシアはソファに座っているトレアリィに近寄ると、大きな胸をさらに張って告げました。

「トレアリィ? 銀河、いえアキト様は、わたくしの彼氏ですけど?」

「……!」

「……」

「……」

「……トレアリィさん?」

「プリシアさん?」

(──さっ、さらに険悪な空気がっ……)

 美也子は、二人の空気の読めなさに驚愕しました。彼女の温度が少し下がりました。

 トレアリィとプリシアは睨み続け、過去と感情を薪にして燃え上がります。

「あんたとは良く喧嘩の相手になっていたわねっ……? 今日ここで、決着をつけますっ?」

「よろしいですわ、二番ちゃん?」

「!! 一番気になってることを! あたしが!!」

「ちょ、ちょっとお待ちなさいよ!? 今ここで喧嘩を始められても困るんだから!?」

「「部外者はお黙りなさい!!」」

「部外者って、あたし、銀河の幼なじみなんだから!?」

 美也子は、テストの難問に当たったような顔をしました。

 そこで、近くにいた唯一の(?)大人に向け、助け舟を求めました。

「ペリー王妃、あなたトレアリィの母親なんでしょ!? 止めたらどうよ!?」

 が、そのトレアリィの母親たるグライス王妃の発言は、意外なものでした。

「いいわよいいわよー! やっちゃいなさい! それでこそ私の娘よっ!」

「親が拳を握って煽ったりして、それでいいんかいっ!?」

「それがグライスの女よっ!」

「ダメだこりゃ……。と、残るは……」

 美也子は、視線をペリー王妃から外しました。

 その表情は呆れ顔、というにふさわしいものでした。どうしようもありません。

 しょうがないので、銀河の中にいた人へと向けました。顔を歪めながら。

「アキトとか言ったわね、あんたどうにかしなさいよ!?」

「プリシアはいつもはおしとやかだけど、一旦燃え上がるとなかなか止まらないからな。自然鎮火するまで待ったほうが早いし、被害も少ないこともあるものさ」

「その自然鎮火するまで長いような気がするんですが……。天宮さんは……」

 美也子は睨み合う二人のお姫様を見ながら、これほどまでもなく顔を歪めました。

 そんな二人をよそに、美優がぴょん、と銀河のところに駆け寄りました。

「よっ、銀河ァー。元気ないじゃん。どしたノー?」

 ぽんぽんと銀河の肩を叩いたリュノンは、その触り心地で何かに気が付きました。

 そして、言いました。

「……ああそうかァー。今のお前、ナノマシンの体の中に、意識があるんダヨナー」

「……」

 銀河は彼女の心無い言葉に対し、刺すような視線で美優、いや、リュノンを睨みつけました。

 彼の表情に、リュノンは一瞬驚きました。

 今まで見たことのない、銀河の顔だったからです。

 彼の顔は、闇の中にいる鬼のようでした。

「な、なんだヨ?」

「リュノン、銀河は今私に体を奪われて落ち込んでいるんだ。そっとしておいてやれ」

「あっ、そうでしたネー……」

 アキトの言葉にリュノンは溜息をつくと、何かを察したような顔で銀河から離れました。

 その様子を見るなり、プリシアはトレアリィに嫌味な顔を見せると、

「……トレアリィ《貴女》にかまっている場合じゃないわね。失礼」

「むー……」

 そう言い捨てて、トレアリィから離れると。

 それからアキトの隣に座り、その肩へよりかかりました。

「ねえアキト様。少しだけこうしてもいい……?」

 猫のように甘えた声を出して誘ったプリシアでしたが。

 しかし、アキトから帰ってきた返事は、仕事を命じる上司のようでした。

「もうすぐグライスがペリー王妃達を奪い返しにくるかもしれない。それに用心しろ」

 ザウエニアの皇子はそう言って、体をリブリティアの姫君から離しました。

「……はい」

 プリシアは短くそう答えましたが、心のなかでは不満でいっぱいでした。

(最近、彼はいつもこうだわ)

 彼女は最近、アキトが自分に対して冷たいと感じ始めていました。

 彼女は、自分が学園艦の小等部の時、高等部に通っていたアキトと知り合い、そのままお付き合いが始まりました。

 彼女は彼に夢中で、本当に彼のことが好きで、駆け落ちも二つ返事で従いました。

 しかし地球にやってきて、綾音の体を借りて生活するようになってから、アキトが次第に冷たくなっているのでは、と思うようになりました。

 はっきりとアキトの人格が表に出ているときは、なぜか小等部や中等部など、年下の子に興味が有るようなそぶりをします。

 なぜ小等部の子に夢中になるのか、アキトに問いただしても、なぜかごまかすばかり。

 そのことについてはっきり答えようともしません。

 何度もそれを繰り返すうちに、プリシアはある仮定にたどり着きました。

 アキトは自分のことが好きではなく、ただ年下の子が好きなのではないかと。

 そう思うと、プリシアは自分の、アキト皇子に対する情熱の炎が薄れていきました。

 自分はもしかしたら、この人についてきたのは間違いだったかもしれない。

 けれども今は、この方について行くしかないのだ。それが間違いだとしても。

 そう自分に言い聞かせて日々を過ごしていましたが。

 そんな時に現れた、目の前にいるかつてのライバル。トレアリィ王女。

 彼女の成長ぶりに驚き、内心よろこびを感じながらも、これはチャンスだと思いました。

(アキトや侍女からの報告であった通り、彼女はストーカーから逃れ、地球にやって来た。そして、そのストーカーを追ってグライスの艦隊も地球にやって来た)

(その艦隊には、リブリティアやザウエニアの工作員が乗っていたり、各国の通信艦などが追跡していたりすることは当然としてあるでしょう)

(だとすると。この機会を利用して、リブリティアやザウエニアの艦隊も、自分達を連れて帰るために、この星にやってきて、干渉することもありえる)

(……ならば、自分は国に帰れるかもしれない。おそらく、父上や母上に思いっきり怒られるだろう。あるいは刑罰さえ受けることになるかもしれない)

(……けれども。故郷に戻りたい。あの美しき古里へ……)

 その時。

〔ねえねえ、プリシア〜〕

 という声がプリシアの脳内でしました。

 プリシアの脳内にいる、綾音が起きたのです。

 その声はプリシアと同じ声を持っていながら、全く違う、可愛らしく幼い声でした。

〔プリシア〜、家に帰りたいの?〕

 脳内の綾音が、コロコロした声でプリシアに尋ねると、

〔うん、帰りたいわ。もう、この男と付き合うのは限界よ。帰れるなら、帰りたいわ〕

 とプリシアは返します。その声は、捨てられた猫が母猫を思うような声でした。

 言った通りのことを、心から思っているのでしょう。

〔でも帰ったらわたし困るな〜。わたしプリシアさんとこれからも仲良くやっていきたいし〕

〔あなたはわたくしに体を動かしてもらいたいだけでしょう? 干物系美少女さん?〕

〔てへっ、バレたか〜。……でもいて欲しいのは本当だよ。今まで友達として仲良くやってきたし〜。勉強とかの相手にもなってくれたし〜。いなくなると、わたし、何もできなくなる気がして……〕

 そう言うと、綾音は黙りました。遠くで車が通る音がしました。

 そしてプリシアは綾音に、優しい太陽のような声をかけました。

〔綾音。あなたはいつか独り立ちしなければならないのですよ。そんな時自分で生きていかなくてはどうするのですか?〕

〔……家がお金持ちだし、親や家族に養ってもらうか、早く結婚して養ってもらうからいいもーん〕

 綾音に見事に返され、プリシアは心のなかで苦笑するしかないのでした。

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