十三話 作戦会議
「ではそろそろ実務的な話をすることとしよう…………無論、炎の魔王は現れない事を前提として、だが」
グエン・ソールが現れたら逃げる以外の選択肢はない。
「ではまずそちらの戦力の確認をさせていただけますか?」
もちろん哉嗚は事前に作戦本部からアスガルド残党の戦力についても聞いている。しかし現場での確認を改めてしておくことも大切だろう。
「数だけはそれなりにいるが君らも知っての通り大半以上が戦うことのできない烏合の衆だ…………彼らに無謀なことをさせず守る人間を配置する必要があることを考えれば戦力としてはマイナスの存在だな」
アスガルド国民であれば誰しも魔法使いだ…………けれどそれが戦える存在であるとは限らない。特に下級魔攻士にもなれなかった貧民たちは魔法よりも銃を与えて戦わせた方が戦力になるくらいだ…………とはいえ今や貴重なアスガルド国民であり、戦後を考えれば守らないという選択肢はないだろう。
「その辺りを考えると戦力になるのはリーフと私の子飼いの戦術魔攻士が十人ほどだ。他にも三十人ほど戦術魔攻士はいるが、彼らは拠点の守りに使った方が無難だろう」
つまり子飼いの十名は命令にしっかり従うが、残りはそうでもないという事なのだろう。気ゼルに自身がリーダーでありながら人望がないこともあるし、そもそもこの拠点にいるのはムスペルから逃げて来た敗残者の集まりだ…………士気が高いはずもない。
「後は下級魔攻士の中でも練度の高い集団がそれなりにいるが…………出来れば前線には出したくないな」
リーフを擁する集団を落としに来るのだ、相手も今度は実力者を集めて来るだろう。だとすれば下手な戦力を前に出してもあっさりと消耗してしまうだけだ。
「事前に聞いてはいましたが、厳しいですね」
人数だけで言えばこの拠点には五千近くの人員が集まっていると哉嗚は聞いていた。元々アスガルトとスヴァルトでは国民の総数でも結構な差があったが、人数に対して戦える人員の数があまりにも少ない。
「仕方あるまい、ここに逃げるまでにも戦える者から消耗したのだから」
魔攻士同士の戦いは基本的に下位が上位に勝つことはない。だから足止めするにも逃げ道を切り開くにも上位の者による力が必要だった…………必然的に上位を消耗して下位が多く残る結果になったのだ。
「私が一人いれば問題ない」
けれどそこにリーフが口を挟む。
「私はここにいるほかの全員を合わせたよりも強い」
数の劣勢など関係のない全てをひっくり返すジョーカー。彼女がいる限りその他の魔攻士は戦術級だろうがそうでなかろうが誤差の範囲内だ。
「問題は、今回は相手も君がいることを知っていることだ」
前回の襲撃においてはまだリーフの存在は知られていなかった。もちろん彼女がムスペルから逃げ出したことは知っていただろうが、キゼルヌの統率するアスガルト残党に合流したかどうかは未確定情報だったはずだ。
結果として前回の討伐軍はリーフによって完膚なきまでに叩きのめすことができた。そのおかげで半ば無理やり連れて来られていた下級魔攻士や貧民も保護して吸収する余裕があったのだ。
しかし次の襲撃は当然彼女がいることを前提で攻めてくるはずだ。
「グエン・ソールが出て来ないにしても、君に相性のいい戦術魔攻士を揃えてくることだろう」
魔攻士は上位に下位が勝つことはほぼないが、魔法による相性は当然存在する。それでも力の差が大きければ大抵は覆してしまえるが…………最悪の相性というケースがないわけでもないのだ。
「…………哉嗚がいる」
それに少し間を置いて、リーフはそう答えた。
「ふむ、それは正しい知見だな」
キゼルヌが哉嗚に視線を戻す。スヴァルトの援軍はムスペルにはまだ知られてない情報であり当然ながら警戒はされていない。
例え相手がリーフを抑える様な相性の魔攻士を集めていても、それらを巨人機で倒してしまえば何の問題もない。
「うまくいけば相手の主力を一気に落として決着をつけられる」
「それが理想ですね」
哉嗚も同意する。前回の襲撃と同じなら討伐軍の戦力の大半は無理矢理戦場に送り込まれた者たちだろう。それを監視しているのは恐らく主力の魔攻士たちだろうから、彼らさえ排除してしまえば降伏を促して保護することが出来る。
「幸いにしてリーフの魔法は伏兵を隠すにはうってつけですし」
森の木々は視界を遮るし、ここへ移動して来た時のように地中に隠れるという手もある。相手の主力を一気に刈り取れるタイミングまでその姿を隠すことは容易いだろう。
「問題は相手がやって来るまで君らを隠しておけるかだ」
当然だが相手も攻める前に斥候くらい放って来るだろう。それでスヴァルトからの援軍を知られれば相手も攻め方を変えて来るはずだ。
「相手がいつ攻めて来るかはわかっているんですか?」
「およそ一週間後だな」
危険を承知でムスペルに残ったスパイからの情報だとキゼルヌは付け加えた。
「一週間は長いですね」
「森への侵入者なら私わかるけど」
「……………どのくらい?」
「見渡す限り、くらい」
この森の中だと分かりにくい例えだが、恐らくとてつもなく広い範囲なのだろう。
「それならば後は遠視などの魔法による監視だな」
だが単純な視力の強化ならばこの木々の中を見通すのは難しい。警戒すべきは望む場所の風景を直接視界に納める様な魔法だろう。
「私の子飼いの中に空間系の魔攻士がいるからそれで妨害は可能だろう」
もちろん相手には何か隠しているという情報は与えてしまうが、何を隠していたかを知られるよりはマシなはずだ。
「まあ、君たちにはその間窮屈な状態になって貰うわけになるが」
当然ながら拠点を自由に歩き回るようなことは出来ず、現状の待機スペースにずっといてもらうことになるだろう。
「それは問題ないです」
元々哉嗚たちは拠点を歩き回るつもりはなかった。これまでの両国の軋轢を考えれば拠点の人々の接触は無用なトラブルを招くだけだからだ。
「それに監禁されるのは…………ある意味慣れてますから」
どうせ出来る限りユグドの傍に哉嗚はいなくてはならないのだ。
◇
ニル・ヘーラグはアスガルトにおいてある意味で典型的な魔攻士だった。実力こそ戦術魔攻士の中でも抜きんでていたものの長老会に媚びを売ることを良しとせず、だからと言って逆らう姿勢も見せず淡々と与えられた任務をこなしていた。
つまるところ死ぬのが怖くて長老会には逆らえないくせにちっぽけな自尊心は守ろうと反抗的な態度を取っていただけ…………ただの小者であると彼は自分で理解していた。
グエン・ソールが革命を起こした際にもニルはすぐに動くことが出来ず状況の推移を見守ることしかできなかった。長老会とグエンのどちらに付けば生き残れるのか、それを見定めている間に最良の選択肢はどこかへ行ってしまった…………革命にスカウトされなかったのも恐らくそれが理由だろう。保身を第一に考える自分であればその情報を長老会に売った可能性は高かったはずだ。
あの頃の自分にもう少しの勇気があれば状況は変わったのだろうかとニルは思う…………だがもはや過去を顧みても遅すぎる。首都から逃げ出すことも出来なかった彼はやむなくムスペルに忠誠を誓うが信用されず、アスガルト残党の討伐軍という同類たちを率いてリーフ・ラシルというグエントは別の怪物を相手にさせられる羽目に陥っている。
チャンスを与えたとグエンは口にしていたが、単に処刑台に乗せられたようなものだとニルは思っていた。
「それで、斥候は何か情報を得られたか?」
石造りの会議室の中で、ニルはその場に集まった面々へと尋ねる。目の前の長テーブルの上にはアスガルト残党が潜んでいると思われる地域の地図、それを囲むように彼を含めて六人が陰鬱な面持ちで立っている。
「駄目だ、森に入るだけで植物に襲われるらしい」
「…………リーフ・ラシルか」
自在に植物を想像する戦略魔攻士。彼女の力に掛かればただの森に見えてもそこは無数の兵隊で埋め尽くされた空間という事なのだろう。
「遠視系の魔攻士はいなかったか?」
「視力の強化なら出来るやつならいたが、魔力を介して遠くを覗き見る系統のはいなかった」
「…………くそ」
ニルは舌討つ。視力強化による遠視は障害物で簡単に遮られる。魔力を介して遠方を覗き見る系統の遠視なら障害物関係なしに望場所を見ることが出来るが…………その使い手は希少で数がいない。
「まあいい」
気を取り直すようにニルは呟く。事前に相手の状況を確認できないのは気がかりだが、今回の襲撃に大きな影響はないはずだ。
「どうせ今回の討伐軍はリーフ・ラシルをどうにかできるかのそれだけだ…………確実にいることが分かっているならそれで充分だろう」
あの広大な森全体に魔法を行き渡らせることのできる化け物が他にいるとは思えない。
「あれえ、いいんですかそれで」
しかしそこに軽薄な声が響く。金髪碧眼の、その場の誰よりもまだ年若く見える少年がニコニコと笑みを浮かべながら会議室へと入って来た。
「…………ヴァーリ」
「はい、ヴァーリ・リンドです」
忌々し気なニルの表情を気にした様子もなくヴァーリと名乗った少年は頷く。
「それで、親衛隊の一員である君が我々に何の用だ」
「王からあなた達を監督せよ、と命じられましてね」
ニコニコとヴァーリは答える。
「監視、か」
「監督です」
表情を変えずにヴァーリは繰り返す。
「ですが王からは出来る限りあなた方に任せるようにと言い使っています。あなた方が王に忠誠を示す機会なのにそれを奪っては意味がないですからね」
「…………」
それにニルは忌々し気に顔を歪める。彼らの裏切りの可能性を潰すための監視役であるのは明らかだ…………仮に彼を排除できたとしてもすぐに別の粛正役かグエン・ソール本人が現れるだろう。
「それでこれは純粋なアドバイスなのですが、もっと情報を集めなくてもいいんですか? 情報収集は作戦遂行の為の最も大切な事柄だと思いますが」
「生憎とこれ以上は人材がいない」
怒鳴りたいのを堪えてニルは返答する…………わかり切ったことを口にされることほど苛立つことはない。
「おや? 王は討伐軍に必要な人材を集める裁量権をあなたに与えたはずですが」
「…………」
確かに与えられているが、それは下級魔攻士や貧民に対してのものでしかない…………そんな相手の中に有用な魔法の持ち主がいるはずもないだろう。
「我々は、出来る限りのことを行っている」
「そうですか、ではこれは余計な口出しでしたね」
悪びれずもせずにヴァーリは肩を竦める。
「あなた達がそれで今回の使命を果たせるのなら、私はこれ以上何も言いませんよ」
ニコニコと、笑みを絶やさず彼は続ける。
「リーフ・ラシル以外の爆弾が…………隠れてないといいですね」
「…………」
その笑みに悪意を感じて、ニルはヴァーリが何かしらの情報を持っていることを確信する。
だがそれを、決して自分達に明かしもしないだろうことも。
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