任務違反
サンタクロースは近代的な存在だ。起源は4世紀に遡る。聖人の善行を18世紀の宣教師がアメリカナイズした。従って仕様は随時更新される。
「光ケーブルの配管があって良かったよ」
アランは引込線を経由する侵入手段を閃いた。要員は概念である。だが社会に開口する物理的な接点が儀式的に必要だ。完全密室の虐待児にギフトは来ない。撫子と咲奈はアマゾンの配達員に扮する。アランはSMSを送信した。配達先の子供部屋から嬌声が漏れる。対戦ゲームに興じている様子だ。
「固定回線専用なの?」
咲奈が疑問を感じた。「僕も詳しくは知らない。だがスマホ持ちでも社会的な開口部が煙突になるらしい」
技術論を切り上げてアランは作戦に着手した。撫子が置き配する隙に玄関付近に潜伏。ナノドローンを散布する機会を伺う。扉が開いた瞬間に播いてゴー&アウェイだ。
「ハッピーホリデー♪」
撫子が社会的距離から愛嬌をふりまく。外国人の兄弟は憮然としている。何か不満や悩み事でもあるのか顔色が冴えない。
咲奈が支給されたばかりの端末を叩く。被写体の赤外映像や挙動から体調、心境を数値化する。
「負の利他的感情…だってさ」
報告を受信しアランは即断した。介入が必要だ。ナノドローンの映像がゴミ屋敷を暴き出す。
「子供達だけの世帯だ。片親はニジェールでボコ・ハラムと戦ってる」
「お母さんは…?」
言いかけて撫子は口をつぐんだ。腕に酷い火傷の痕がある。
「虐待じゃない。戦災孤児だ」
アランの助言を待つまでもなく下の子が語り始めた。
「いなくなったの…」
ヤシディーの難民には内縁の妻がいる。ビザで入国し滞在期限が切れた。
「不法滞在者の救済はサンタクロースの管轄外だ」
アランが撤退を指示する。配達リストはまだまだ長い。
すると咲奈が降りると言い出した。
「私、残ります」
「残ってどうするんだ。お前に何ができる。深追いするな」
「嫌です。せめてこの子たちに清潔な正月を過ごさせてやる事が…」
「やめろ。任務に戻れ!」
アランが制止する間もなく文化住宅が爆発した。窓ガラスが粉々に割れ外壁が吹き飛ぶ。飛び散る破片をかいくぐってアランが橇で駆け付ける。撫子の腕を咄嗟につかみ、そのまま安全圏へ逃れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます