第18話 女子同士の戦いは醜くも美しい 4

 一方。一連のやり取りを、銀河は相変わらず「見聞き」することしかできませんでした。

 彼の気分は、まさに檻に囚われた動物のようです。

(一体、いつになったら自由になるんだろうか……?)

 うんざりした気分でそう思った時でした。

〔ご主人さま……〕

 銀河の頭のなかに、温かい声が聞こえてきました。トレアリィのテレパシーです。

〔あ。テレパシーでなら、君と話せるんだ〕

〔大丈夫でございますか銀河様、不具合とかは……?〕

〔いいや、いつものことだから慣れてるよ。それにしてもトレアリィ、綾音とはどんな関係だったの?〕

〔ああ、あの女ですかっ……。あいつはいっつもわたくしの邪魔をして……。あいつのせいで、わたくしはいつも、苦汁をなめさせられておりましたわっ。おかげでついた二つ名が『永遠の二番手トレアリィ』と……。くーっ〕

 その言葉を聞いて、銀河の背筋が寒くなりました。

(……おお怖っ。女って男が絡むとこんなに怖くなるものなんだ……)

 そんな心の中をさとられないように、銀河はトレアリィを落ち着かせるために言いました。

〔ま、まあ……。昔と今とじゃ、君は違うだろうからさ……。それより……〕

〔どうなさいました? ご主人さま?〕

〔いい加減自由になりたいんだけどなあ……。アキトに体を奪われると、気絶するかただ見聞きするだけになるし……〕

〔ご主人さま、わたくしの端末を使いましょうか? もしかすると……〕

 とその時でした。

 銀河とトレアリィのテレパシーでの会話に、割り込む声がしました。

〔それなら、私の端末を使おうか?〕

〔アキト様!? わ、わたくし達の会話、お聞きになられていたのですか……〕

〔そりゃ、同じ脳を使っているからね。いくらでも読み取ることができるさ〕

 アキトの言葉に、銀河の「背筋」に冷たいものが走りました。

 一方、リビングでは『銀河』が、パジャマのポケットからスマホを取り出しました。

 そして何事かつぶやくと、スマホの画面が変化しました。

 地球上にはない文字が、画面に並んでいます。

 アキトは心の中で銀河達に向け、陽気な声で言葉を続けます。

〔銀河、申し訳ないが、君のスマホとやらをちょっと改造させてもらった。今からこれに君の意識を移して、人格ホログラム化させる。これでよかろう?〕

〔これでよかろうって、言われても……、ってうわっ!?〕

 次の瞬間、またもや銀河の意識は途絶えました。パソコンのプログラムが終了するように。

〔ご主人さま!?〕

 びっくりしたトレアリィが、ザウエニア皇子の方を見た時でした。

 スマホのカメラから、白光が溢れました。その光は青白いクリスタルを形作ります。

 これは「ナノクリスタルコア」と言い、さっきのディディのクリスタルとほぼ同じものです。

 そのナノクリスタルコアの光が、みるみるうちに大きくなり、空間に形を作り出します。

 それは、人の形でした。発せられる白光は更に強まると、部屋一面を満たしました。

「なっ、なによこれ……!? ディディの時より更に強い……!?」

 美也子は腕で顔を隠しながら、隙間からその様子を見ます。

 そして、その光が収まると、そこには一人の人の形が立っていました。

 そう、天河銀河、その人です。

 美也子は腕を下ろし、胸をなでおろしました。

「あーよかった! 一時はどうなることかとお……。ええーっ!? 銀河なんでこんな姿に!?」

 彼の姿をはっきりと見た次の瞬間、彼女は、何よこれ!? という表情で一歩後ずさりました。

 その顔は明らかに引きつっていました。まるで油虫の塊を見たかのように。

「ご主人さま!?」

「ぎ、銀河さん!? アキト様、ちょっとこれは!?」

 トレアリィと綾音、いや、プリシアも、一歩後ずさりました。

 ディディもペリー王妃も、顔をこわばらせています。

 顔をひきつらせた彼女らの視線の先には……。

 顔が銀河で、体が二本足で立っている猫の姿をした「人間」がいたのです!

「なっ、なんだこれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 復活した銀河は自分の手、それから体を見るなり、大声で絶叫しました。

「ちょっと!? アキト、何するのさ!?」

 普段はおとなしい銀河も、声を張り上げてアキトに抗議します。

 アキトは、大声で笑いました。TVバラエティに出ている三流芸人のように。

「ハハハハハ! ハハハハハ……。ここまで受けるとは思わなかったよ……」

「受けてるんじゃなくてドン引きしているのよっ!?」

 美也子がアキトに近寄ると、思いっきり頭を叩こうとしました。

 が、軽く躱すと、ローグの少年の声で、

「いいじゃん、人間の頭に猫の体って。こういうのにオタクは萌えるんだろう?」

「それは猫耳だよっ!? それに男にやってもキモいだけだから!? 早く元に戻してよ!?」

「どーしよっかなー?」

 少年ローグのアキトは、考える素振りをして首をひねりました。

 その不愉快な仕草に、銀河の思考回路は真っ赤に染まりました。

「あんた、いい気になりやがって……!」

 そして、猫の手の拳を固め、殴りかかろうとしました。

 しかし。その時、激しい頭痛が銀河を襲いました。

「グワーッ!! qうぇrちゅいおおp@あsdfghjkl;:ー!!」

「どうしたの銀河!?」

「ご主人さま!?」

「銀河君!?」

 頭を抱えてうずくまった銀河に、美也子とトレアリィ、綾音が駆け寄ります。

 アキトはその様子を見下ろし、モンク人格の顔と声で告げました。氷を吐くように。

「おおっと、お前の体は俺の制御下にあるからな。ちょっとでも逆らったらこうだぞ?」

「ぐ、ぐっ……!」

「アキト様、非道はおやめください! 私の中の綾音も困っています!」

 プリシアは見上げてアキトを見るなり、きっ、と睨みつけました。

 その目には、言葉の剣で貫くような何かが宿っていました。

 アキトも、何だその目は、という表情で睨み返します。

 しばらく二人はそのまま睨み合っていましたが、アキトは何かを手放した様子で、

「……おマームに免じてこの場は許してやる。だが、今度逆らったら脳内に戻して封印してやる。永久にな」

 と言うなり、顔が変化し、あの高潔な顔のアキトに戻りました。

 と同時に、猫人間の銀河は再び光に包まれました。

 そして彼は、私立秋津洲学園の、紫を基調としたブレザーの制服姿になりました。

 アキトコアルは、銀河を立ち上がらせながら、

「私の人格が悪さをしてしまったようだ。申し訳ない。大丈夫か、銀河君?」

 と詫びましたが、銀河は一瞬鋭い目つきで睨みつけると、

「あ、ああ、いいよ。もう……」

 彼の手を振り払うと、リビングのソファの一つに力なく座りました。

 銀河はうつむき、歯を強くかみしめていました。

(いつの間にか、自分の頭の中に勝手に入ってきた異星人に自分の体を奪われるなんて。いつか、体を奪い返してあいつに仕返ししてやる。絶対に。絶対にだ)

 その様子を見るなり、プリシアは大事なものを捨ててしまったというような表情になり、 それからトレアリィ達に、深くお辞儀をしました。

「申し訳ありません……。わたくしの皇子ダーリンが悪さをして……」

「あいつのせいで銀河が死にかけたのよ! どうしてくれるのよ!」

「プリシア! 今度こういうことあったら、アキト様もあなたも許さないからね!」

 平謝りのプリシアに、二人は猛烈な勢いで詰め寄りました。

 二人の息が、プリシアの顔にかかるほどの近さです。空気が燃えるほど温まります。

 一歩間違えれば、そのまま殴り合いが始まりそうな緊迫感です。

 その張り詰めた空気を破ったのは、

「……ミャーコ、トレアリィ、そこらへんにしないか。綾音も謝っているし……」

 ソファに座ったまま顔を弱々しく上げた、制服姿の銀河でした。

 その目は薄暗く、黒い炎をたたえていました。二人は顔を見合わせて黙りました。

「銀河……」

「ご主人さま……」

 少年の言葉に、二人は黒いコートを着た、綾音の姿の異星人のお姫様から離れます。

 銀河は、彼女らの争いにも疲れていました。そもそも、そんな場合ではありませんでしたが。

「わかったわよ、銀河が言うなら……」

「はい、ご主人さま……」

 二人はそう答えると、空いているソファに座りました。

 彼女らの顔には、収まりきらないものがありありと浮かんでいました。

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