二十二話 遺跡防衛
アスガルドの国土の大半は開発がされておらず草原や森林が広がっている。その理由は単純でアスガルドは首都を中心に都市を広げて行っているからだ。それは当然に思えるかもしれないが、普通であれば首都以外にも都市ができるものだ。
スヴァルトであれば資源の採掘や遺跡の発掘の為に各地に都市が作られた。それにただ一つの都市を広げて行っても地形の状態や水源の確保などで限界も出て来る…………だがアスガルドにはそれがない。魔法使いはその力でいくらでも資源を生み出せるし、地形も自分達の好むように変えてしまえる。
単純に、首都から国を広げていくということがいくらでも成立してしまうのだ。
「我が国でも自然保護活動が話題になることはありますが、アスガルドではそんな活動は一切ないんでしょうな」
目の前に広がり続ける自然に高島がそんなことを呟く。
「破壊したところで再生は容易でしょうしね…………そもそも壊す必要がないんでしょうが」
何せ偵察によれば都市どころか道らしきものすらない。彼らは前線までまともに徒歩移動なんてしないからその必要もないということなのだろう。そのせいで哉嗚たちの部隊は此処まで森を伐採しながら進んで来ることになった。
「しかし、暇ですね」
「そうですね」
すでに哉嗚たちは目的地である遺跡に到着している。遺跡と言ってもわかりやすい建物があるわけではなく地中に埋もれた扉の先にある地下施設だ。
埋蔵場所は事前に正確に把握していたらしく、ここまで護衛していた発掘隊はすでに周囲を切り開いて遺跡内部の調査に移っている。説明によれば遺跡はデータベースと工場が組み合わさっており、その遺跡に内蔵された技術の物品をすぐに生産できる構造になっているらしい。
それが終了するまで周囲の安全を保つのが今の哉嗚たちの任務なのだが、今のところ何も起こっていないのが現状だ。荒野を抜けて広がる緑の大地に侵入した時までは哉嗚も流石に緊張していたが、遺跡への到着から発掘まで何事もないと気も抜ける。
「哉嗚、油断はいけません」
「それはわかってるよ」
咎めるようなユグドの声に哉嗚は素直に頷く。油断したつもりはなかったがすでにそれで一度痛い目に遭っている…………気を引き締めているくらいでちょうどいいのだと意識し直す。
「とはいえずっと緊張し続けるのもよいとは言えませんよ」
念の為と言うように高島が忠告する。人間は機械と違い疲弊する。それが激しい行動の結果であればわかりやすいが、緊張からの緩やかな疲れは本人が自覚できないことも多い。
そして自覚のない疲弊は致命的な状況を引き起こす可能性がある。
「もちろんそれは理解しています。その為に僚機が存在しているのでしょう?」
「はは、それはその通りですな」
存外に哉嗚を休ませるためにお前が頑張れとユグドに言われ、高島は朗らかに笑う。
「…………ユグド」
「いえ、彼女は間違っていませんよ」
この中隊には三十二機もの巨人機が振り分けられているが、新型機であるY―01はユグドとヴェルグの二機のみだ。従来機でも下級の魔攻士であれば問題ないが戦術級が出て来れば被害が出る可能性が出て来る…………そしてユグドとヴェルグの間にも明確な性能差が存在するのは間違いない。
この隊で最強なのは哉嗚の乗るユグドであり、そのパイロットを万全な状態にしておくのは正しいのだ。
「理解はできますが特別扱いはちょっと」
皆が働いているのに寝ていられる神経は哉嗚にはない。
「ははは、今更だと思いますがね」
「…………わかってますが」
「こういったことは開き直ったほうが気が楽なものですよ」
普段の任務と違って今回は大隊任務だ。アスガルドに入ってから中隊規模で別れたとはいえ命令系統は大隊本部から発せられ、中隊長の判断によって行動する。哉嗚は小隊長の扱いであり当然中隊長の命令によって動く…………のだが、総司令官直々のお達しで自己裁量で動くことが認められている。
中隊長の困惑した表情が目に浮かぶようで、哉嗚は申し訳なさに一杯だった。
「あの人は……」
あの初対面以降直接会うようなことはなかったというのに、辻は哉嗚のことを忘れていなかったらしい。こんな手回しをしてくるくらいなのだから、哉嗚が英雄であることを未だに望んでいるに違いなかった。
「いいじゃないですか哉嗚」
「なにがだよ」
口を挟んできたユグドに哉嗚は少し刺々しい口調になる。彼自身は自分を英雄だと思ったことはないし、これからそうなることを望んでいもいない。
「これで彼女が現れても
「…………それはまあ、そうか」
淡々としたユグドの言葉に哉嗚も納得する。戦略級魔攻士が現れたらまともな指揮官なら撤退を命令する。時間稼ぎの殿をさせるにしても貴重な新型機ではなく従来機を使うはずだ。
しかしそれは哉嗚とユグドの目的には反する…………総司令官による自己裁量権が認められてなければいらない混乱を引き起こしていたかもしれない。
「宮城中尉は…………お二人は本当にリーフ・ラシルが現れたら戦うつもりなのですか?」
「そりゃ戦いますけど」
「当然です」
何を今更と言うように哉嗚とユグドは即答する。哉嗚とユグドがリーフ・ラシルを目的としていることは以前から高島にも告げている。
「いえ、もちろんそれは存じていましたが…………なんというか今になってその実感が湧いてきたといいますか」
その目的や決意を立派と思い
「勝算は、おありなのですか?」
そうなると次に浮かぶのはその疑問だった。戦略魔攻士はこれまでスヴァルトにおいて倒すどころか一矢報いる事すらできていない相手だ…………それを成せた唯一の存在が哉嗚なわけだが、それも限定的な条件を生かした奇襲であり二度通用するようなものではない。
少なくとも乗機であるヴェルグを基準とするなら、戦略魔攻士には手も足も出ずに負けるだろうと高島は冷静に分析していた。そしてユグドとの間にある大きな差も戦略魔攻士相手には誤差程度のものだと感じられる。
だがその答えを聞くよりも前に、敵襲があったことを告げる通信が耳に届いた。
◇
敵は数だけはこちらに対抗して揃えたというべきなのだろう。レーダーに捉えられた反応から分析された情報で敵魔攻士の数は五十人規模であると表示されていた。それだけの数の魔攻士が徒党を組むことなどこれまで哉嗚も遭遇したことはない…………だが、恐怖は覚えなかった。
「全員、悲壮な顔をしてるな」
モニターに映る彼ら魔攻士の顔は青ざめていると言ってもいい。その理由は考えるまでもない話だった。彼らの接近を察知して調査隊を守る巨人機三十二機は全てが配置についてすでに臨戦態勢。周囲の地形も事前に木々を伐採して巨人機の動きやすい平地となっている…………数だけなら勝っていてもそこに突っ込むなど正気の沙汰ではないだろう。
しかしなぜだか哉嗚にはそれが理由ではないように感じられた。
「怯えてる?」
彼らは巨人機ではなくもっと別のなにかに怯えているように見えた。そしてその何かの為に勝ち目のない戦いに挑まざるを得ず絶望しているように感じられた。
「む、動いたようです」
高島の言葉通り魔攻士達が一斉にこちらへと向けて突撃を始めた…………それもやはりおかしい。あれだけ人数がいてあの場所から攻撃できる魔攻士がいないはずもない。それぞれの射程を無視して一斉に突っ込んで来るなんてただ死ぬために来るようなものだ。
「何かの罠の可能性がある。各自十秒後に一斉射、近づけるな」
中隊長からの通信。ただ死ぬために突っ込んで来るはずなどないから、罠と読むのは正しい判断だ。これまでの例にはないが自爆の可能性だってある。
「撃て」
その通信を合図に一斉に巨人機達が魔攻士に向けてレーザーを撃ち込む。哉嗚と高島も躊躇うことなく集団の中心に向けてその手のトリガーを押し込んだ。三十二機もの巨人機から発せられた光の筋は膨大な奔流となって魔攻士の集団を押し流す…………彼らが抵抗したのかどうかもわからなかった。
ただ魔攻士の集団がこの世から消え失せて、その後ろの森林も消し飛ばして長い道を作り出したという事実だけが残った。
「終わりのようですね」
しばらくして高島から通信が来る。結局彼らは消滅しただけで何がしたかったのかわからないままだ。彼らを囮としての奇襲の可能性も警戒はされていたがレーダーにはそんな反応すらない。
本当に彼らはただ死んだだけだった。
「…………」
「宮城中尉?」
「なんていうか、うんざりしますね」
思わずそんな言葉が口から洩れる。
「ずっとこんなことの繰り返しだ」
巨人機は強い。ほとんどの魔攻士を一方的に殺してしまえる。だがその仕返しのように一部の戦術魔攻士や戦略魔攻士は巨人機を紙のように破壊する。強者が弱者を一方的に蹂躙することだけがひたすらにこの戦争では繰り返されている。
もちろん哉嗚だってその一因であることは自覚している。それが戦争だし今後も躊躇うことはないだろう…………けれど、今みたいなものを見るとうんざりはするのだ。
「高島さん」
「はい、なんでしょうか」
「さっきの話なんですけど」
「さっきというとリーフ・ラシルに対する勝算の話ですか?」
「ええ」
魔攻士の襲撃で途切れてしまった話題だ。
「実のところ勝算なんて全くないです」
正直に、哉嗚はその思う所を口にした。
「そんなことはありません、哉嗚」
それに即座にユグドが口を挟む。
「本当にそう思うか、ユグド」
「…………もちろんです」
答えるまでの間が如実に真実を表していた。この機体の強さは良く知っているが、がそれでも哉嗚に勝算は全く浮かんでいない。
確かに哉嗚は初搭乗時にこの機体ならとリーフ・ラシルに勝てる可能性を見出した…………だがその後幾度もの出撃を経て、現実的な目から見れば無謀であるとも理解を深めた。
今回の改修によってユグドの引き出せる出力限界は大幅に向上したし、機体の強度もかなり上がっている。恐らくではあるが本気でやればヴェルグに何もさせないで勝てるくらいの性能差ができた…………相手が戦術魔攻士であればそのほとんどに勝てるだろう。
だが一度体験したから哉嗚は知っている。戦略魔攻士は、リーフ・ラシルは哉嗚らの常識の何歩も上を行く存在だと。
「勝算がないのなら、彼らと変わらないのではないですか?」
今しがた無為に消えていった魔攻士を高島は例えに出した。無謀ですらない無為。文字通りのただ無駄に死んでいくだけ。
「彼らとは違います」
それだけは確信を持って哉嗚は言える。
「俺は少なくとも生きて戻る気ではいますよ」
約束したのだから、それだけは違えない。
「死ぬ気ではないと?」
「はい」
「それならばそもそも戦うべきではないと私は思いますが」
はっきりと正論を高島は口にする。
「巨人機は兵器です。兵器の素晴らしいところは常に安定した性能を引き出せることです…………ですがそれは一定以上の性能は引き出せないという意味でもある」
「知ってます」
身も蓋もない言い方をしてしまえば兵器は勝てる相手にしか勝てない。もちろん技術や策によるぶれは存在するだろうが、その範疇にない相手はやはりどうにもならない。
「戦場に奇跡は存在しません」
高島は断言する。
「あなたの成し遂げたことは奇跡的ではありますが、実際はただ相手が油断しただけです」
「知ってますよ」
あえて冷たい言い方をする高島に哉嗚は口元を緩める。初対面の時から思っていたがこの年上の部下は随分と人が良い…………家では子煩悩な父親をしている姿がなんだか思い浮かぶ。
「それでも、です」
だが哉嗚も子供ではない。自分で決めたことは貫く。
「憎しみですか?」
「それもあります」
成す術もなく蹂躙された先輩たちや隊長の姿を哉嗚は忘れたことはない。
「でも、それだけじゃないです」
ユグドに乗った時はそれだけだったけれど、今は色々なものを抱えている。
「だから、逃げるわけにはいかないんです」
勝てなくとも、挑んでこの戦争に勝つ何かを見つけなくてはならない。
「わかりました」
それでも高島は納得してなかったが、哉嗚を止められないということだけ納得していた。
「哉嗚」
話の終わりを見計らったわけではないだろうが、ユグドが声を掛ける。
「来ました」
短く、ただその時が訪れたことを彼女は告げた。
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