展望ラウンジ

「うわっ、何だよこれ」

途中で肉を焼くような煙に巻かれた。エレベータ内部が一気に曇る。

「おい、どうにかしろ」

矢丼がエレベータ―ガールに詰め寄る。

「申し訳ございません。しばしご不便おかけします。申し訳ございません」

ただただ謝るばかりである。

吾郷が「どうにかならないの?」と声を荒げる。

「もうすぐ焼き上がります。しかしこれはやむを得ないことです。皆様の…」

言い終わる間に煙は晴れた。

そして何だか全身の力が抜けて軽やかな気分になった。

「到着でございます」

チン、とベルが鳴ると同時に一行はエレベータから転がり出た。

展望ラウンジは純白の開放的な空間でスモークが足元に立ち込めている。

そして昼のようなまぶしさに溢れていてガラスの調度品らしきものが輝いている。眺めているだけでも心が晴れる。

「わぁっ、見てごらんよ」

吾郷がバルコニーらしき場所に立った。明るい日差しに展望がぐるりと360度ひらけている。

「あれは俺達の街じゃないか?」

組員の一人が雲の彼方を指さす。

「俺の縄張りだ。あんなにちっぽけな場所で…」

矢丼は自分という存在を思い知らされる。

「どうなさいますか? 他の場所へご案内いたしましょうか?」

エレベーターガールが尋ねると矢丼は「いや、ここがいい。ずっとここでいいんだ」と断った。

「何でよ。つまんない。帰る」

吾郷は納得がいかないらしくごねた。

するとエレベーターガールが「では、参りましょう」と手を引いて何処かへと消えた。

「行かないんですか?」

その場に残った数名が組長に確認する。

「いいんだ。つまりそういうことだったんだ」とすっかり諦めた様子。

「本当にこのままでいいんですか?」

尋ねた男が念を押すと矢丼は大きくうなづいた。

「俺達に明日はない。見てみろ」

組長が振り返るとさあっと雲間が晴れた。

ラウンジのすぐ外までなだらかな丘が広がっている。

そこには針のような人工物が整然と並んでいた。

「俺達は足元を見られたんだよ」

組長が男たちの膝から下に目線を投げた。

すうっと空間に溶け込んでいる。

「こっ、これは?」

「じゃあ、やっぱり」

組員うち二人が柵のすぐ向こうに大理石の立方体を見つけたようだ。

名前と数字が刻まれている。

「―2021。どれも2020か2021で終わってるな」

矢丼はふぅっとため息をついた。

「あの方もあそこに」

幹部の一人が反対方向を指さした。あの人工透析患者の名前が記されている。

「これからどうするんです?」

「どうするって、しゃあないだろう。俺達に出来ることは見守るか、せいぜい枕元に立つことだ」

「あは、あっはっは。やっぱりそうだったんですね…」

幹部は気持ちの整理がついたらしく動かぬ現実に涙した。

「泣くな。さっきの女は天使か死神かは知らん。だが、俺にとってはどうでもいい問題だ」

再び、香ばしい匂いを風が運んできた。

丘の一部が切り立った崖になっていてそこから下界の混乱が見て取れる。

なりふり構わず外で肉を焼く連中、満席のステーキハウス、そして白いバンが煙突の前で渋滞している。

しかし矢丼たちにはどうしてやることもできない。

「因業だよ。あれは因業の塔だ」

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因業の塔 水原麻以 @maimizuhara

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