九話 対峙

 リーフが滞在することになったのは前線からほど近い都市の一流ホテルだった。警備として一緒に滞在することになる哉嗚はそのたたずまいに気後れしたが、辻が言うには従業員の職業意識も高くVIPの扱いにもなれているので秘密が漏れにくいとのことだった。


 実際にリーフと哉嗚をホテルの従業員は手際よく部屋まで案内した。無用な詮索せんさく無遠慮ぶえんりょな視線もない一歩引いた態度。それもてっきり裏口か何かから案内されると思ったが、真正面から堂々と…………けれどホテルの客も二人のことを気に留める様子を見せなかった。


 もちろん哉嗚もリーフも一応ホテルの格に見合った格好を渡され着替えてはいる。けれど着慣れていないのは明らかで、さらに哉嗚は服装に不釣り合いな大きな荷物を抱えており傍から見れば滑稽にすら見えただろう…………それを誰も気にした様子を見せないのは客層ゆえか、それともこういった場の暗黙の了解なのかもしれない。


「すごい、きらびやか」


 ともあれ無事に案内された部屋に入るとリーフがそう感想を漏らす。確かにその部屋はきらびやかでそして広かった。以前に哉嗚も首都に赴いた際には開発局に良いホテルを用意してもらったが、明らかにそこよりもランクが上の印象を受ける。


 異様に広いリビングには大きなモニターが備え付けられており、それを囲むように大きなソファが並べられていた。そこから少し離れた場所にはまた高級そうなテーブルと椅子が並べられていて、壁際には小さなミニバーまで設置されていた…………こんな部屋に泊まる人間は自分で作ったりはしないだろうからわざわざバーテンダーを呼んだりするのだろう。


「寝室は…………あっちか?」


 リビングの奥の方に他の部屋が覗いて見える。あえて扉で遮らず部屋との間を広く開けて解放感を覚えさせる作りなのだろう。哉嗚の感性からすると少し狭いほうが落ち着くのだが、警備というか監視の立場からすれば視線をへだてる扉がないのは都合がいい。


「疲れてるだろうし一旦休んだらどうだ?」


 自身も大きなトランクを慎重に床に下ろしつつ哉嗚は声を掛ける。合流してからの移動と会談場所での交渉、そしてまた移動とリーフが一人で休んだ状況はない。敵地で敵意に囲まれながらの交渉と気疲れも大きいだろうと哉嗚も気を遣った。


「大丈夫、疲れてない」


 しかし当のリーフは疲れなどより興味の方が大きいといように部屋を見回っている。よほど興味深いのか部屋に置かれている機械類や備品はもちろん、壁やカーペットの材質にまで目を向けている。


「そんなに珍しいか?」

「うん」

 リーフは素直に頷くが哉嗚は少し疑問に思う。

「…………リーフはアスガルドじゃ偉い立場だったんだよな?」

「うん」


 リーフはアスガルドにおいて戦略魔攻士第三位の地位にあった。話を聞く限り強さのランキングがそのまま階級になっているような制度だからスヴァルトのものとは比べにくいが、単純に考えて大将や中将のような高い地位にはなるだろう。

 で、あれば住居なんかは地位相応のものであったはずだし、こういったホテルのような場所にも立ち寄る機会は多かったのではないかと哉嗚は思うのだ。


「リーフはどんな所に住んでたんだ?」

「…………」


 尋ねると思い出そうとするようにリーフは首を捻る…………即座に出て来ないほど思い入れの無い場所に住んでいたのかと哉嗚は疑問に思う。


「魔攻士達が、皆で住んでる…………塔?」

「集合住宅ってことか? 部屋は個人で分かれてるんだよな?」

「多分、それ」


 アパートのようなものかと尋ねるとリーフは頷く。


「リーフの部屋だけここくらいに広かったり?」

「この部屋の半分もなかった」

「…………戦略魔攻士第三位なのに?」


 話に聞いた限りでは高位の魔攻士ほど優遇ゆうぐうされてるはずなのだが。


「高位の魔攻士は、家を建ててる人も多かった」

「ああうん、そうだよな」


 哉嗚の聞いた話が間違ってたわけでないらしい。


「それなのにリーフは建てなかったのか?」

「興味なかった」


 端的にリーフは答える。


「部屋なんて、寝れればいい」

「…………そうか」


 その一言で哉嗚は彼女が恐ろしく質素な生活を送っていたことが想像できた…………だとすればきっと彼女も変わりつつあるのだろう。でなければこんな風に見知らぬものに興味を持つということもなかったはずだ。


 その変化のきっかけは恐らく長老会による呪いから解放されたことだろうと哉嗚は思う。命を常に握られているストレスは人間を容易に自暴自棄じぼうじきにさせるだろう…………それがまさか自分であるかもということなどという考えは及びもしなかった。


「もしかして食べ物とかも興味なかったか?」

「うん…………でもなんで?」

「そりゃそれだけ体が細けりゃわかるよ」


 栄養失調、とまでいかないが健康的な体つきではない。


「…………最近は、たくさん食べるようにしてる」


 実際はグエンが口うるさく言うから仕方なくだったが、哉嗚と出会ってから食欲に関しても増したような気がリーフはしていた。


「そうか、ここの食事は多分すごく美味しいから無理しなくても食べれると思うぞ」


 流石にレストランではなくルームサービスを頼むことになっているが、場所が場所だけに多少冷めても気にならないような物を出してくれるだろう。


「うん、期待する」


 僅かに唇を緩ませリーフが頷く。


「ところでそれはなに?」


 ずっと聞きたかったというように彼女は哉嗚の脇のトランクを見る。リーフの着替えなどは辻が手配して先に部屋へ運んであるという話だったし、それなりに重量がありそうなのに従業員に頼むことなく哉嗚は自分で部屋まで運び入れていた。


「ああ、これは…………」


 答えようとしたところで哉嗚のふところで何かが鳴る。それがスヴァルトでは念話代わりに使われている機械であることを最近リーフは知った。


「…………」


 スマホを取り出して確認すると哉嗚は苦笑してそれを仕舞いまい、リーフへ視線を戻す。


「なんだったの?」

「早くしろってせっつかれた」


 誰にだろうとリーフが思う間に哉嗚は床に置いたトランクを開いた。そこにはリーフの目から見て丸っこい…………多分機械なのだろうといううものが入っていた。


「一つ、頼みがあるんだけど」

「わかった」

「…………まだ言ってないよ」


 話す前から承諾するリーフに哉嗚は苦笑する。その間にも彼はトランクの中に丁寧に収納されていたドローンを組み立てていた。組み立てると言っても緩衝材を解いてバッテリーを嵌める程度のものだ。話ながらでもあっという間に出来上がる。


「それで、これからこいつを動かすんだけど出来る限り壊さないで欲しい」

「うん」


 リーフは頷くが、その後に首を傾げる。


「それは、なに?」

「これは、なんて説明すればいいかな…………小さなゴーレムみたいな機械だ。人型じゃないけど下についてる車輪で動き回れる」


 他はスピーカーとカメラが付いてるくらいでそれ以外の機能はない。市販されてるや軍用のものであれば様々な機能が付いているが、これを作った開発局の技術者はあえて余計な機能を持たせなかった。


「ゴーレム…………誰かがこれを操る?」

「ああ、そういうことになる」


 哉嗚の例えは適切だったようでうまくリーフに伝わった。


「俺の巨人機に宿ってる意思みたいなものがあるって話はしたよな」

「…………それがこれにも宿る?」

「そうなる」


 性格には遠隔操作だが似たようなものだ。


「でもなんでそれを持って来たの?」


 それが何かは分かったが、何のためかはまだリーフにはわからない。


「絶対に持って行けって譲らなくてね」


 それに困ったような、けれどどこか微笑ましさを感じさせる様子で哉嗚は苦笑する。


「俺にリーフが危険な事をしないように見張りたいらしい」

「そんなことしない」


 それだけはありえないとリーフは否定する。


「まあ彼女はちょっと過保護というか心配性というか…………自分で見張らないと安心できないみたいでね」


 いくら哉嗚が説得しても結局は聞き入れなかったのだ。


「それなら仕方ない」


 それにリーフは理解した様子を見せる。彼女も自分が少し前までスヴァルトの敵の立場であったことは忘れていない。それが講和して同盟を結んだといっても普通はすぐに納得できるものではない。


 あの巨人機に宿っているということは哉嗚の相棒のような存在だろう。仮にリーフが同じ立場であったら同じようにリーフを警戒し哉嗚から目を離さないようにするはずだ。


「ええとそれで、今の話で分かったと思うけどこいつはリーフに好意的じゃない…………だから暴言を口にしても怒らないでやって欲しい」

「…………わかった」


 その小さな機械にどれだけ罵倒ばとうされようがリーフにはどうでもいい。目の前の少年が我慢して欲しいというのならそれに従うだけだ。


「一応危害を加えようとしたら俺が止めるから」


 出来ることは精々体当たりくらいだろうが、やられて嬉しいことでもない。


「うん」

「じゃあ、電源を入れるぞ」


 本体の脇に備え付けられた電源を哉嗚は長押しする…………しばらくするとドローンが起動したことを示すランプが付き、周囲を確認するようにカメラが動いた。


「哉嗚、遅いです」


 そしてすぐに哉嗚の姿を捉えスピーカーが起動する。


「部屋に着いてまだそんな経ってないよ」

「いいえ、哉嗚。すでに十分は経過しています」

「…………本当に喋ってる」


 二人の会話を見てリーフがぽつりと呟く。


「!?」


 その声にドローンが高速で回転して彼女をカメラに捉えた。


「リーフ…………リーフ・ラシル」


 一度は自身の内側に入れて無視した女、その彼女の名前をユグドは口にした。

 

 今度は無視することなく、対峙する覚悟は出来ているというように。

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