第17話 女子同士の戦いは醜くも美しい 3


 ピンポーン。


 再びリビングの隅のドアホンが電子音を鳴らし、来客を告げました。

「誰よ、こんな時に……」

 美也子は首を傾げました。

 それからドアホンのそばまで行き、受話器を取りました。

 流石にこんな時は、『銀河』が出るわけにも行きません。

「はい、天河ですが」

「……天宮ですけど、天河くんいらっしゃいますか?」

「えっ?」

 穏やかで美しい声とその名前に、美也子は思わず顔を上げ、ドアホンの画面を見ました。

 トレアリィとはまた違った、お嬢様らしい整った顔に黒い髪の、背高の少女。

 間違いありません。彼女は、銀河と美也子が通う私立秋津州学園高等部の同級生で、地元の名家天宮家のお嬢様である、天宮綾音です。

 その姿の向こうには、数人の人の頭が見えました。ざわめき声も聞こえます。

 どうやら、女子達が遊びに来たのか、用事があるのか、銀河の家にやってきたようです。

「天宮さん……? ちょっと、待ってて」

(もう、なんでこんな時にっ! 天宮さんとかが銀河んちに来るのよ!? またハーレムデートのお誘いとか!? まったく、これだからあのスケベ男はっ!!)

 内心のいらつきを隠しつつ、美也子は玄関まで行き、靴を履いて外に出ました。

 門の向こうには、黒のコートで包んだ、天宮綾音の姿がありました。

 さらにその後ろに、初春の宵の寒さにあった着込み方をした私服姿の四人の少女がいました。

 一人は、人妻のような、大人びた佇まいを持った少女。

 二人目は、とっても元気そうな、黒い長髪の、ちょっと小柄な少女。

 三人目は、ボーイッシュな髪型の、クールな男っぽい表情をした背の高い少女。

 そして最後の少女は、とてもやる気のなさそうな顔つきをした、左右に髪を分けた、この中では一番小柄な少女でした。

「天宮さん、どうしたのよ、こんな時間に……それに、奈々美ちゃん、美優ちゃん、凛ちゃん、そして多恵子ちゃんも……」

 彼女らは最初から順に、北村奈々美、西川美優、南野凛、東山多恵子と言い、美也子も友達付き合いをしている子達です。

 門を開けながら問いかけた美也子に、

「猫山さん、こんばんわ。今銀河とお客さんがいるのでしょう? その方々にお会いしたいの」

 綾音は、白い息を吐きながらニッコリと答え、そのまま玄関へと向かいます。

「え……? なんで天宮さんがそれを知ってるのよ!?」

(──どういうこと!? 天宮さん、宇宙人がこの家に来ていること知っているの!?)

「天宮さん!?」

 美也子は大きな声で問いかけながら、彼女のあとを追いかけました。

 綾音は既に玄関を上がり、リビングへと入っていきます。

「あら美也子さん、おじゃまします〜〜〜〜」

 挨拶するまもなく、奈々美達も家へと上がっていきました。

(──何故よ!? 何故天宮さんは!?)

 美也子が追いついたとき、綾音は銀河の隣に並んでいました。

 そしてトレアリィ達を見るなり、

「貴方達が、グライスのペリー王妃とトレアリィ王女、そしてそのホログラムメイドですね? 申し訳ありませんが、わたくし達が、地球周辺に転送妨害波を張らせていただきましたわ」

 いきなりそう言いました。その言葉で、部屋の空気がわずかに揺らいだように思えました。

 それを聞いた銀河以外の四人は、

「どういうことです……!」

「貴女……!?」

「あんさんは一体……!?」

「天宮さん、なんでそんなこと知っているのよ!?」

 一斉に言葉を返します。それに構わず、天宮綾音は、いや『彼女』はこう告げました。

「わたくしはリブリティア星間帝国皇女。プリシア・フィメル・リブリティアでございます」

「えっ……!?」

「あ、貴女がプリシア皇女……?」

「この現地人が……、プリシア皇女はん……!?」

 彼女の名乗りで、皆から発せられた空気のゆらぎが、さらに大きくなりました。

 美也子は彼女に駆け寄ると、綾音のおでこに手を当てます。

 熱で、頭がおかしくなったのではないかと思ったからです。

「プリシア……? リブリティア……? あっ、天宮さん、熱ない!? 大丈夫!?」

『綾音』は手を払いのけながら、答えました。日常で挨拶するかのように。

「熱はありませんわよ。美也子さん。私はプリシアであり、また天宮綾音でもあるのです」

「な、なんかよくわからないわね……? どういうこと?」

「それは……」

 その時です。

 美也子を押しのけ、綾音、いや、プリシア姫に割って入る影が一つありました。

 トレアリィ姫です。

「ほ、本当にプリシア姫!? あなたがかつてアキト皇子と共にどこかの星へ向かったきり、行方知れずだった、プリシア姫なの……!?」

「ええ、そうですよ。私がプリシアでございますよ。トレアリィ姫様。姿は違っても」

 綾音、いや、プリシアの返事を聞くなり、トレアリィの周囲の空気が突然変わりました。

「……なんであんたがこんなところにいやがるのですか!? プリシアっ!?」

 彼女はお姫様とは思えない、狂犬病にかかった犬のような表情で叫びました。

「トレアリィ。あんたキャラ、変わりすぎっ!?」

 美也子はそう突っ込みました。

 それをよそ目に、綾音、いやプリシアはすました顔で答えます。

「さあ、なんでいるのでしょうね、かわいいぶりっ子姫さん」

「この女っ……!」

 トレアリィとプリシアは近づくと、お互いの息がかからんばかりの距離でにらみ合います。

 まさに、醜くも美しい、女同士の戦いが勃発する寸前です。

 睨み合う二人を見て、美也子はディディに向かって困り顔で質問しました。

「なんでこの二人、仲が悪いのよ……?」

「お二方は、実は上流階級が留学する学園ステーションの初等部で、犬猿の仲だったんでやんすよ……」

「そ、そうだったの……。この二人が、犬猿の仲……」

「アキト様をめぐっても激しく争っていたでやんすからねえ……。お二人は」

「なに他人事で語っているんですか! あんたの主人でしょう! 片方は!」

 美也子とディディが、言い合っているその一方。

 北村奈々美をはじめとする四人はアキトを見るなり、

「アキト様、我らプリシア侍女団、命により参上いたしました」

 とひざまずき、挨拶をしました。まるで忠臣のように。けれども、彼女らがアキトに従うのは、プリシアがアキトの側にいるからという理由に過ぎません。

 それを知ってか知らずか、アキトは、彼女らに尋ねました。

「……サンナ、今のところ、何事もないか?」

「ええ、グライス艦隊は月軌道上に乗りましたが〜、今のところ目立った行動は起こしていません〜〜〜。何かをするのは確実なのでしょうけれども〜」

 サンナ、と呼ばれた奈々美が顔を上げ、そう答えました。

 相変わらず、おっとりとした落ち着いた表情と言葉遣いです。

 続けてアキトは凛の方を向き、

「シェレナ、準備はできてるか?」

「はい。艦を狙撃状態に準備しておきました。いつでも、海中から軌道上を狙撃できます」

 シェレナと呼ばれた凛も答えます。

 顔を上げたその顔は、どこか、中学二年生が妄想するキャラクターのようにも思えました。

「リュノンも用意はいいか?」

「ハイッ、格闘戦装備は準備オッケでサー! 早く戦いたいヨー!」

 次にアキトが美優にそう呼びかけると、彼女は、勢いよく立ち上がってそう答えました。

 彼女の黒髪も、飛び跳ねます。まるでそれが独立した生き物のように。

「さて、ティエラ。お前、大丈夫か?」

「あんまりやる気はしないけどー。ま、なんとかやるからー」

「お前は盾艦なんだから、しっかりしないとな」

 最後に顔を上げた多恵子は、のんびりとした顔と口調で答えました。

 仕事にあぶれ、どうでもいいやという元サラリーマンのようなで。

 彼女らの会話を、見ていた美也子は、目を丸くしながら言いました。

「あ、あんた達も、本当に綾音達と同じ宇宙人なんだ……」

「正確には情報生命体ですけどね〜。ちょっと地球の方々の体をお借りしているだけよ〜」

 奈々美、いやサンナはゆっくり振り返ると、微笑を美也子に送りました。

 美也子は、わからないという言葉を顔に浮かべ、

「じょうほう、せいめいたい……?」

 ゆっくりと、オウム返ししました。

 彼女の疑問に、アキトは笑いながら答えます。

「精神生命体の人工版さ。我々ザウエニア人は精神生命体なんだが、人工的に作られた精神生命体を情報生命体、と我々は呼ぶのさ。彼女らは我々と同じように、地球人の体を借りて生活しているんだよ。わかったかね? ハニー?」

「だからあたしはミツバチじゃないって!? ……まあ、大体わかったけど」

 美也子はそう言いました。が、その表情は、その逆を指し示していました。

「って、精神生命体だなんてひっとことも言ってなかったじゃない! ずっこいわよ!?」

「フハハハハ フハハハハ。まあ、人格を交換できるという時点で気がつくべきだったんじゃないか? まあ、ハニーは可愛いんだよなあ。そういうちょっと抜けたところも」

「だ・か・ら! あたしははちみつじゃないって……!」

 顔を真赤にする美也子に、アキトはさらに笑い声を大きくしました。

「我々にとって、肉体は精神を運ぶ器さ。ゆりかご、あるいは乗り物にすぎない。進化を経て獲得した能力さ。だから、この肉体が滅んで惜しくはないよ。でも、銀河君のこの肉体は大いに気に入ったな。さすがはハニーが好きな男だけはある。フハハハハ、ハハハハハ」

 煽るような彼の態度に、彼女の周辺の温度が、わずかに上がったようにも思えました。

「まあまあ美也子さ〜ん、ここは抑えて抑えて〜」

 サンナがにこやかになだめますが、美也子の頬と額は、ちょっと赤みを増しました。

 アキトは、不機嫌な美也子の顔を見て、一層愉快な顔を見せるのでした。

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