十一話 放たれる火種

「…………この光景もなんだか懐かしく思えるな」


 リーフの護衛任務に就かされてから二週間。その間ずっと外出もできずホテル暮らしだったので、コクピットのモニターに広がる何もない荒野ですら気分が落ち着くような気がする。


「それは私との生活が退屈だったってこと?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 補助席に腰かけたリーフの言葉を哉嗚は否定するが、その表情には否定し切れないものも浮かんでいた。別に哉嗚は彼女のことを嫌いではないが、だからと言って二週間も同じ部屋で生活してストレスを感じないかというのは別の話だ。


「あなたは哉嗚を詮索せんさくし過ぎなのです」

「…………そんなことはない」


 コクピットの響くユグドの言葉をリーフは否定する…………しかしその声色が若干弱いのは自覚している面もあるからだろう。実際に哉嗚は彼女から過去や生活習慣に食べ物の趣味など事細かに聞かれている…………おかげで一部の話題をごまかすのには苦労させられた。


「それはユグドも止めずに便乗してただろ」

「…………そんなことはありません」


 いや、ある。明らかに普段聞きづらいプライベートな部分を便乗して踏み込んでいたと哉嗚は思う。

 最初は反目していたユグドも二人きりで話した後は打ち解けたようでリーフに名前を許すようになった…………二人とも性根の部分が子供っぽいところがあるので案外似た者同士なのかもしれない。


「全く…………」


 だがそのおかげでこの二週間哉嗚は碌にプライベートな時間が無かった。普段基地で過ごしていた時はユグドの端末一つだけなので隙を見て一人の時間を作ることは難しくなかった…………しかしそこにリーフまで加わるともう無理だ。


 おかげでこの間に哉嗚が晴香に連絡できたのは三通ほどのメールだけだ。その内容もしばらく任務で帰れない旨を伝える程度の内容だ。もちろん軍規があるから詳細は最初から伝えられないが、その辺りをフォローしたり機嫌を取るような文章を書く時間が無かったのが問題だった。


「…………」


 晴香は心配性の傾向があるので恐らく不安が膨らんでいるだろう…………その反動で帰った時に厳しい対応をされることが予想できたので哉嗚は溜息を吐く。


「哉嗚、心配事ですか?」

「敵なら私が蹴散らすから問題ない」


 そんな彼の様子にユグドとリーフが素早く反応する。


「いや、なんでもないよ」


 哉嗚としてはそう答えるしかない。


「宮城中尉、そろそろ境界を越えます」

「了解です」


 そこで入った高島からの通信に哉嗚はレーダーを確認する。表示された地形にはアスガルドとの境界線が強調されていた。表示されているユグドを含めた六つの点はその線に近づきつつある。


「ユグド、わかってると思うけどレーダーには気を配ってくれ。リーフも何か感じることがあったら頼む」

「了解です、哉嗚」

「うん、わかった」


 もちろん二人とも言われずともすでに行っているだろうが、こうして口にして確認するのも大切なことだ。


「敵は、殲滅?」


「いや、できればアスガルドの拠点までは穏便に行きたい」


 スヴァルト軍によるアスガルドの援護任務。部隊は僅か五機の巨人機と整備班という小規模なものだが、ユグドとヴェルグ以外もY-01系列という精鋭であり軍への忠誠心も高い軍人が集められている。


 この戦力を有効に使うならやはり秘匿しておくことが望ましい。魔攻士の中には巨人機には有効でも同じ魔攻士には通じ難いといったような魔法を持つ者いるだろう。そしてその逆もまた然りであり、哉嗚たちの存在を隠しておけば相手がこちらに有利な戦力を揃えてくる可能性が生まれる。


「見つからないで済むのが一番だけど…………この荒野じゃな」


 アスガルド側へ大きく踏み込んで森が見えるまでは限り遮るものは何もない。ムスペルも当然警戒はしているだろうから、このままだと見つかる可能性は高い。

 作戦司令部もその辺りは諦めていたようで、発見された場合即座に排除して情報の拡散を阻止せよという指示が出ているだけだ…………念話が可能な魔攻士相手と考えると情報拡散を阻止できるかはほとんどお祈りに近い。


「見つからずに戻れればいいの?」

「ん、ああ」


 当たり前だがスヴァルトの作戦会議にリーフは呼ばれていない。こういう日程で戻るからと知らされてそれに従っているだけだ。


「私なら全員地面を移動させられる」

「…………地面?」


 聞き返しながら哉嗚はモニターに移る固そうな荒野の地肌に目をやる。


「植物で地面の下を柔らかくして移動できる」

「それはトンネルではなく?」

「そうすると土を地上に捨てる必要がある…………柔らかい土に流される感じ」


 それはリーフ自身がグエンから逃げる際にも使った手法だ。彼女自身の魔法の強力さもあってかなりの速度で移動できる…………もちろん自分で使った際には土で汚れないように植物で自身を保護したが。


「ええと、それは巨人機が壊れたりはしないのか? 特に整備班が乗ってる装甲車なんかは巨人機より脆いんだが」

「大丈夫」


 赤子でも持つように丁重に扱うだけだ…………それくらいの余裕はリーフにはある。


「…………」


 哉嗚は押し黙って思考を巡らせる。確かに前に哉嗚と戦った時も植物に紛れて瞬間移動のようなことをしていた…………あれはつまり地中を移動していたのだろう。


 そんなことが出来るなら早く言って欲しかったが、哉嗚も含めて誰もリーフに作戦について意見を尋ねなかったのだ。これは結局彼女を味方として見れていなかったスヴァルト側のミスだろう。


「全機停止して周囲を確認」


 それでもまだリカバリーは効くと哉嗚は全機へ通信を送る。


「どうかなされましたか?」


 最初に高島が尋ねて来た。


「ここからの移動に提案がある」


 哉嗚は隠すことなくリーフの提案を皆へと知らせた。



 当然のように皆は驚愕し…………けれど最終的にはその提案は受け入れられた。


                ◇


「そろそろついている頃ですかね」

「何事もなければそうだな」


 司令官室のソファに辻と美亜が対峙するように座っている。それはもはや見慣れた光景とも言えた…………どちらも歓談する表情ではなく事務的な対応なのも変わらず、だ。

 しかしそれは別に二人の仲が悪いわけではなく、単に二人とも無駄が嫌いなだけだった。


「戦闘くらいは起こってるんじゃないですか?」

「そうだな、ないほうがおかしいともいえる」


 冷静に考えて現在のアスガルドの拠点まですんなりと辿り着くには幸運が必要だろう。


「本番前のデータ取りとしてはありだと思いますけどね」

「ふむ、確かにな」


 送り出した五機は初顔合わせで合同訓練も行っていない。Y-01系列は強力な機体であるが量産が出来ておらず、これまでエースに対して個々に与える形をとっていたので一つの部隊に一機以上配備されていない…………例外はユグドとヴェルグだが、あれは辻が哉嗚の負担を減らそうとした依怙贔屓えこひいきに近い配備だ。


 ユグドとヴェルグも初の戦闘では連携が難しいと判断し個々に別れたと聞いている。その反省を生かしてプログラム的には連携を可能とするよう改善されているが、机上の空論ではなく実践できる機会というのは重要だろう。


「まあ、同行してる戦略魔攻士第三位が片付けちゃうかもしれませんけどね」

「…………彼女か」


 確かにやりかねない少女ではある。傍目から見ればリーフ・ラシルは感情が薄く見えるが、辻はそうではないと見ていた…………あれは無精ぶしょうなだけだ。興味のない者に対して労力を使うのが面倒だから感情すら表さないだけで、感情移入した相手には苛烈なまでにも尽くすことだろう。

 つまりは哉嗚の敵というだけで相手を即殺しても不思議ではない…………とはいえ。


「宮城中尉の言う事には従うだろう」


 彼女は同行している彼に迷惑が掛かるような真似はしない、独断で動くこともないだろう。


「それにだ、結局のところ先に同盟がばれようが結果の前には誤差に過ぎん」

「まあ、それくらいの戦力差はあるでしょうね」


 戦略魔攻士第三位にそれに匹敵する性能を持つユグド…………そこからかなり落ちるものの並の魔攻士では相手にもならない性能を持つY-01系列が四機。ぶっちゃけた話それだけでもアスガルドの残党勢力に迫る討伐軍は返り討ちにできるだろう。


「彼らは勝つだろう…………問題はその後だ」

「……………本当にやるんですね」

「無論だ」


 確認するように尋ねる美亜に辻は頷く。


「アスガルドと同盟が成ったと言っても国民は納得などしない」


 納得させるための材料の一つとしてリーフとの交渉を台本込みで撮影してはあるが、正直なところそれは焼け石に水程度の効果しかないだろう。彼女は国を追われた悲劇のヒロインではあるが、そのヒロインに同情する理由がスヴァルトの国民にはまだない。


 国民を納得させるためには結局のところムスペルの脅威を知らしめるしかないだろう。大きな脅威を前に例え仇敵であっても手を組むしかない……………そう思わせるしかないのだ。


 だがその為には言葉を尽くしても何の意味もない。脅威を肌で感じない限り多くの国民はそれを納得することはないはずだ。


「彼が心変わりしてないと言いですね」


 他人事のように美亜が言う。


「そうなれば、何もかもが消えてなくなるだけだ」


 スヴァルトは滅ぶだろうが、ムスペルもいずれは滅ぶだろう。


「彼はそれほど愚かではないだろう」


 そう口にしながら、辻はこれから起こることを頭に思い浮かべる。それは守るべき人々が灰となって消えていく様であったが、それを止める気は辻にはないのだ。


「いや、愚かなのかもしれないな」


 だからこそ自嘲するようにそう呟く。


 少なくとも、地獄という場所があるなら自分も彼もそこへ行くことになるだろうから。

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