十九話 決意
「へたれ」
「…………うるさい」
結局哉嗚は逃げるように晴香を連れてあの場を立ち去った。通行人たちもさすがに二人を追いかけるほど興味があったわけではなく、すぐに視線も消えた。しかしなんとなくそのまま外にも居づらかったので見かけたゲームセンターに哉嗚は飛び込んだのだった。
「乙女の告白からそう長く逃げられるとは思わないでよ」
「…………」
睨む晴香から哉嗚はそっと目を逸らす。基地にも慰安用の遊戯室はあるがやはり首都で商売として行っている場所はまるで別物だ。まず規模が全然違うし、置いてあるゲームの種類も最新の物が並べられている。
「ん、あれは巨人機のゲームか?」
アーケードゲームや様々な体感型のゲーム台が置かれている中で、ひと際目立つ場所に巨人機のコクピットを模したゲーム機が置かれていた。体感ゲームのほとんどは軍事用のシミュレーションを流用しており非常にクオリティが高い。
その中でも巨人機のものは人気があるようで外部モニターからの観戦も含めて人だかりができていた。
「せっかくだからやってみたら?」
「…………一応プロのパイロットなんだが」
年齢だけで見れば哉嗚はこの店の客層とそう変わらない…………しかし彼はれっきとした軍人であり正規の訓練を受けて実戦に出ているパイロットだ。首都で平々凡々と暮らしている彼らとはさすがに積み重ねたものが違う。
「だから本職の実力を見せつけてあげればいいじゃない」
「その妙な笑みが気になる」
どこかからかうような雰囲気で晴香は笑って哉嗚を見ていた。どう見ても男として煮え切らない彼に対して少し意趣返しをしてやろうという笑みだ…………まあ、いいかと哉嗚は溜息を吐く。悪いのが自分であることは彼もよくわかっていた。
「いいさ、訓練代わりだと思えばちょうどいい」
職業病だと自分でも思うが数日何の訓練すらしていないと落ち着かない。軍で使っているシミュレーターとは勝手が違うだろうが感覚を鈍らせないくらいの役には立つだろう。
「ふふ、頑張ってね」
「…………見てろよ」
何の意図があるかはわからないが哉嗚は全力で取り組むだけだ。
そしてその結果はこれまでの実績が保証している…………はずだった。
YOU LOSE
だが順番待ちが終わっていざ筐体に乗り込んだ数分後、画面には見間違えようもなくそう表示されていた。何かのバグとかではなく、言い訳のしようのない完敗であることは哉嗚自身が一番よくわかっていた。
「…………」
なんだ初心者だったのかという視線を向けられながら哉嗚は筐体を出た。半ば呆然とした顔で戻ると晴香はしてやったりという顔をしていて彼は
「まともに動かせなかったぞ、あれ」
その方が盛り上がるからだろうが敵は魔攻士ではなく巨人機同士の対戦だった。しかし問題はそこではなく操作性だ。軍用のシミュレーターを流用しているだけあってコクピットの再現度は高く哉嗚にほとんど違和感はなかった…………しかしいつも通り動かしているはずなのに機体は思い通りに動いてくれなかったのだ。
そのせいで角に引っかかるわ壁に激突するわ段差で転ぶわで散々だった。
「それはね、AIが違うからよ」
そんな哉嗚の様子をおかしそうに見ながら晴香が答える。
「ユグドが高性能なのは知ってるけど、俺は従来機にも乗ったことはあるぞ」
その時は別に普通に操縦できていた。
「ユグドに限らず軍用との違いってことよ」
「…………どう違うんだよ」
「軍用の方が高性能…………というよりゲーム機の方は意図的にAIのサポートを落としてると言った方が正しいかな」
巨人機の操縦は基本的にAIのサポートがあって成立している。人型の大きな機械を完全に手動で操縦しようと思ったら非常に複雑な操縦機器が必要になって来る。そんなものをまともに操縦してられないので巨人機は簡易な操縦機器で大雑把な指針を決めて、その指針を元にAIが機体を動かすというシステムになっている。
本来であればそのサポートによって角に引っかかりもしないし、壁に激突することも段差で転ぶようなこともないのだ。
「なんでわざわざそんなことするんだ?」
あの結果になった理由は分かったが、そうする理由が哉嗚にはわからない。
「そんなの操縦にパイロットの技術を反映させるために決まってるじゃない」
「…………ゲームとして面白くするためにか」
「そういうことね」
極端な話を言えば軍用の巨人機は誰に操縦させても指示したのと同じ動きができる。パイロットに求められるのは戦闘時の判断だけなのだ。しかしそれだとゲームとしては少し面白みに欠けるのであえてAIのサポートを落として操縦の難しさもゲーム性にしているのだろう。
「つまりAIのサポートに頼りきりの哉嗚じゃ勝ち目なんてなかったってこと」
それがわかっていたから晴香は少しばかりの腹いせにと哉嗚へ勧めたのだ。
「パイロットとしての技能はこのゲーム機で遊び慣れてる一般人の方が上ってことか……」
プロであると粋がったぶん情けなくなってくる。
「まあ、軍用機でAIのサポートレベルを下げる事なんかないから気にする必要はないけどね」
ささやかな仕返しに気が済んだのか晴香がフォローを入れる。ゲームはあくまでゲーム。実戦でそんなことをしてもパイロットの負担を増やすだけだ。
むしろそんな状態に慣れられても困るから基地の遊戯室にもこの系統のゲームは置いていない。
「理屈はわかるがそれだと誰が乗っても同じじゃないのかって気がする」
「そこは前に高島さんも言ってたじゃない。大事なのは状況に対応する判断力だって」
ぶっちゃけた話巨人機はAIによる自動操縦だけでも動かせる。それでもあえてパイロットして人間を乗せているのは魔攻士が機械の判断だけでは対応できない相手だからだ。
個性豊かな魔攻士達に即座に対応する柔軟な判断こそがパイロットに求められる資質だ。
「パイロットの適性検査はそんな感じじゃなかったけどなあ」
巨人機は量産されているが兵士全員がパイロットになれるわけじゃない。整備運用出来る数には限りがあるので適性を見極めて振り分けられる。哉嗚もそういった検査を経て巨人機のパイロットに選ばれたわけだが…………どちらかといえば健康診断のようなもので判断力を計っているように思えなかった。
「医学的にわかる要素で選んでるのかもね」
「例えば?」
「哉嗚はすごく勘がいいじゃない」
「…………それは検査ではわかることなのか?」
哉嗚は確かに勘がいいし、それを昨日のように持論にもしている。だがなぜそう思うのかを説明するのは無理だし、体を調べて証明できるようなものではないのではと思う。
「公開されてない技術なんていくらでもあるわよ」
「隠す理由が無いだろ」
勘が優れているものを判別できるなら別に堂々と公開すればいい。その素養はパイロットとしては間違いなく役に立つものなのだから。
「隠す理由があるのかも」
「何のために」
「さあ」
晴香は肩を竦める。
「整備員にすら明かせないブラックボックスがある連中だもの」
なにをやっていたっておかしくないと晴香は思う。
「流石に穿ちすぎだろ」
「だといいけどね」
不機嫌そうに晴香は鼻を鳴らす。最近口にしてはいなかったがユグドのブラックボックスの件は未だに納得していないようだ。
「あー、それよりほかのゲームでもやらないか?」
話題を変えるように哉嗚は提案する。またやったところで巨人機のゲームは勝てない。練習すればそれなりにはなるだろうが混んでいてそれもままならない…………第一軍用と違う仕様で変な癖をせをつけるのもまずい。ここは素直に撤退して他で楽しむべきだろう。
「じゃ、あれ」
「…………ゲームじゃなくないか?」
晴香が指さしたのはゲームではなく写真を取ってシールにする機械だ。普通のゲーム機とは少し離れたところに色々な機種がまとめて設置されており、利用しているのは女子や男女のカップルたちで明らかに毛色が違う。
「嫌なの?」
「…………別に嫌じゃないが」
気恥ずかしいだけだ。
「そ、なら行くわよ」
晴香に手を引かれるままに哉嗚はその場を離れた。
◇
哉嗚はもちろんのこと晴香も使ったことはなかったようだが、まあ基本的に画面に出た説明の通りにやれば出来るようにはなっている。
「そもそもなんでシールなんだ」
「そりゃ色んな所に張れるからじゃない?」
「張ってどうするんだよ」
哉嗚には意味が分からない。
「色んなものに好きな人の顔があったら嬉しいじゃない」
「そんなもんかねえ」
戦場で思い出に浸るとか、哉嗚には前の部隊の先輩に読まされた漫画のせいで死亡フラグにしか思えない。それに色んな物に張るということは人の目にも触れやすいということで…………恥ずかしくないんだろうか。
「背景とかどうする?」
「シンプルでいいだろ」
やたら華美な装飾とか選ぶ心境が哉嗚にはわからない。
「じゃ、これで…………後は」
晴香がグイっと身を寄せて来る。
「哉嗚ももっと体を寄せなさいよ」
「…………わかった」
覚悟を決めたように哉嗚は晴香に肩を回して抱き寄せる。
「ちょっ、いきなりなによ!?」
「そっちから告白して来たんだろうが」
「びっくりしたって言ってるの!」
まくしたてながらも晴香がその頬を赤くする。
「正直お前を女として好きなのかどうかはまだよくわからん」
行動と裏腹な言葉を哉嗚は口にする。
「…………そう」
「でも、だ」
わからないが、それは否定ではない。
「帰る場所、帰りたい場所って言われて浮かんだのはお前のいる格納庫だった」
哉嗚にとって戦場から戻って最初に見る安心できるものがその光景だった。
「だからまあ…………あれだ」
まだそうじゃないと哉嗚は思うけれど
「今のまま俺の帰る場所でいてくれ」
きっとそうなることは遠くない。
「帰って来るのね?」
「ユグドは見捨てない」
そこは譲れない。
「だけど、必ず帰れるように足掻いて見せる」
欲張りでも、それが最善だと哉嗚は信じるがゆえに。
「そう」
そっけなく晴香が頷く。
「仕方ないからそれで妥協してあげる」
「厳しいな」
「完璧以上を求めるのが整備員だもの」
「…………女としてじゃなかったのか?」
「だから少し妥協してあげるんじゃない」
くすりと晴香が笑い、撮影のボタンを押す。
そこに写っていたのは、多分哉嗚が見た中で一番の笑顔だった。
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