二十三話 再会
あれから、グエンが事前に知らせた通りリーフには長老会からの命令が通達された。その内容はアスガルド領内に進攻して来たスヴァルト軍の殲滅。とはいえスヴァルトは複数に分かれて侵攻して来ており彼女が任されたのはその内の一つ。緑の死神とかいう新型機が確認されている地域だった。
だがそんなものはリーフにとってはどうでもいい話だ。新型機もリーフの相手にはならないとグエンは見立てているし、躊躇わず殲滅するようにも言われている。いつものように自身の魔法で蹂躙するだけなのであれば数や質が多少違っていても変わらない。
しかし一つだけ問題だったのは長老会から部下として五十名もの下級魔攻士が派遣されたことだった…………正直いらない。自分一人で充分な状況なのに通常の巨人機にすら勝てない連中を五十人も連れて行くのは邪魔なだけだ。
「邪魔、そう…………邪魔なの」
これまでであれば後方にでも待機させていたが、今回は駄目だ。グエンとの会話でリーフも少しばかりものを考えるようになっている。
もしもあの少年がいたなら自分は上手い具合に見逃すつもりでいるが彼らは違うだろう…………恐らくリーフがスヴァルト軍を壊滅させたまら少しでも手柄を上げようと残党狩りに走るはずだ。
もちろんそれを止める権限が彼女にはあるが、後で長老会に報告されても問題ない理由は浮かばない。
だからリーフは彼らに関しては諦めることにした。そうすることは彼女の趣味ではないが、元々リ彼女にとってあの少年以外はどうでもいい…………無駄に死んでもらうことに何の
「うん、これでよし」
彼女の命令に逆らえず下級魔攻士達は無謀な突撃をして全滅した。これで後はあの少年がいないか確認をしながらスヴァルトの部隊を壊滅させるだけだ。
「…………確認」
呟いて、考える。彼女にとって敵を全滅させるだけなら簡単だがあの少年を間違って巻き起こんでしまうことは避けなくてはならない…………だが、巨人機に乗っているであろうあの少年を目視で判別するのは不可能だ。かといって一機一機巨人機の中身を開いて確認するわけにもいかない。
そもそもグエンほどではないにしてもリーフだって手加減は苦手なのだ。頑張ればできるかもしれないが、巨人機のパイロットだけが全員生き残ったりすればあまりにも不自然だ。
「んー…………まあ、彼ならきっと大丈夫」
しばらく考えてリーフはそう結論を出した。あの日、本気でないとはいえ手加減無しの彼女の魔法からあの少年は生き残った…………で、あれば同じくらいの魔法であればまた生き残るに違いないとリーフは判断する。
恐らくスヴァルトを含めても宮城哉嗚に対する彼女の評価は群を抜いて高かったがゆえに。
何の
◇
ユグドの警告を聞いて即座に哉嗚は中隊長へと撤退を具申する通信を送った。
戦略魔攻士三位が迫っているという報告に中隊長は懐疑的であったが、そこは総司令からのお墨付きを
それでも総司令官から特別視されているというその事実と、殿として自分が残るという覚悟には確かな効果があったようだ。
「本当に残られるのですか?」
最後の確認と言うように高島が尋ねる。
「はい…………どのみち誰かが足止めしないと全滅ですしね」
戦略魔攻士から単純に逃げるのは不可能だ。かといって従来機を何機足止めに残したところで稼げる時間はゼロに等しいだろう。それでも中隊長からすれば貴重な新型を犠牲にしたくはなかっただろうが、そこは哉嗚の与えられた自己裁量権が効いた形になる。
「それならやはり私も」
「逃げる皆を守るのにヴェルグは必要ですよ…………正直に言えばどれだけ後ろへの被害を抑えられるかは俺にもわかりません」
勝算はないとは言ったが哉嗚はすぐにやられはしないとも思っていた。機体が大破したとはいえ一度はリーフ・ラシルの魔法から生き延びた経験は無駄にはならないはずだ。だがそれは彼個人に限ってのもので周囲の被害は別だ…………あれは単機で防ぐにはあまりにも規模が大きすぎる。
「…………了解しました」
ユグドに及ばないとはいえ従来機に比べればヴェルグの性能は遥かに高い。全体を守ることはできないにしても中隊司令部だけなら守って逃げ切れるかもしれない…………今回の侵攻の目的は遺跡に眠るデータの確保だ。
回収されたデータだけは何としてでもスヴァルト本土へと送り届ける必要がある。
「行ってください」
「ご武運を」
その通信を最後にヴェルグが後方へと下がっていく。哉嗚はその姿を追うことはせずに真っ直ぐ前だけを見つめていた。魔攻士達が焼き払われて出来た道の先にはまだ何者も映ってはいない…………けれど、腹の底が痛むような予感はあった。
「さあユグド」
「はい、哉嗚」
声を掛けるとすぐにその声が返って来る。
「俺たちの目的を果たそうか」
「もちろんです、哉嗚」
その会話だけで少し緊張がほぐれるようだった…………やはり戦場で一人でないというのはとてもありがたい。
そう思うのと同時にモニターに映し出された風景が揺れ始める。まるで地震でも起きたのかと思えるその振動に哉嗚は覚えがあった。
「ユグドっ!」
叫ぶと同時に周囲の光景が一変する。大地が砕けて元々あった森林を飲み込むように巨大な木々が蠢く樹海が突き上がって現れる。まるで生きているが如く機体を飲み込もうとするその木々をすり抜けるように哉嗚は操作して躱していく…………思考する余地はそこにない。
ただ反射的にそうするべきだと思った方向に機体を動かすだけだった。
「こんなの滅茶苦茶ですっ!」
悲鳴のようにユグドが叫ぶ。もちろんデータとしてその規模と威力は彼女も把握していたが、体験すると改めてその滅茶苦茶さが実感できた。
哉嗚の神がかり的な反応があるからこそ、彼女の補正と斥力障壁の展開で辛うじて樹海に呑み込まれずに済んでいる状態で…………笑えないのはこれがユグドを狙った攻撃ではないことだ。
一機に集中したわけではなく、その攻撃範囲全てがこの密度で樹海に圧し潰されている。
「がぁあああああああああああああああ!」
叫ばないと正気が保てないとばかりに哉嗚が叫ぶ。全神経はこちらを押し潰そうとする木々を避ける事に特化していて自分でも機体をどう動かしているか把握できていない。けれどその感覚は以前にも覚えがあった…………あの時に比べれば機体の性能差だけ余裕ができるはずなのだ。
「っ…………ユグド!」
半ば無意識的な操縦を維持しながら何とか思考の余地を作り、哉嗚は相棒の名前を呼ぶ。
「はい、哉嗚!」
「前に、出る……ぞ」
このまま避け続けても現状は変わらないし部隊は守れない。最低でもリーフ・ラシルには全体ではなくユグド単機を狙ってもらわなくてはならないのだ…………その為には前に出て攻勢を仕掛ける以外にはない。
「了解です、哉嗚」
計算では可能とは思えなかったがユグドは承諾する…………そもそも現状だって奇跡のようなものなのだ。哉嗚がこちらを押し潰そうとする木々に対して先行した操縦指示を出しているからこそまだ自分達は生き残っている。
自分の反応と計算だけであればとうの昔に圧し潰されているであろうことを、ユグドはよく理解していた。
「斥力展開を機体ギリギリまで絞ります。その分衝撃で揺れますが堪 《こら》えてください」
「了、解!」
答えると同時に哉嗚は操縦桿を前へと倒す。真下から競り上がって来た大木の側面を蹴り飛ばすように機体は前へ、真横から、真上から、斜めからうねるように空間を埋めていく枝木をすり抜けるように全身を開始する。
ガッ
肩部を掠めるように槍のように尖った太い枝が通り抜けていく。衝撃で機体が揺れるが構わずに哉嗚は前を見据える。
「レーザーガンを視線誘導に!」
返答を聞く前に哉嗚は視線を巡らし、その動きに合わせるようにユグドが腰から引き抜いたレーザーガンで前を塞ぐ木々の網を切り裂いていく。前に、前に、絶え間なく押し寄せる木々を蹴りそれを推力に足してさらに加速する。
「圧力増大します」
進めば進むほど樹海は密度を増していく。おまけに通常の木々に加えて食虫植物のような形状の植物が混ざり始め、さらには弾丸のように種子を飛ばしてくるものまで現れ始めていた。機体を揺らす振動はどんどんと大きくなり、障壁越しに機体へのダメージが出始めていることをモニターに表示された数値が示している。
「跳、べぇえええええええええええええええええ!」
判断は瞬時。駆け上がるように迫る木々を蹴り、斬り、前へ進みながらしかし上へ上へと登っていく。数秒と経たないうちに緑の海を抜けて空間が開けるが、下からだけではなく樹海の全体がユグドを引き摺り下ろそうと無数の木々を触手のように伸ばして追いすがる。
「下部に斥力障壁を全力で展開します」
「拡声器をオンに!」
もはや会話する余裕もなく哉嗚はただ指示だけを飛ばす。
「可能な範囲でレーザライフルを最大出力」
ユグドも返答するより前に哉嗚の望む通りに機体を操作する。
「…………」
一瞬の空白、現在の状況の何もかもを忘れたように哉嗚は大きく息を吸い込む。
「リィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイフ・ラシルっ!」
拡声器で増幅された哉嗚の声が樹海全体に響き渡る。
「俺は此処にいるぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
その宣言に何の意味があるのか哉嗚自身にもわかっていなかった。ただそうすることが自分に注意を引き付ける最善の方法だと直感していた。
「…………くたばれ」
そして最後に小さく呟いて、哉嗚はトリガーを押し込む。
未だ視認もできないリーフ・ラシルへと目掛けてそれでも膨大な光の奔流が放たれた。
◇
「あはっ」
自身の生み出した樹海に響くその声にリーフは思わず笑みをこぼす…………正直なところずっと不安ではあったのだ。
あの時であった少年の生きる輝きに魅せられたからこそリーフはグエンの目的に従った。けれど果たしてあの少年は今も同じ輝きを保っているのだろうかと。
もしかしたらあの後心折れて自殺しているかもしれない。そうでなくとも状況に絶望して輝きを失っているのではと可能性はいくらでも考えられた…………再会を望みながらもそれを確認することがリーフにとって不安だった。
「やっぱり君は素晴らしい!」
頬を紅潮させてリーフは叫ぶ。心折れるどころか彼はずっと絶望に抗い続けていたのだ…………そして今また絶望でしかないはずのリーフへと挑みに来た。
ああ、なんて
そんな彼が自身を憎む感情を隠すことなく伝えて来る…………自分を見ている。そう理解するだけでリーフはにやけが止まらなかった。愛情も憎しみも表裏一体。少なくともこの世界で今一番彼に感情を向けられているのは自分なのだ。
「全部受け止めてあげる」
その言葉のままにリーフは両手を広げる。まるでそれを待っていたように緑色の巨人機はその手のレーザーライフルから彼女目掛けて光を放つ。
それはこれまで彼女が相対して来た巨人機の放つそれとは比べものにならない光の奔流。けれどリーフは生み出した樹海をあえてどかして己までの通り道を作りだす…………まるでそんなもので受け止めるなんて無粋だとでも言うように。
そして閃光が彼女へと到達し…………辺り一面を光が包み込んだ。
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