十二話 巡る因果

 哉嗚はアスガルドの人々に対してその残党という言葉を用いてたが、それは彼らを国として見ていなかったという事でもある。グエン・ソールによってその国土はすでにムスペルという別の国のものとなっているし、難民の集団が逃げ込んだだけの場所を国とは呼ばないだろう。


 そしてその考えはそれほど間違っていなかったと哉嗚は彼らの拠点に辿り着いて思う。


「原始的ですね」

「そうだな」


 恐らく難民たちの避難所として見ればその拠点は上等なのだろう。素材は全て空を覆うような巨木たちそのもの。恐らく魔法によるものなのだろうが、巨木の中の大きな洞の中に居住スペースを作ったり、樹そのものが絡まり合って住居のような形状を生み出していたりする。


 魔法と科学、二つの文明の違いもあるのだろうが、哉嗚から見るとどうしても文明的な光景には見えない。


「しかし人数はそれなりにいるようです」

「それが戦力になればいいんだけどな」


 ユグドが表示させた生体レーダーにはそれらの木造住居に暮らしているであろう人々が、無数の光点となって映し出されている。しかしリーフから話を聞いた限りでは、その中で戦力になる人間はほとんどいないはずだ。


「戻って来たようです」


 ユグドは言葉で示すとモニターにリーフの姿があることに哉嗚も気づく。あの後彼女の魔法によって地中を移動した哉嗚たちはムスペルに見つかる事無くこの拠点へと辿り着いた。そしてリーフは哉嗚たちをその場に待機させて残党の指導者への報告と、哉嗚たちの拠点となる場所を用意しに行っていたのだ。


「こっち」


 手を振って示す彼女に従って哉嗚たちは移動を始める。しかし移動していても拠点を歩いているのか、ただ森林を歩いているのかわからなくなってくる…………そう考えるとムスペルから隠れるにはあの木造住宅も適しているのだろう。


「ここを使って」


 しばらく移動すると急に開けた平地が現れる。半ば不自然といえるほど木々が避けて作られた平地だ…………切り開かれた形跡もないので魔法によるものだろう。五機の巨人機と整備班を展開しても余る十分なスペースだった。


「あれがここのまとめ役」


 そしてその平地で哉嗚たちを待っていたらしき男をリーフが指さし、慌ててユグドに頼んで哉嗚はコクピットを開いて地面へと降り立つ。リーフ自身はどうか知らないが、哉嗚の立場からすると同盟相手の指導者に失礼な対応はとれない。


「この度アスガルトと結ばれた同盟に基づきスヴァルトより派遣されました、宮城哉嗚中尉であります」


 慌てて駆け寄り、息を整えて敬礼をする。


「援軍の派遣に感謝する。私が今のアスガルドを取りまとめているキゼルヌ・ヴィ―ザルだ…………長老会の生き残り、と言えば君にもわかるだろうか」

「っ!?」


 長老会、その単語に思わず哉嗚は反応する。それはスヴァルトとの戦争を直接指導していた組織であり、リーフを始めとした魔攻士達を呪いによって縛っていた相手だ。その命令で戦う気の無かった魔攻士達がどれだけ命を落としたのか。


「そういう表情をされても仕方ないとは思うが、少なくともあの呪いに関しては間違っていたとは私は思っていない…………その呪いを彼が解いてしまったからこそこの惨状があるとも考えられるのだから」


 呪いによって縛られている限り、グエンは今回のような反乱は起こせなかっただろう。


「失礼ですが、その呪いに縛られていたからこそ性根が歪んだとも考えられるのでは?」


 常に誰かに自分の命を握られ思い通りに生きられない人生…………それを生まれた時から過ごしていたら、多少心が歪んだっておかしくはないだろう。


「なるほど、それは一理あるかもしれない…………だが、その答えは当人に聞いてみない事にはわからないだろう」


 生まれた時からの野心家を抑え込んでいたのか、それともそうでなかったのか…………結局それが分かるのはグエン・ソール本人だけだ。


「故にそのことは今考えても仕方がない。我々に必要なのはこれからの話だ」

「だからあなたを信じろと?」


 哉嗚が懸念しているのはキゼルヌがトップのままではアスガルドが以前と同じ支配体制を築いてしまうのではないかという点だ。協力してムスペルを打倒しても、その後に再び魔法主義国家を作られては同盟の維持も怪しくなる。


「少なくとも、私が元のような支配を再現しようとしても国民がそれを許しはしないよ…………私がこの集団を率いる立場にいるのは彼女の支持があるからで、長老会の生き残りの私は皆に慕われるどころか嫌われているのだからね」


 肩を竦めてキゼルヌがリーフへ視線を送る。釣られて哉嗚もそちらを見るが彼女は憮然とした表情を浮かべていた。


「私は集団を率いる立場になんてなりたくなかった…………その代わりをやってくれると言ったから任せただけ」

「…………なるほど」


 哉嗚は納得する。元々魔法の力が全てという体制の国だったのだから、この場で最強であるリーフにリーダーを任せようとする動きがあってもおかしくはない…………けれど彼女の性格的にそれを受け入れなかったのもわかる。

その結果元々指導者であるキゼルヌへその役割を押し付けたと言う事なのだろう。

彼女の支持があれば他は渋々であっても受け入れるだろうし、何かおかしな真似をしてリーフから見放されれば即座に立場を失う。


「それをもう一つ、信用の為の情報を提供しよう」


 今の話はあくまで今のキゼルヌの立場には枷があるという話であり、警戒は薄れても信用には繋がらない類のものだ…………故にもう一つ。


「君はスヴァルトと我々の講和と同盟があまりにもすんなりと決まったと思わないかね?」

「…………それは、まあ」


 確かに早すぎるとは感じていた。ムスペルという脅威があるとはいえアスガルドは敵国であり、トップにいるのも長老会の生き残りであるキゼルヌだ…………普通に考えればまず講和の意思が本物なのかどうか慎重に見極めるはずだ。


 それが講和の打診があると即座にそれを受け入れ、しかも傍から見れば極大の危険人物であるリーフを交渉役として受け入れているのは明らかにおかしい。


「簡単な話だ、私は最初からスヴァルトに信用されていたのだよ」


 だからこそ彼がトップに立ったことであっさりと講和が受け入れられた。


「ありえないですよ」


 だがそんなことはありえない。


「ありえるとも」


 キゼルヌは毅然として答えを口にする。


「なぜなら私はずっと、スヴァルトのスパイだったのだからね」


                ◇


 スヴァルトにとって戦略魔攻士という脅威は最大の恐怖だった。なにせスヴァルトの全軍をぶつけても勝つことのできない存在だ…………何かの気まぐれで首都侵攻が起こればその瞬間にスヴァルトの滅亡が決定する。


 故に辻孝政率いるスヴァルト軍の首脳部は全力でその可能性を排除すべくあらゆる手を尽くした。それに勝ちうる可能性のある兵器開発はもちろん、勝つことが出来ないなら出撃をさせないようにと欺瞞をばら撒き、絶妙に戦況を調整することで長老会へ切り札を切ることへの不安を植え付けた。


 そしてその手段の中にはアスガルドへスパイを送り込むことも当然あった。情報は外部から操作するよりも内部から行う方が確実だし、うまくいけば呪いに縛られた戦略魔攻士を自滅させるようなことだってできるかもしれない。


 だが魔法の力による階級制度のあるアスガルドへスパイを送り込んでも高い地位にはなれない…………故にスヴァルトはスパイを送り込むのではなく作ることを考えた。


「そうして選ばれたのが私だったわけだ」


 場所をキゼルヌの自室に移して彼はその経緯を話していた。望まれた物ではない権力に不満を持たれないためか、彼の自室は他の難民と変わらない木造の小さな部屋だった。首都から持ち出したらしき私物はいくつかあるが、とても集団のトップの部屋には見えなかった。


「私の一族は長老会の中でも下位に属する…………つまりは彼らに不満を抱いている可能性があると思ったのだろうな」


 集団が生まれればそこに必ず格差も生まれる。例えそれが国全体から見ても上澄みに位置する集団であったとしても変わらない。立場的にはその国のほとんどの人間よりも上位でありながら、長老会の集団という中においては下位に扱われる屈辱を味わうことになる。


「特に私は若く野心もあったからな」


 むしろ最初はスヴァルトを利用して邪魔な長老たちを排除してやるくらいのつもりだった。


「だがすぐに現実を知った」


 スヴァルトとアスガルドの圧倒的な戦力差…………そしてそれを容易く覆す戦略魔攻士の圧倒的な力。敵側の視点で情報を得ることが出来たからこそその異常さが余計に際立った。

 本来であればその力に頼もしさを感じたのかもしれないが、キゼルヌにとっては巨大すぎる恐怖の方がまさった。


 もしも呪いによる縛りを解いてしまったら?

 呪いも効かないような力を持った魔法使いが生まれたら?


 戦略魔攻士は人が個人で制御するにはあまりにも大きすぎる力だった。


「魔法の力は緩やかに衰退していくべきだ……………スヴァルトのようにな」


 でなければいつかアスガルドは破滅するだろう…………大きすぎる力が持つ結果はあの国境線の巨大な荒野が物語っている。伝承によればあれは古代文明の兵器によるものだというが、兵器であれば人と違って制御が効くのだ。


 それに対してグエン・ソールという力は制御が効かずに破滅をもたらそうとしている。


「ムスペルの問題が解決しても講和は維持する。幸いというか今いる魔攻士達で巨人機に対抗できるような力の持ち主はほとんどいない…………最大の力を持つそこの戦略魔攻士は講和に意欲的であるしな」


 その他の上位魔攻士達もムスペルによるこれまで以上の魔法至上主義を目の当たりにしてその愚かさを思い知っているはずだ。これまでの在り方を変えようと考える者は多いだろうし、その意識が残っている間に驚異的な魔法使いが生まれる可能性を摘む方法を考えて行けばいい。


「だがその為にもムスペルに…………グエン・ソールには必ず勝たなくてはならない」


 それが叶わないなら全てはご破算だ。アスガルドもスヴァルトとも滅んで、少数の強力な魔魔法使いたちによる支配体制が始まるだけだ。


「そしてその前哨戦として討伐軍の撃退が必要だ」


 その為の援軍が哉嗚たちなのだから。


「もっとも」


 皮肉気にキゼルヌが嗤う。


「討伐にグエン・ソールが出て来たならそれで終わりだ」


 かつてスヴァルトがアスガルドに抱いていた危惧。


「そこは祈るしかあるまいがな」


 それを彼は今、アスガルドのトップとして抱くハメになっているのだった。

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