二十話 決戦前夜

「おい、リーフ」


 相変わらず何もないその部屋に呆れながらグエンはリーフへと声を掛ける。寝具もないので床に眠る彼女は無造作に毛布に包まっているだけだ…………とてもこの国で有数の権力を持つ戦略魔攻士とは思えない。


「起きろ」


 眠りが深いのか声を掛けても僅かにむずがるのみだった。無防備で警戒心がないことこの上ないが、承諾を得ずに侵入した立場の人間が考える事ではないだろう…………しかし相変わらず色気がない。

 事あるごとにしっかり喰うように言っているがあまり守ってはいないようだ。


「…………仕方ない」


 触れることははばかられてグエンは指を鳴らす。すると小さな火花が眠るリーフの鼻先で起こった。響くような音はしていない…………けれど弾かれたようにリーフは目を覚まして後方へと飛び退く。反射的に障壁も展開しているようで、魔力への反応はさすがとしか言いようがない。


「グエン?」


 しかしすぐに相手に気づいて警戒を解いた…………早すぎる。これで自分が裏切って彼女を暗殺に来たのだとしたらどうするつもりなのかとグエンは心配になる。


「何の用?」


 いつもと変わらない声色にグエンは肩を竦めた。


「前にも言ったと思うが勝手に部屋に入られたら文句の一つくらい言え」

「…………寝るのを邪魔されるのは好きじゃない」

「そういう方向ではないんだが」


 もっと乙女らしい文句が必要なのだ。


「どういう方向?」

「…………貞操観念ってわかるか?」

「?」


 リーフは首を傾げる。


「わかった、今度教育に適した奴を連れて来る」

「よくわからないけどそうして」


 リーフが頷く。


「鵜呑み過ぎる」


 相変わらず安心できない少女だ。


「何か問題あるの?」

「とりあえずアイズの野郎が同じことをしてきたら全力で抗って俺のところまで逃げて来い」

「ん、わかった」

「よし」


 とりあえずはこれでいいとグエンは本題に入る。


「最近スヴァルトの動きが弱まってる」

「…………うちが勝ってるってこと?」

「うんにゃ」


 グエンは首を振る。


「単純に向こうからの接触が減ってるだけだ。運悪く鉢合わせた連中が大体負けてるのは変わってない…………問題は新型機で勢いに乗ってるはずのスヴァルトが何でいきなり消極的になったか、だ」


 新型機の活躍で勢いづいていたのに急に大人しくなったのだから裏があるに決まっている。


「資源が、限界…………とか?」

「そう思いたい奴らは多いらしいがな」


 実際に前線に出されている下級の魔攻士達は淡い希望に縋っているらしい。


「違うの?」

「全然違う」


 現実とは基本的に希望を裏切るものなのだ。


「大きな戦いが控えてたらまず休んで万全の態勢を整えるもんだろ?」

「…………なるほど」


 納得したようにリーフは頷く。


「大規模侵攻が、起こる?」

「そういうことだな」


 答えながらグエンはリーフの表情を確認する。アスガルドの人間であれば畏怖すべき話のはずなのだが彼女の顔は何かを期待するように紅潮している。恐らくはの少年兵とやらに再会できるかもしれないと考えているのだろう。


「リーフ」

「ん、何?」

「言っておくが俺はまだ負けるつもりはないぞ」

「…………そうなの?」

「当たり前だ」


 確かにグエンはこの国が負けることを望んでいるが、負け方は選ぶつもりなのだ。少なくともアスガルドが一方的に滅んでお終いなんてことにするつもりはない。


「それに向こうもいきなり首都に攻め込むつもりはないだろう」

「そうなんだ」

「…………お前、今まで俺が話したことをちゃんと覚えてるか?」

「覚えてるよ?」

「ならそれを活用してくれ」


 頼むから。


「首都なんて攻めたら防衛に俺が出されて全滅するだけだろう」


 自信過剰ではなくそれはただの事実だ。そしてスヴァルトの上層部は賢明にもそのことを理解している…………それなのに首都侵攻などという無謀は侵さないだろう。


「新兵器、とか」

「流石にあの新型機以上のものが簡単に出来るとは思えんね」


 そしてその新型機もグエンであれば敵ではない。


「ならなんで?」

「俺を倒せる可能性のある物を見つける為、かな」

「?」


 リーフは首を傾げる。


「それに関してはクソ爺どもから説明があるだろうからそっちで聞け」


 あえて答えずにグエンはそう言った。事前に説明したらリーフはどこでそれを聞いたのかという話になるだろう…………そんなそぶりを見せないという期待は彼女にはできない。


「私にクソ爺どもが説明…………つまり」

「ああ、侵攻の撃退にはお前が召集されるだろう」

「そう」


 リーフが一瞬迷うような表情を見せたのをグエンは見逃さなかった。


「言っておくが、負けるなよ」

「っ!?」


 釘を刺すような言葉にわかりやすくリーフが反応する。


「なんで」

「お前の気持ちはわかる」


 リーフとグエンの目的は方向性こそ似ているものの決定的に違う。彼はあくまで全体のことを考えての行動だが彼女は個人的なことが目的だ。戦場で出会った巨人機のパイロットである少年兵のためだけにスヴァルトを勝たせようとしているわけで…………そのためであればグエンの意向もお構いなしに負けることもするだろう。


「だがそれはその少年を助けることにはならんぞ」

「…………どういうこと?」

「ここでお前が負ければ間違いなくアイズか俺に出撃命令が下るからだ」


 さすがに侵攻されて切り札を温存し続けることは長老会だってしない。


「アイズはもちろんとして俺も手加減なんか出来ないからな、お前がわざと負けたところでその少年は確実に死ぬ…………そもそも俺はそいつの顔も知らん」


 仮に顔を知っていてもリーフが死んだならグエンにとってその少年に価値はない。わざわざ探す真似はせずに有象無象と一緒に焼き払うだろう。


「どうすればいいの?」

「勝て」


 端的にグエンは答える。


「お前が侵攻軍を全滅させてお目当ての少年がいたらそいつだけ生かせばいい。俺と違ってお前の魔法なら多少の討ち漏らしが出たっておかしくはない」

「うん」


 グエンの魔法は全てを焼き払うがリーフの魔法は樹木で蹂躙するという違いがある。これまでも一々確認はしていなかったが件の少年のように生き延びていたパイロットが皆無でもないはずだ。

 それでも軍の大半さえ葬ってしまえば多少の生き残りが出ても長老会は気にはしない。


「彼の為に…………勝つ」


 一貫した感情の元にリーフは決意する。彼女にとってあの少年の為になるならスヴァルトの軍を生かそうが殺そうがどちらでもいい…………当の本人であるその少年の心情にまで思考が回らないのがその対人スキルの低さゆえだろう。


「一応、油断はするなよ」

「新兵器はないんじゃないの?」

「ないだろうが、新型機もいるからな」

「…………新型機」


 リーフは首を傾げる。


「強いの?」

「少なくとも戦術魔攻士じゃまともに勝つのは難しいみたいだな」

「それはすごい」


 素直にリーフは感嘆する。


「だがまあ、まともにやらなければ勝てる可能性はあるという意味でもある…………その程度のレベルなら戦略魔攻士にとっては相手でもない」

「なのに、油断は駄目なの?」


 別にリーフも油断するつもりはないが、グエンの物言いはその言葉とは裏腹に新型機の実力が彼女に届きうるものと言っているように思える。


「こう言っちゃなんだが嫌な予感がある」

「私に何かあるかもってこと?」


 魔法使いにとって勘とは馬鹿にできないものだ。グエンは火の魔法の使い手で予知魔法の素養はないが、本能的に何かを感じている可能性は否定できない。


「そういうのじゃないんだが」


 けれどグエンは首を振った。


「なんか気持ち悪いんだよ、その新型機のことを考えるとな」


 まるで嫌悪するものを見るように、グエンはどこか遠くへと視線を向けた。


                ◇


 開発室の明かりは全て落とされて暗闇に包まれていた。当然人の気配などあるはずもなくその広い空間は唯々静かな時間だけが過ぎていく…………そんな中で一つだけ活動を続けているものがあった。

 形式番号Y―01機体名ユグド。それに宿る者。


「…………また、ですか」


 スピーカーに通さず意識の中だけで彼女は呟く。時刻を確認すると深夜の三時。念の為にセンサーを起動して周囲を確認するが人影のようなものはない。システムは外部からの介入ではなく自動的に起動したと考えるのが自然だ。

 こんな風に突然システムが起動することは度々あった。その為晴香に似た事例がないか尋ねたことはあったがらそんな記録はデータ上には残ってないし、そもそも自動的に起動することなどありえないと否定された…………無能な女め。


「哉嗚」


 暗闇の中でユグドは彼の姿を思考する。自分のパイロット。志を同じくする存在。今すぐ呼び出して話したい気持ちが浮かんでくるが、流石にそれが常識外であることはユグドも学習してきていた。


「疲れているはずですしね」


 改修後から続くテストで本来あるはずの休暇を哉嗚は潰している。それでも文句の一つもい合わないのは目的を果たせることが近いと彼も感じているからだろうか。


「リーフ…………リーフ・ラシル」


 二人で倒すべき戦略魔攻士の名前。データ上でしか知らないはずの存在なのに、なぜだかユグドは彼女を倒さなくてはいけないと確信していた。それはあの時、哉嗚から初めてその生を聞いた時に直感したことだった。


「不合理です、不合理的ですが果たさなくてはなりません」


 AIであるはずの自分がそんなことに囚われるのはおかしいが、湧き上がるその感情とも呼べるものは否定できない。


 ユグドにとって彼女存在だけは許容できないのだから。


 それがなぜかは思考しても答えは出ない。


「直接確認すればわかるのでしょうか」

 

 そうであればいいと思考しながら、ユグドはY―01のシステムを自身でダウンさせた。

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