二章 革命という名の茶番劇
プロローグ(一)
「気分はどうかね」
スヴァルト首都にある軍病院の一つ。面会の限定されたVIP用の病室で、辻はベッドに横たわるグエンへと声を掛ける。入院着を着て点滴を繋がれたその姿は間違いなく病人であり、武器などなくても容易く殺せてしまいそうに見えた。
「あんまりよくはねえな」
しかし答えるその声には確かな力がある…………そしてその意思さえ確かならば、グエンは寝たきりのまま辻を病院ごと焼き払うことだってできるはずだ。
「まあ、心臓入れ替えたって割には不思議と元気ではある」
「元の君の心臓と全く同じものを入れたのだからそれも当然だろう」
なにせ臓器移植につきものである拒絶反応などが全くない。
「クローニング、ね。複製体を生み出す魔法もあるがあっちは劣化するのが殆どだし時間が立てば消えちまう…………それを劣化もせず残り続けるものを作り出すなんて科学ってのは恐ろしいもんだ」
「その通りだ…………現に一度その科学で文明は滅んでいる」
その果てにあるのが今のスヴァルトとアスガルドの二つの国だ。
「スヴァルトもこのまま続いていけば同じ結末に辿り着く可能性はある」
「だが…………だろう?」
「その通り。だが、だ」
それでもそこに至るまでの長い間そこに暮らす人々は生き続ける。そしてその過程で違う可能性に辿りつくことだってあり得るのだ。
「アスガルドが勝つよりは人類には可能性がある…………その結論は呪いから解放されても変わっちゃいねえよ」
「それならば安心した」
「そう口にしたならちょっとは表情にも表せよ」
無表情のまま言われても言葉通りに受け止められない。
「君が心変わりしていたら相応の手段をとるまでだからな」
辻にとっては確認事項であって安堵するほどのことではないだけだ。
「へいへい、そちらも変わりないようで安心ですよっと」
殺せるチャンスならいくらでもあったのだから、互いの目的は未だ一致していると考えていいだろう。グエンとしても重要なのはそこだけであり、これから茶番とは言え殺し合いをする総大将同士で肩を組んで仲良くするつもりもない。
「それで、これからの予定も変わらずかね?」
「そのつもりだ」
するとさっと実務の話に移った辻に苦笑しつつグエンは頷く。
「体調が完全に回復したらすぐに国に戻って事を始める…………身代わりは立ててるが早く戻ってやらないとな」
必死でグエンを演じているであろう仲間はきっと胃を痛めていることだろう。
「最初は掃除からだったかな?」
「ああ、邪魔になりそうなものをまず潰して…………その後に長老会だ」
ことが起きてから逃げられては面倒な連中を最初に潰す。長老会の面々自体は実力的には大したことがないし、ある程度は最初から逃がすつもりなので後回しでいい。
「私が言うのもなんだが」
「ん?」
「君は随分と楽しそうに見えるな」
指摘されてグエンが自分の唇に触れるとそれは僅かにつり上がっていた。交換された心臓もその脈動は大きく感じられる…………確かに自分は高揚しているのだと認めるしかない事実だ。
「どうやらそうらしい」
それを素直にグエンは認める。
「まあ、考えてみれば私欲を交えて力を振るえるのは初めてかもしれないからな」
「私欲を交えて、かね?」
聞き捨てならないというように辻がグエンを見る。二人はいわば大義によって協力関係が結ばれている。
それは私欲の交わらないものであり、だからこそ本来敵同士であるはずのグエンを辻は信用したのだ。
「人間なんだから私欲は当然あるさ…………そりゃもちろん私欲のために目的を曲げる気は一切ないがな、私欲と目的が重なったら少しばかり気分が盛り上がってもしょうがないだろ?」
何せ私欲を交えても結果は変わらないので何の問題もない。
言うなれば仕事と趣味が重なるようなもので、より強い意欲を持って事に当たれる。
「具体的には?」
「戦略魔攻士第二位。こいつは選民思想の塊みたいなやつでな、スヴァルトはもちろん魔攻士でも力の低い奴はゴミとしか思ってない。かといって自分より力のある奴を認めたりもせずに嫉妬して
結局のところ自分が上位者でいたいというだけの奴なのだ。
「その小者に我々は多大な損害を被っているのだがね」
「小者の癖に実力が伴ってやがるから厄介なのさ。おまけに長老会にも忠実で覚えめでたいから名実ともにやりたい放題してやがった」
実力的にも権力的にも止められるのがグエンしかいない状態だったのでひどく手を焼かされた。
自分の伴侶になるべきはそれなりの実力者でなくては、とかほざいてリーフに手を出そうとしやがった時は本気で殺そうか迷ったくらいだ…………それがもはや迷う必要は無くなった。
「やっとあいつをぶっ殺しても問題ないと思うと、楽しくもなるさ」
「そうか」
辻はその言葉を否定はしなかった。
◇
「哉嗚、退屈です」
「退屈って…………」
ここ最近自室にユグドの端末がいる生活には哉嗚も慣れて来た。
コックピットに監禁さるよりはマシではあるが、一人で落ち着いた時間というのは消えて久しい。
しかもユグドの端末は移動以外の機能は殆ど付いていないので、大抵は彼を相手に求めて暇を潰そうとする。
「映画でも見るか?」
「なにがありますか?」
「そうだな…………」
ベッドに腰かけながら哉嗚はタブレット端末をいじる。長い戦争のせいで大規模な撮影がやれないから映画は2Dアニメや3DCGによる作品が主流だ。
軍人にとっても貴重な娯楽なので配信サービスは充実しているが、新作の発表自体はそう多くない。
「新作はあらかた見ちゃったしな…………昔の名作とかかな?」
「恋愛映画はあるのですか、哉嗚」
「…………ユグドは恋愛もの好きだよな」
哉嗚個人としては二時間近く甘酸っぱい物語を見せられるのは少々きつい。元々アクションが派手な作品の方が好みなのもあるが、この奇妙な同居人のせいで抑圧されてしまっているものを思い出してしまうからだ。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
別にそれはユグドが悪いわけではないのだが、タイミングが非常に悪かったというだけだ。おかげで哉嗚はユグドの目を盗んで彼女の機嫌を取ることに苦労させられている。
「じゃあ、見るか」
気分を切り替えようと哉嗚は適当な映画を選んで部屋のモニターに出力させる。
「入るわよ」
声と共に晴香が部屋に入ってきたのはそのタイミングだった。
「晴香!」
彼女に対して最初に声を上げたのはユグドだった。
「扉はロックしてあったはずです! どうやって入ったのですか!」
「合鍵に決まってるでしょ」
自身にカメラを向けるユグドの端末へ晴香は指に挟んだカード型キーを見せる。
「合鍵! そんなものいつの間に用意したのです!」
「別にいつでもいいでしょ」
勝ち誇るように返す晴香に、ユグドの端末が甲高い機械音を鳴らす。
「ところで哉嗚、あんたまた映画見てたの?」
「これから見ようと思ってたところだよ」
答えながら哉嗚は再生の始まっていた映画を一旦停止させた。
「そういうことじゃなくて、あんたここ最近ずっと籠りっきりじゃない」
「…………ランニングはしてる」
「そういう問題じゃないでしょ」
呆れるように自分を見る晴香に哉嗚は目を逸らす。
「しょうがないだろ、任務がないんだからさ」
アスガルドへの古代遺跡奪取作戦が終わると一転してスヴァルトは守りに入った。遺跡から入手した知識を活用するためと発表されているが、作戦で戦力をかなり損耗したのも影響しているだろう。
「それに任務があっても俺には今機体がないし」
防衛任務は当然継続されているがY―01は先の作戦で全壊している。哉嗚とユグドだけは無事だったが機体は当然廃棄。新規の機体を製造してそちらにユグドを移すという話になっており、その機体が完成するまで鶴城は休暇を与えられていた。
「そりゃ高島さんなんか怪我が治ったら即座に任務についてるらしいから、俺だって申し訳ないとは思うけどさ」
ユグドと違って彼の機体は無事だったので遊ばせておく余裕は上にもない。一応本人からは戦闘が発生しない任務を充てられているとは聞いているが、それでも自室でのんびりしている彼とは比べるべくもない。
「私が言ってるのはそういうことじゃないわよ、あんたはちょっと急ぎ過ぎだったんだから偶に休むのはいいのよ」
戦術魔攻士相手なら着実に勝利をもぎ取れることもあって、これまで哉嗚はかなりのペースで戦場を転々としていた。
本人は意欲があって苦にもしていなかったが、疲労というものは関係なしに溜まるものだ。
「ならどういう意味だよ」
「私と街にでも出かけましょうって意味よ」
「お前も暇なのか」
「…………しょうがないでしょ」
哉嗚がと同じ理由で晴香にも整備すべき機体がない。それなら新機体の開発を手伝えないかと考えたが美亜からは当然のように却下された。
整備の腕は認められているので通常の機体の整備員として戻るようにも打診されたが、そうなると恐らく鶴城やユグドとは関われなくなると思って固辞していた…………そのせいで半ば今の彼女は無職だ。
「まあ、別に出かけるのは構わないけど…………街までは厳しいな、ユグドの端末は基地から出ないように制限されてるらしいし」
哉嗚が引き籠ってるのは半ばそれが理由でもある。
「わかってるわ、だからよ」
そう答える晴香の顔は若干赤い…………つまり二人きりになりたいのだと言外に告げていた。
「まあ、たまにはそれも…………」
「なにがだからなのですか!」
同意しようとした哉嗚を遮ってユグドの端末が叫ぶ。
「哉嗚はこれから私と映画を見るのです! 晴香と街になど出かけている時間はありません!」
「それを決めるのはあんたじゃなくて哉嗚よ」
「いいえ、私です」
「それはどうかしら」
どちらも譲らずその瞳とカメラを向き合わせる…………そしてそれがしばらくして二つ共哉嗚へと向けられた。
「「どっちを選ぶの?」」
同時に、同じ言葉が彼へと向けられる。
それに返す正しい答えを、哉嗚は知らなかった。
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