十話 同胞
「うん、私はリーフ・ラシル。よろしく」
不躾に自身の名前を呼んだ機械にリーフは気分を害した様子もなく名乗った。その機械が自分を敵視する理由は理解できたし、哉嗚の相棒ならば挨拶くらいはしておくべきだろうと。
「あなたは?」
「…………ユグド」
その反応に苛立つように、けれど無視もせずユグドは答える。
「ふうん」
しかし名乗ったから自分も尋ねただけだというように、それほどユグドの名前には興味もなさそうな反応をリーフは見せた…………それが余計にユグドの
「警告しておきます」
その気持ちの表れか、
「私の本体は街の外縁部からこの部屋に狙いをつけています。あなたが不審な行動を見せた場合には即座に長距離射撃であなたを消滅させることが可能です」
「いやそれ、俺も多分死ぬんだけど」
思わずといったように哉嗚が口を挟む。ピンポイントで狙うだろうがそれでもリーフに通用する射撃ともなれば膨大な熱量になる…………どう考えてもその余波だけで哉嗚は死ぬ。
「大丈夫、哉嗚は私が守る」
「なんでそうなるのですか!」
当然のように口にしたリーフの言葉にユグドの電子音声が荒ぶる。哉嗚を彼女から守るための脅しなのにその当人が彼を守ることを意思表示したのではあべこべだ。
「あなたが哉嗚に危険な事をするから?」
「そうではなく、なぜあなたが哉嗚の庇護者のような言動をするのですか!」
「…………?」
なぜそんな質問をするのかと、不思議そうにリーフは首を傾げる。
「アスガルドとスヴァルトが同盟を結んで、一緒に戦う仲間になったからだけど?」
「普通はそんな単純に割り切れるものではありません!」
「…………」
多分、その通りなんだろうとリーフは思うが…………まさか敵であった頃から彼を好きだったからなどとはさすがに彼女も答えるわけにはいかない。
「あなたは、割り切れないの?」
なので相手に質問を返してごまかすことにリーフは決めた。
「私は割り切れています」
全てはこの戦争を終わらせるために…………それは哉嗚とも約束したことだし、何よりも自身の望みの為にも必要な事だ。
「それなら、私と同じ」
「…………くっ」
そう返されてはこれ以上糾弾することも出来ずユグドは言葉に詰まる。
「ええと…………仲良く、な?」
難しいだろうとは思いつつも哉嗚には他に声を掛けようがなかった。
「私は仲良くすることに異議はない」
「なっ、あなた!?」
それに素早く好意的な意見をリーフが返す。乗り遅れたユグドはそれに戸惑う。
「あなたが哉嗚の相棒なら、これからも接する機会は多い」
もしかしたら今日の異動のようにユグドに搭乗することもあるかもしれない。それを考えればリーフとしては親交を深めることに異議はなかった…………それもまた哉嗚の安全を高めることに繋がるだろうし。
そもそもリーフの立場からすれば最初からユグドに悪感情は全くないのだから。
「ぐ、ぬぬぬ」
ユグドも理性ではそれはよくわかっている。しかし自我が目覚めてからずっと憎み続けていた相手を前にするとどうも感情が先走ってしまう。
彼女を機体に乗せた時は無言を貫いて正解だったのだろう…………そうでなかったらきっと会談場所にはすんなりと到着できなかった。割り切ったと口にしたのは紛れもない本心であるはずなのに、彼女を前に口を開いた瞬間からどうしても堪えきれない感情が吹き出て止まらないのだ。
それがなぜなのかを考える為に、ユグドは自身の内面へと思考を走らせた。
◇
ユグドにとってリーフ・ラシルとい存在は複雑な感情を抱く相手だ。
最初、そう最初に哉嗚がY‐01に乗り込んでその名前を口にした時、真っ暗なゆりかごの中で初めて自分が目を覚ましたその時はただ憎いだけの存在だった。
当然哉嗚にはその理由を聞かれたがユグドは明かさなかった…………なぜならユグド自身にもその理由が分からなかったからだ。
ただ憎かった。
リーフ・ラシルという存在が自分とは別に存在していることが許し難かった。その理由もわからずに自分は彼女への憎しみを原動力として哉嗚と共に戦い続けた。
それがなぜだったのかが分かったのは、ユグドが初めて直接リーフ・ラシルに対峙した時のことだった。哉嗚が無意識に使っているその力によってY-01には周辺に存在するものの情報が膨大に流れ込んで来た…………その中にはリーフ・ラシルの本人も知らないような身体情報、そしてユグド自身の情報も含まれていた。
あの時初めてユグドは自身が特殊なAIなどでは無かったことを知った。そして自分がなぜリーフ・ラシルを憎んでいたのかも理解した…………そして暴走した。パイロットである哉嗚の存在すら忘れて彼女を殺すことだけを考えて機体を動かした。
けれどそれはしょうがなかったとユグドは思う。あんな事実を目の当たりにして平静でいられる方がおかしいのだ。ユグドの後悔はそれに哉嗚を巻き込んでしまったというその一点に尽きる…………あんな風に、自分を傷つけさせることになってしまうなんて。
リーフ、リーフ・ラシル。その姿を見るだけでユグドの心は暗くざわめく。五体満足なその姿を見るだけで嫉妬と憎悪が堪え切れずに吹き上がる…………どうして、どうして同じ存在でありながら自分と彼女でここまでの差があるのかと。
ああ、だけど
と、その感情を押し留めるものにユグドは思いを馳せる。
哉嗚、彼に出会い目覚めることのできた自分はまだ幸運なのだ。彼を助けこの戦争の終結に貢献することが出来れば未来は開けるのだから…………その前払いとして少しずつ自分は普通に近づきつつある。
けれど、姉妹たち…………眠り続ける彼女たちにはそんな未来はない。例え戦争が無事に終わっても眠り続けたまま処分されるのだとユグドは美亜から聞かされていた。そしてユグドは自身の未来の為にそれに異議を唱えなかった…………だとすれば、きっと自分の方が罪深いのだろうとユグドは思う。
確かに全ての元凶はリーフ・ラシルにあるが彼女は何も知らない…………ただ、その存在を勝手に利用されただけだ。無知は時に罪になるが、それでも知った上で自分を優先したユグドに比べれば遥かに軽い罪だ。
結局のところ、自分はその罪をリーフ・ラシルへと転嫁したかっただけだとユグドは己の愚かしさを認める。彼女がすべて悪いのだと決めつけて、自分の罪から目を逸らしたかっただけなのだ。
だけどそれを自覚してもユグドには見えた希望から手を放すことはできない…………できるはずもない。
それならばせめて、自分の罪を誰かのせいにするのは止めようとユグドは決意した。
◇
「リーフ・ラシル」
思考を終えてその名前を呼ぶ。姉であり母であり憎みその無知を
「なに?」
「あなたは哉嗚の味方なのですね」
「うん」
迷わずにリーフは頷く。
「では私もあなたを味方と扱うことを誓います」
今度こそ自身の過去への区切りをつけるように、ユグドはそう己に誓う。
「わかった」
それを素直にリーフは受け入れる。急な心変わりは若干引っかかるが、彼女にとっては困る話ではない。
「ではここからはそれを踏まえた上での確認です」
過去に区切りをつけこれからは未来の話だ。
「なに?」
「あなたは哉嗚を仲間と表現しましたが…………それ以上の感情は抱いていないですね?」
「それ以上って?」
ユグドの質問の意図が掴めずリーフは首を傾ける。
「哉嗚を男として好んでいるのではないという話しです」
「ユグドっ!?」
それにリーフではなく哉嗚が困惑したようにその端末を見る。
「いきなり何を聞いてるんだよ!?」
「私にとって重要なことをです、哉嗚」
「意味が分からない!?」
ユグドが自分を慕っているのはわかっていたが、それがどうしてリーフに哉嗚への好意を尋ねることに繋がるのか。確かに哉嗚は彼女に仲良くしたいとは伝えたが、どう考えてもまだそんな感情に至るような積み重ねは存在していない。
「そんなこと聞かれたらリーフだって困るだろ! ほんの少し前まで俺たちは本気で殺し合ってたような関係なんだぞ!」
それこそまずはお友達から始めようと互いに歩み寄ったような段階だ。同意を求めるように哉嗚がリーフを見ると彼女も困ったような表情を浮かべていた。
「うん、その通り…………です」
なぜか哉嗚から目を逸らすようにリーフは口にしたが、一応は彼に同意している。
「哉嗚」
それをカメラで確認してユグドが哉嗚へと視線を向ける。
「少し彼女と二人で話をします。その間哉嗚は声の聞こえないところにいてください」
「え、いや、なんで?」
驚いて哉嗚は聞き返す。その意図がわからないのはもちろん、ユグドから哉嗚に離れるように言ったことなど初めてのことだった。
「女同士の話がしたいのです」
有無を言わさぬように彼へと告げるとユグドはカメラをリーフへと向ける。
「寝室で話しましょう」
「ええと…………わかった」
それにリーフも困惑しつつも頷く。何となくだがそうするべきだと感じていた。
「えっと、ルームサービス頼んでおくから」
「ではそれまでに話し終えるようにします」
答えるとユグドは端末を寝室へと走らせ、リーフもそれを追うように歩いて行く。
「…………親離れみたいなもんなのかな」
きっとユグドも成長しているのだろう、
そんなことを考えつつ哉嗚はその後ろ姿を見送った。
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