ドクダミの花言葉
通信が回復すると白十字の顔が崩れた。テクスチャが剥がれ素顔が曝露した。
同時に画面が分割され参加者名簿が加わる。
「初めまして。迅雷社の
白十字が一気に老けた。
「なるほど例の炎上作家ドクダミの本名か。HNも。ずいぶん複雑で手荒なスカウトだな」
柿沼は苦笑した。そして見解を一気に捲し立てる。迅雷社は定番商品とマニア受けする作品の両輪でラインナップの充実を図った。だがコロナ禍で読書時間の増え内容の薄い王道作品が低迷した。個性派を揃えたいが無色作家を叩く風潮が鬱陶しい。そこで柿沼を「まとめ」で煽った。彼がテンプレ勢に勝ては投稿サイトは健全化する。負ければ無色作家は一層され例のサイトは陳腐化の果てに自滅する。あぶれた無色作家は迅雷社が一本釣りする。
「汚い。迅雷社マジえげつない」
柿沼は斬り捨てた。だが馬芹は鈴を転がすように笑った。
「残念でした。大ハズレ」
「…へ?」
柿沼は狸に化かされた様な顔をした。
「柿沼君は考えすぎる子ね。その点は編集さんも高く買ってるわ。諸刃の剣だけど。あのまとめは暴言だらけだけど正鵠を射てる。あたしはスコッパーとしてずっと貴方を見てたの」
「俺を試したのか? まとめの件も纏めて洗いざらいブログで告発してやる。迅雷社もお縄で纏められちまえ」
柿沼は怒りをぶちまけた。岩陰の苔は自生してこそだ。養殖された作家は野生を失う。しかも添加剤入りの濁水でぬくぬくと毒される。
女流作家は慌てた。
「誤解だわ。誰がまとめ主か知らない。迅雷社は無関係よ」
「うるせえ!俺の垢をハッキングしやがってよ」
SNSと投稿サイトが同時にロックされる偶然性は極めて低い。
すると馬芹の代わりに迅雷社セキュリティー担当と名乗る女性がズームインした、脇に世界地図が開いた。集中線の核に日本がある。大規模なDDS攻撃だ。
「信用できるかよ。こんなもん…自演で」
間髪を入れず馬芹が復帰した。
「信用だったら貴方も失ってる」
「いい加減にしろ。WEB文鳥にも週刊新春にもタレこんでやる!」
ますますヒートアップする柿沼。そして手元のスマホを掲げた。
「悪いが全部録画させて貰ってる」
だが馬芹も引かない。「貴方にも後ろ暗い所が一切ないのなら偽りの醜聞を売りなさい。ただし当方も法的措置を検討します」
「疚しい事だって…あっ!」
思い当たる節が一つだけある。慌てて投稿サイトを開いた。新着情報欄に強制退会者の一覧がある。一罰百戒の見せしめだ。
そこに柿沼の名前が並んでいた。処分理由は複垢の取得だ。全作品が評価、感想もろとも削除され、再登録は認められない。
「永久追放処分か…」
へなへなと崩れ落ちた。手塩にかけた作品が水泡に帰した。自分に文才があると錯覚し背伸びしようとした報いだ。自分には庭いじりがお似合いだ。
「柿沼君…」
甘い声が囁く。男はうなだれている。
「ねぇ…柿沼君。うちで書いてみない? あんなサイト…」
「…あんなサイトでも俺のホームグラウンドだった…」
馬芹は誘い水を向けた。「悪い土壌では芽が出ないわ。それにあそこはもうすぐなくなる」
「どういうことだ?」
柿沼が顔をあげると光明が射した。
「まとめサイトの件と著作権侵害の方面で迅雷社の法務部が動いてるの…どうする? 追い風は吹いてる」
「…」
柿沼は渡船に乗るか反るか躊躇していた。
「君はせっかちなの。しっかりした土壌が必要よ。育てる環境は整ってる」
悪い話ではない。彼はようやく口を開いた。
「そうだな。ゆっくり考える時間をくれ」
逡巡する柿沼を女は誘う。
「ねぇ…白十字の花言葉って知ってる?」
男はスマホをしばし弄って答えた。
「ああ、そういう事か…わかったよ」
文学警察 水原麻以 @maimizuhara
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