プロローグ(二)
そこはアスガルドとスヴァルトの二つを分かつ広大な荒野の一部。しかし主戦場となる中心からは遠く外れたアスガルドに近い場所だ。
それを証明するようにアスガルドがある方向には手付かずの自然が溢れていた。
「こんなところに呼び出して何の用だ」
そこに不機嫌そうな男が一人立っている。短くまとめた銀髪に碧眼で、すらっと伸びた高い背丈に豪奢な衣服を身にまとっていた。
一見すればその整った容姿も相まってどこの貴族かといった印象だが、今の不機嫌な感情を露わにしたその様子からは神経質な本性が隠れていることが窺える。
「相変わらず趣味の悪い服だな」
グエンは質問に答えず彼をそう評した。宝石や金を散りばめたその服は確かに目を引くがそれだけだ。
自己主張が激しすぎて悪趣味としか言いようがない。
「…………何の用だと聞いているんだ」
明らかにさらに不機嫌になっているのに話を進めようとするのは、言い返しても不毛だと理解しているからだろう。二人は互いに嫌い合っていてどちらも非を認めることは一切ない…………口論するよりはさっさと要件を終わらせて去ったほうが賢明だ。
「そう急くなよ。あんまり余裕がないとその名が泣くぜ? なあ、戦略魔攻士第二位アイズ・マグニ」
二位、という所を強調してグエンは口にする。それに目の前の男がさらに表情を歪めたのを見て彼は再確認する…………やはり自分はこのアイズという男が大嫌いなのだと。
「だから、何の用だと私は聞いているんだ! くそっ、長老会を通しての呼び出しでなければお前になど会いたくもなかったというのに」
「相変わらず長老会には忠実だな」
「そんなものは魔攻士として当たり前のことだろう」
嫌味に対してアイズは正論で返す。国家に仕えているのだからその指導部の命令に従うのは当然の話だ。
そしてその従う態度によって上からの覚えが変わって来るのもまた当然の話だろう。
もちろんアイズは自分がどう見られているか知っているが、それを恥とは思っていない。自分の評価を上げるために努力するのは当然のことだ。
むしろ自分よりも実力がないのにそんな努力もできない連中は、見下されて当然だろうと思っている。
「当たり前か、まあそうだな…………それが純粋に信頼できる相手で、呪いに縛られたものじゃなきゃ俺も納得できてたんだろうがな」
忠誠を誓う自由があるのと、忠誠を誓わなくては死ぬのではまるで違う。
「貴様、何が言いたい」
「それくらいも読み取れないのか?」
睨むアイズにグエンは肩を竦める。
「お前が長老会を嫌っていることくらいは知っている」
その上でグエンは重宝されているのだ…………その圧倒的な力量ゆえに。
「嫌っているというかな…………これから潰すつもりだ」
「貴様、正気か?」
アイズは思わず尋ねてしまう。グエンは嫌いつつもこれまで長老会の命令に逆らったことはないし、叛意を口にしたこともなかった。
だからこそ許されてきたのだがそこまではっきり叛意を口にすれば長老会もただでは済ませないだろう。
「俺がこの事を長老会に報告すれば貴様は終わりだ」
「報告できれば、な」
グエンがアイズを見る目を細める。
「そもそも俺のお前への用件って何だと思う? 俺がわざわざ反乱起こす前にお前に教えてやるような馬鹿に見えるか? それとも長老会には忠実なお前さんを密告の危険を恐れずにスカウトに来たとでも?」
「…………」
「俺はな、お前を殺しに来たんだよ。先に長老会を潰すとお前に逃げる隙を与えてしまうからな」
だが今、目の前で対峙するこの状況ならば逃げようもない。
「もっとも今から無様に逃げても構わんぜ? そうするとお前は戦うこともなくこの世から消えてなくなるだけになるがな」
「貴様ぁ!」
明確な挑発にアイズは声を荒げる。
「いいだろう、元より貴様のことは気に入らなかったのだ。長老会への報告の必要などない…………この場で私が
そう叫んで指を突きつけるアイズにグエンは唇を歪める。
「悪く無い気迫だ…………初めてお前のことを好きになれそうだ」
「戯言をっ!」
吐き捨ててアイズは両手を前に構え、右足を一歩前に踏み込む…………それだけで轟音が響き、荒野がひび割れた。
「強化魔法の最高峰…………それがどれくらいか確かめてやるよ」
始まりの言葉など必要ある関係ではない。グエンが軽く手を払うとそれだけで前方を覆い尽くすような巨大な炎が生まれてアイズを吞み込んだ。
「小賢しいっ!」
けれど炎が晴れるとそこにはやけど一つ負っていないアイズの姿が現れる。その姿に全力でなかったとはいえ無傷で耐えたことにグエンは感心する。
威力の程度で言えばこの間スヴァルトの巨人機を葬ったのと同じ位はあったのだ。
「流石は第二位」
「ほざけっ!」
返すと同時にアイズのその姿が消える。強化された身体能力に任せた殆ど瞬間移動にしか見えない踏み込み。その姿は一足飛びでグエンの眼前へと現れ、拳が即座にその顔面へと叩きつけられる…………そこに二人を遮るものがなければ。
「ぐっ!?」
拳はグエンに到達する前に宙で止まった。魔力障壁。アイズの感覚では目の前に巨大な城壁が突如発生したようなものだった。
これだけ巨大な障壁を、それも彼の一撃を軽く受け止める密度でしかも瞬間的に…………そんなことをできる魔攻士を他に見たことはない。
「どうした、それで終わりか?」
「っ!」
アイズ・マグニは強化系の魔攻士であり己を強化することしかできない。つまるところからめ手で攻めるような真似は出来ず、強化した己の身体能力で真っ向から相手を撃ち破るような戦闘しかできない…………だが、それでも彼は戦略魔攻士第二位だ。
その評価は長老会の覚えの良さゆえではなく、純粋な実力と戦果によるもの。あらゆる攻撃をその強化された体で躱して弾き、あらゆる防御を粉砕する…………自己強化の極みたる最強の個という存在がアイズ・マグニという魔攻士なのだ。
「舐めるなっ!」
故に、再び振るわれたその渾身の拳はグエンの魔力障壁すら揺らす…………さらにそれは一撃では終わらない。その魔法は己を強化するという単純なものであるがゆえに、一度強化してしまえばその効果が切れるまでいくらでも殴りつけられる。
「貴様が最強の魔攻士であることは認めよう」
障壁を揺らしながらアイズが叫ぶ。
「だが、その力の使い方は全く洗練されていない!」
アイズから言わせればグエンの魔法は大雑把だ。今だってアイズの攻撃を防ぐだけならばこれほど巨大な魔力障壁は必要ない。自身を覆う程度の大きさに集中させればより強固な障壁となって揺らされることすらなかっただろう。
「お前は一人の敵を倒すのに百の力を使ってもその全てをぶつけることはできない」
その力の大きさ故か、一点に集中させるのが難しいのだ。
「だが、私は違う!」
アイズの魔法は最初から自身に集中させるものだ。百の力を一点に集中し、それをそのまま相手にぶつけることが出来る。
「お前の力が強大なのは認めよう…………だが、事一点に集中するなら私の方が上だ!」
その言葉を証明するように撃ち込まれた拳は確かな手ごたえを彼に伝える。
グエンの強固な魔力障壁が彼の拳の形に歪み、そこから亀裂とでもいうべき崩壊を始めていた。
「これで終わりだ!」
次の一撃が障壁を撃ち抜きそのままグエンの顔面を破壊する…………はずだった。けれどその拳は最初と同じように宙で止まり、彼には届かない。
「一つ、勘違いを正しておこう」
それが当然のことのようにグエンは口を開く。
「俺は別に力を集中できないわけじゃない、単純にその必要がないからやらないだけだ。派手な方が相手の心を折るにはちょうどいいしな」
その言葉が嘘ではないと証明するように、今アイズの感覚に映るグエンの魔力障壁は彼を覆う程度にのみ圧縮されていた。
城壁ほどの巨大な障壁がその大きさにまで圧縮されたのだから、それがどれほどの密度になっているのかは想像するまでもない。
「で、なんで必要ないかだが」
パチンとグエンが指を鳴らすと障壁が膨張してアイズを撥ね飛ばす。先程までとは違い巨大なドーム状に膨張した魔力障壁だったが、その密度は圧縮されていた時と変わらないとアイズの感覚は告げている。
「な、貴様!?」
「確かに俺は一人の敵に対して百の力を使って十程度しか集中できていないかもしれないがな、それなら千の力を使えばいいだけだと思わないか?」
それは単純な計算だ。百を与えたいのに十しか当たらないなら、その十倍の千の力を使えば百が当たる。
もちろんそうすると九百の力を無駄にすることになるが、力の総量が浪費しても問題ないほど大きければ関係はない。
「言い方は悪くなっちまうがな、お前が言ってるのは弱者の理論だよ」
力が限られているからそれを浪費できず効率的に使う為に集中する。
「弱者、だと!? この私がっ!?」
「弱者だよ、俺にとっちゃな」
厳然たる事実をグエンは告げる。
「確かにお前は戦略魔攻士第二位だがな…………それは俺に近しい実力を持ってるって意味じゃねえんだよ。あくまで戦略魔攻士の中では二番目に強いって意味でしかない」
結局のところ順位は実力差の目安にはなってもその差を明確に表すものではない。あくまで順位は順位。例え大人と赤ん坊であっても同じカテゴリーに入れて順位をつければ一位と二位になる。
だがそれで赤ん坊が大人に近い実力を持つとは誰も思わないだろう。
「私とお前に、そこまでの差があると言うのか!」
「ある」
冷淡にグエンは断言する。
「だからお前はそこから一歩も進めていないだろう?」
告げるグエンと合図との距離は先ほどに比べて随分と広がっていた。魔力障壁がアイズを撥ね飛ばした結果ではあるが、そこから一歩も彼はグエンに近づけていない。
それどころか、未だ広がり続ける障壁にじりじりと押し出されていた。
「じゃあ、そろそろ終わりにするか」
グエンにとってアイズは嫌いな相手だが、じわじわと嬲るような真似をするつもりもなかった。
一思いに終わらせるくらいの慈悲はある。
「私を…………殺すのか?」
自身とグエンの実力差を思い知らされ、ようやくその事実を受け入れざるを得なくなったというようにアイズの声が震える。
「そのつもりだって言っただろう?」
慈悲はあるが、その点においてグエンは意思を翻すつもりはない。
「わ、私が戻らないのが確認された時点で…………貴様が叛意を見せたと長老会に伝わるようにしておいた」
「まあ、流石にそれくらいの保険はかけておくよな」
予想はしていたというようにグエンは頷く。
「私も死ぬが、お前も確実に死ぬぞ」
長老会によってかけられた呪いは例えグエンであっても逆らえないのだから。
「それはどうかな」
けれどグエンはそれに笑って返す。
「それはどういう…………!?」
「どのみち、死ぬお前には関係のない話だ」
これ以上の話は必要ないとグエンは質問を遮る。
「じゃあな」
そして全てが赤に染まった。
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