十七話 AI

「哉嗚っ!」


 哉嗚がユグドに近づくとすぐに外部スピーカーからその声が響く。その大きさが感情の強さを表しているように格納庫内に大きく響き渡る…………そのせいで皆がこちらに注目するのが分かったが、哉嗚にしてみればもはや慣れた話だ。


「久しぶりだな、ユグド」


 別にそう口にするほど長くはないが、哉嗚はユグドの心境に合わせることにした。


「はい、とても久しぶりです哉嗚」


 AIらしく言葉は淡々としているが口ぶりは明らかに感情で波打っていた。


「せっかくですし搭乗して戦闘訓練などどうですか?」

「いやいやいや」


 何がせっかくなのか哉嗚は苦笑する。当初に比べればユグドも成長しているが、感情が高ぶるとそちらを優先してしまい会話の組み立てができない辺りは未熟だ。


 それにしても不安になると哉嗚を自分に乗せたくなるという感情は彼には未だに理解できない。その辺りは人と巨人機という肉体を持つAIの感覚の違いなのだろう。


「これから改修が行われるのに今の状態で訓練しても意味がないだろ?」

「私の演算性能であれば改修後の性能での戦闘シミュレーションに問題ありません」


 間髪入れず答えるユグドに哉嗚は苦笑する。


「でも俺を乗せたら改修まで降ろさないつもりだろ?」

「…………そんなことはありません、哉嗚」


 急激にトーンの落ちたその言葉が偽りであることは、考えるまでもなく明らかだった。


「あー、やっぱり改修されるのは怖いのか?」


 その気持ちを慮るように哉嗚は尋ねる。晴香はユグドをあくまでAIだと認識しているが、哉嗚は彼女をその自我に関しては人と変わらないと思っている。それは多分技術者と実際に戦場でユグドと共にあるパイロットの違いなのだろう。


 死のその瞬間まで共にある存在だからこそ、ただのプログラムではなく魂のある存在なのだと感じたい。


「私はAIです。怖いなどという感情は抱きません」


 取り繕ったように淡々とした声。


「それに仮に私が怖いという感情を抱いていたとしても改修は実行します」

「…………まあ、俺にもお前にも選択権は無いからな」


 哉嗚は所詮一パイロットに過ぎないし、ユグドに至っては人権すらない。彼女が時折要求するわがままは、あくまでその特殊性から許容されているにすぎないのだから。


「いいえ、違います」


 けれどユグドは哉嗚の言葉を否定する。


「私が回収を許容するのはそれが私たちの目的に必要な事だからです」

「目的……」


 哉嗚は小さくその言葉を繰り返す。


「リーフ…………リーフ・ラシルを殺すこと」

「はい、その通りです哉嗚」


 それが哉嗚とユグドの始まりの約束だった。哉嗚はユグドにかつての絶望を打破する可能性を見出し、ユグドもそれに同調し彼をパイロットと認めた…………それを忘れていたわけではない。


 けれど様々な事情に振り回されてそれを目の前の目的だと掲げられていなかった。


「そうか」


 だけどユグドはずっとそれを念頭に入れていたのだ。哉嗚はそのことを申し訳なく思いつつとても嬉しく感じていた…………心の奥底からやる気が湧いて来る。同じ志を持つ存在がともにあることがこれほど胸を熱くするものだとは哉嗚は知らなかった。


「そうだな」

「ええ、そうです哉嗚」


 決意を新たにユグドを見上げる哉嗚に、その機体が小さく頷いて見せる。それにまた感謝の気持ちが浮かぶのと同時に、ふとした疑問が心に浮かぶ。

 あの時は状況が状況だったから考えもしなかったが、今改めて思い出すとその理由を哉嗚は知らないと気づいたのだ。


「そういえば」

「ん、何ですか哉嗚」

「…………」


 その疑問を口にしようとして、けれど哉嗚は続きを口にせず黙ってしまった。それは戦闘の際に時々覚える感覚と同じだった。理由もわからず半ば確信的に結果を予測できる直感。

 

 そういえばユグドはなんでリーフ・ラシルが憎いんだ?


 その感覚がそれを口にしてはいけないと彼に告げていた。

 理由はわからないとあの時言っていた気がするが、理由が無いわけがないのだ。もちろんAIであるユグドは作られた存在なのだからその感情が仕組まれたものである可能性もある。


 けれど同じ目的を志す者同士として知っておきたいと思った。


「哉嗚?」

「…………いや、なんでもない」


 けれど哉嗚は首を振ってその疑問を心に仕舞う。それを口にしたが最後ろくでもないようなことになるという直感が消えなかったからだ。


「あー、そうだ…………システムダウンまで俺もここで見守るよ」


 そしてごまかすように哉嗚はそう口にした。


「そうですか、哉嗚がそうしたいなら私は構いません」


 淡々としながらも僅かに口早なことが哉嗚の提案に対するユグドの感情を表していた。それはつまり今しがた哉嗚が濁した話のことなど頭から抜けたということでもある。


「構いませんよね?」

「ええ、もちろん」


 念の為に美亜に視線を向けると彼女は問題ないというように頷く。


 その隣で、晴香だけが呆れたような表情を浮かべていた。


                ◇


 ユグドに対する認識が自分と哉嗚の中で違うことには晴香も気づいていた。

 元々整備員とパイロットでは巨人機に対する感情は違うのだ。パイロットは自分の機体に対して強い愛着を持つことが多い…………もちろんその傾向は整備員にもあるが割合として考えれば少ない。


 そして晴香にとって整備する機体は消耗品だ。もちろん万全の整備をして消耗は抑えるが、そもそも直接戦闘する兵器なのだから壊れるのが前提でもある。

 晴香にとって守るべきは機体に乗るパイロットであって、機体の整備はあくまでパイロットを守るためのもの。最悪パイロットが無事なら機体はどれだけ損壊しても構わないのだ。


 そしてもちろんそれは搭載されているAIに対しても同様だ。確かにユグドが通常のAIとは違うことは春香も理解しているが、それでもAIであることに変わりない。プログラムであるのならばコピーは容易なのだから機体ごと失われても問題はない。バックアップと同期されていないデータが多少失われる程度だろう。


「ねえ、哉嗚」


 思案を止めて晴香は口を開く。今二人は開発局の食堂で食事を取っているところだ。

 哉嗚はシステムダウンまでユグドを見守ると告げたがさすがに食事をとらないわけにもいかない。軽食を運んできてもらうことも出来たがユグドも落ち着いたらしく、食堂で夕飯を食べるように哉嗚に勧めてくれた。そのおかげで長居は出来ないにしても少し話す余裕はある。


「なんだ?」


 食べる手を止めて哉嗚が晴香を見返す。


「ユグドのことどう思ってるの?」

「いきなりだな」


 なんでそんな質問をと哉嗚が首を傾げる。


「まあ、頼れるAIで相棒だな」


 もちろん哉嗚は彼女がAIであることは認識している…………それも飛び切り高性能なAIであると。そしてその上で共に戦場を駆けて命を共にする相棒だと感じていた。僚機としては高島のヴェルグがいるがやはりより近いところにいる相手は安心感が違う。


「ユグドはAIよ?」

「うん? 知ってるけど」

「突き詰めれば道具よ」


 整備員として晴香は此処で言っておくべきだと判断してそう口にした。


「それは、わかってるよ」

「いいえ、哉嗚はわかってないわ」


 結論が一致しないであろう会話を終わらせようとしただけだと晴香にはわかった。


「ユグドは確かに人間みたいなAIよ…………でも、人間じゃない」


 あえて冷淡にその事実を口にする。


「…………何が言いたいんだよ」

「ユグドは人間じゃないの」


 苛立たしげな口調になった哉嗚に、それでも晴香は繰り返す。


「だから、わかってる」

「なら、いざという時にはユグドを使い捨てるって約束して」

「っ!?」


 その言葉に哉嗚が目を見張って晴香を見る…………それを真っすぐに彼女は見返した。


「機体と運命を共にしようなんて考えはしないでって言ってるのよ」

「…………」


 その目に籠った意志の強さに哉嗚は怯んで言葉を飲み込む。


「私は整備員として万全に整備した機体に誇りを持ってる…………でもね、それは機体が大事だからじゃなくてそれに乗るパイロットが大切だからなの」


 先ほど思案したことを晴香は口にして哉嗚に伝える。


「ユグドは替えが効く存在なの。機体が大破しても中枢機能が無事なら再利用可能だし、それが壊れてもバックアップから再生できる」


 そこが機械の強みなのだ。それを晴香はよく知っている。


「何よりも優先するべきはパイロットなの。AIで、再現可能な機械だけ勝てるのなら機体のパイロットが乗る必要はないでしょ…………その命には替えが効かない」


 巨人機にはパイロットが必要無いと揶揄されることもある。それは巨人機の操縦においてパイロットが担っている割合があまりにも少ないからだ。もちろんパイロットは操縦もするがそれはかなり大雑把な操縦であり細かい制御はAIが行う…………そして指示してしまえばその操縦すらもゆだねることができてしまうのだ。


 それなのに巨人機にパイロットが必要なのはそうでないと魔攻士に勝てないからだ。魔攻士という存在は多彩過ぎていくらプログラムしたとことで対応しきれない。状況や相手に応じて柔軟な発想ができるのはやはり人間だけなのだ。


「だから哉嗚は自分が生き残ることを最優先に考えるべきなの」


 機体を犠牲にすることで生き残るならそれを選択しなくてはならない。しかしユグドを相棒と見るその姿勢からは命を共にするとしか思えないのだ。


「…………」


 哉嗚はそれに否定の言葉を口にできなかった。晴香は無駄にユグドを壊せと言っているわけではない。道具よりも自分の命を優先しろと至極真っ当なことを言っているだけだ。そして苦言であると自覚しながらも晴香がそれを口にするのは彼を案じてのことなのだ…………否定できるはずがない。


「約束して」


 受け入れるだけではなく口にすることを晴香は望む。人にとって言葉にして人に聞かせるという行為には重みがある。それが約束であれば尚更だ…………性根が善良である人間ほどそれに大きく縛られる。


「できない」


 悩み、躊躇い、けれど最後に哉嗚は拒否の言葉を口にした。


「それだけはしちゃ駄目だって…………そう、思うんだよ」


 哉嗚だって晴香の言っていることはわからないわけじゃない。だが理由はわからないがそれだけは彼は確信していた…………それは時折戦場で覚える勘と同質のもの。それを誤れば死ぬという強迫観念を伴う勘だった。


「勘、ね」


 非合理的な話だが晴香は安易に否定できなかった。整備員をしていればパイロットからそういう話を聞くのは珍しくないし、哉嗚の戦闘データを見ているとその勘によるものと思われるとっさの判断が何度も行われている。


 晴香どころかサポートAIであるユグドでさえその理由はわからないが、哉嗚のその勘は確かな結果を出している。


「はあ、もういいわ」


 確約を取ることを諦めて晴香は溜息を吐く。その勘が結果を出している以上は彼女にはこれ以上何も言えない。晴香の要望を否定するための方便というわけでもなさそうだし、下手に否定して今後の戦闘に影響が出る方が整備員としても困るという判断だった。


「すまん」

「謝る必要はないわ」


 そもそもが整備員の立場からは逸脱しているとも言える要望だ。


「でも、私の話を頭には入れておいて」

「…………ああ」


 心は決まっているが、それだけは哉嗚も頷いた。別に彼だって晴香の気遣いを無下にしたいわけじゃないのだ…………それに戦場で必ずしも平心に決めたことを守り続けられるかは哉嗚だってわからない。


「ところで」


 ならこれで話は終わりと言うように晴香は話題を切り替える。


「ユグドの改修が始まってからの予定は決まってるの?」

「適当に首都を見て回る」


 改修にかかる時間は一週間程度らしい。短いように思えるが機体自体を大きくいじるわけではなく、パーツをより頑丈なものに変更するだけなのでそのくらいなのだと。とは言えその後は前にも晴香が言った通り機体のテストなどを行ってデータを取ったりするらしいので、残りの休暇時間は消費されるだろう。


「ならそれに私も付き合うわ」

「それは別に構わないが」


 元々大した目的があったわけでもない…………哉嗚としても一人で歩き回るよりは相方がいたほうが気は楽だ。


「なら、明日から私とデートね」


 しかし晴香のその言葉は完全に予想外だった。


「ユグドには内緒よ?」


 そう言って晴香は年相応のほがらかさで微笑んだ。

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