十六話 長期休暇

 基本的に軍隊生活では休暇などあってないようなものだ。とはいえ過労などにはもちろん配慮されており作戦などに支障が無い限りは定期的に休日が与えられる。


 しかし配属されているのが前線基地であれば結局は休日もそこで過ごすしかない。もちろん基地にはそのための娯楽施設なども用意されているし、望めばゲームや漫画などの娯楽物資も購入することができる…………が、軍隊生活の延長上であり仕事を忘れて楽しめるかと言われれば難しい。


 だがそれが一月もの長期休暇となれば話は別だ。それだけあれば配属中の基地を離れて故郷に戻ることだってできる。里帰りしない人間も首都や保養地などへの長期旅行を楽しむなど、降って湧いた休暇に疑問を覚えながらもそれを満喫していた。


 そしてもちろん、それ以外の理由で休暇が消費される人間もいる。


「相変わらず首都はすごい人通りよね」


 少しうんざりしたように晴香が眼前の光景に呟く。中央駅付近はその利用客とそれを見越した商店が連なって賑わっている。

 魔攻士による襲撃を警戒して高い建物こそ少ないが、その分ギリギリまで土地を有効利用しようとせめぎ合う様に建物が密集していた…………まあ、首都への襲撃なんてものは建国以来一度もされていないのだが。


「活気があるってことは悪くないんじゃないか」


 そこにこれから足を踏み入れることは哉嗚もウンザリするが、国の中心である首都が寂れていればその方が問題だ。


「…………高速バスでは寿司詰めにならなかったことをマシに思うしかないわね」


 首都と各地を繋ぐ主要な交通手段は高速バスだ。バスといっても巨人機同様古代遺跡から発掘されたデータから作られた装甲車を改修したもので性能は非常に高い。昔は鉄道や航空機も使われていたらしいがどちらも魔攻士の襲撃を受けた際のリスクが高く、最終的に人員輸送は多数のバスによる分散という形になったらしい。


 実際高速バスの性能を考えるとそれで十分まかなえてしまうのだ。


「まあその代わり軍用バスは座席が堅かったけどな」

「それはしょうがないでしょ。民間と違ってそっちに開発リソースを回す余裕はないし」


 高速バスは民間と軍用の二種類が走行している。民間のものは料金を取っている代わりに居住性にも重点が置かれており快適な作りとなっている。それに対して軍用は元の装甲車からほとんどいじられておらずお世辞にも居住性は良くない…………とはいえ民間の方は時期によってはとても込み合うこともありう一長一短だ。


「それよりまずどこか店に入らない? とりあえず一息つきたいわ」

「あー、うん、そうしよう」


 哉嗚もこのままこの人込みを突っ切ていく元気はまだなかった。


「じゃ、あそこの喫茶店でいいか?」


 適当に視線の先の店に哉嗚は決める。晴香も構わないようだったのでそのまま荷物を持って移動した。


                ◇


「そういえば 本当に故郷の方は良かったのか?」


 喫茶店に入って一息つき、注文した冷えたアイスティーを口にしながらふと思い出したように哉嗚が晴香に尋ねる。彼女の故郷はこの首都ではなく哉嗚とも違う地方の街らしい。

 軍属は簡単に基地を離れられないから、今回の休暇でも家族に会いに故郷に戻っている人間は多い。だが晴香は故郷ではなく首都に来ることを選んでいた。


「整備員は割と休暇の融通利くから…………この前も帰ったばかりなのよ」

「何度帰っても親は喜ぶと思うけどな」


 何せ下手をすれば次の帰郷はないかもしれない職業だ。後方要員である整備員だって安全とは言えないのはこの間の基地襲撃で証明されている。


「そういうあんたはどうなのよ」

「俺のほうは…………故郷にもう家は無いからな」


 寂し気ではなく、ただそこに事実があるように哉嗚は答えた。


「…………ごめん」


 それでも気まずそうに晴香は少し目を背ける。


「別に珍しい話じゃないし気にしなくていい」


 優位な膠着状態が続いていることもあり戦死者自体は昔に比べ大幅に減少しているらしいが、それでも戦闘があれば死ぬ人間はいる。親の欠けた子供は珍しくないし孤児院は常に子供で埋まっているのが実情だ。


「前から首都も一度行きたかったしちょうどよかったよ」


 それでも晴香の顔が晴れないので話題を変えるように哉嗚はそう言った。


「…………結局ユグドのお守りがあるのに?」

「まあ、しょうがないだろ」


 哉嗚が首都に来た一番の理由はユグドの改修が開発局の本部で行われるからだ。改修中はAIも落とされるのでユグドも眠った状態だが、目覚めた時に哉嗚がいなければどうなるかは想像したくもない。

 なので結局彼はユグドに合わせて首都に移動し休暇を過ごすことになったのだ…………流石に上も気を遣ってくれたのか旅費や宿泊場所にはかなりの便宜を図ってもらっている。


「とりあえず改修が終わるまではのんびりするよ」


 哉嗚の役目はユグドが目覚めてからなので、それまでは休暇を満喫できる。


「だから別に俺に気を遣う必要はなかったのに」


 哉嗚の話が決まってから晴香はそれに同行することを希望した。ユグドの改修は開発局によって行われるから彼女が整備員として今回関わる部分はない…………改修に関してはユグドも納得しており晴香以外に触れられることも了承してるからだ。


「改修が終わった後は整備が必要でしょ?」


 改修が終わって即実践なんてことはありえない。常識的に考えればその後は様々なテストで設計通りの性能が出ているかを確認する。そうなれば当然損耗するし整備は必要になって来るだろう…………そしてその時ユグドを整備するのは晴香であった方がいい。


 ユグドが改修を受け入れたのはその際には彼女が眠った状態であることも理由の一つだろうから。


「それに私が相手してれば多少あんたの負担も減るでしょ」


 知った顔がいるだけでも哉嗚に依存する割合は減るはずだ。


「悪い」

「パイロットの負担を抑えるのも整備の仕事だからね」


 あえてそっけないように晴香は口にした。


「…………ご飯くらい奢りなさいよ?」


 けれど少し間をおいてそう付け加える。


「ああ、うん、喜んで」


 幸いというか哉嗚の財布は潤沢じゅんたくだ。昇進したことで給料も上がったし、特にその使い道もなかったからそのまま貯金してあった。


「ユグドには内緒にね」

「ん、ああ」


 なんで秘密にするのかはわからないがとりあえず哉嗚は頷いた。


「ところでこの後はどうするの?」

「とりあえず用意してもらったホテルにチェックインだな」


 名目上は休暇中ということでもあり二人には軍の宿舎ではなくホテルが用意されていた。予算は開発局持ちらしくそれなりに良いホテルという話だ。


「その後は?」

「開発局に顔を出して欲しいって頼まれてる」


 先行して到着しているユグドに顔を合わせて欲しいと美亜から頼まれていた。


「俺の顔を見てユグドを安定させてからシステムダウンするってさ」

「…………わざわざ面倒なことするわね」


 AIなのだから安定も何もシステムダウンすれば停止する。


「うーん、またユグドのわがままかな?」

「かもしれないわね」


 AIでありながらユグドはシステムダウンの権限を握っている。整備の為に必要な際には晴香も怒りを堪えながら彼女に頼んだものだった…………まあ、ユグドにしてみれば一度システムダウンしたら再起動には他者の手が必要でありずっと眠らされるという危惧があるのだろう。


 しかも今回は悪態を吐き合いながらも信頼関係がある晴香ではなく、見知らぬ開発局の職員に委ねなければならないのだ…………彼女も不安なのかもしれない。


「…………私も毒されてるわね」

「ん、何がだ?」

「なんでもないわ」


 晴香は首を振って今の思考を意識の外にやる。ユグドはあくまでAIだ。例え本当の人間のように感じられてもそれは作られたプログラムでしかないはずなのだから。


「そろそろ出てもいい頃じゃない?」

「そうだな」


 充分一息は吐けた。


 伝票を手にして哉嗚は席を立った。


                ◇


「かなりいいホテルだったわね」

「…………だな」


 用意されたホテルでチェックインを済ませて二人は開発局へ向かっていた。その表情がやや強張っているのは宿泊場所として用意されたホテルが予想以上にいいホテルだったからだ…………どう考えても哉嗚や晴香のような身分が泊まるレベルではなく、将官クラスの人間が泊まるようなホテルだった。


「開発局はよっぽど金が余ってるらしいな」


 とてもじゃないが一パイロットと整備員に用意する場所じゃない。


「配分されてる予算は莫大だしね」


 アスガルドに勝つには戦略魔攻士を上回る兵器を開発するしかない。だからこそ軍は開発局に特例ともいえる予算と権限を与えていた。その結果の一つとして現状の優位性を維持している巨人機が生産されたのだから成果も出ている…………だがそれも所詮は古代文明の遺産を再生させただけだと揶揄やゆするものもいた。

 それは実際にその通りなのだが、曲がりなりにも技術者の端くれである晴香にはそれだけでもどれだけ難しいかを理解している。


 だが、だからこそだろうかと晴香は思う。Y‐01は開発局による新規開発の機体だ。元は古代文明の遺産の再生とはいえそれをより発展させた機体であるのはその性能が物語っている…………その点で言えば彼らの技術は古代文明を超えたのだ。


 故に彼らはその開発に全力を注いでいるのだろう。その為に僅かながらにその成功へくみする可能性があるというだけの晴香をも不必要なまでに遇している。


「…………妙なことになったもんだわ」


 元々晴香は整備員の矜持としてユグドを万全に整備したかっただけだ。別に開発局に優遇されたいなんて思ってないし、こうして足を運ぶことになるとは思ってなかった。


「ん、あれか?」


 そんな風に溜息を吐く晴香をよそに哉嗚は先の方へと視線を向ける。ホテルの近くから市内バスに乗って最寄りのバス停で降りて少し歩くとすぐにその建物は見えてきた。でかい。そしてとてつもなく広いであろうことは横に伸びて端の見えない高い塀でわかる。


 やや郊外に位置するとはいえ、首都にこれだけの土地を確保するのに一体どれだけ予算が必要なのだろうか。


「…………やっぱり迎えを呼べばよかったな」

「そうね」


 美亜からは連絡をすれば迎えを寄越すと言われていたが、道中を自分のペースで見てみたいという気持ちもあったので二人は断った…………しかしあの建物にたったの二人で徒歩で近づいていくというのは何だから気後れする感がある。


 まあ、それでも行かねばならないのだが。


                ◇


 きちんと話しは通っていたようだがそれでも入局には随分と時間を取られた。警備が厳重なのは想像していたし、今回入念なチェックが行われた分次回からは簡略化されるという話だったので哉嗚も晴香も我慢した。


「ああ二人とも、ようやく来たんですね」


 それから案内されるままに局内を歩いてようやく哉嗚と晴香は美亜に顔を合わせた。応接室でもなく案内されたのは格納庫だった。協力者とはいえ部外者に余計なものは見せないという意図なのか、それとも単に美亜が無駄を省いたのか…………多分後者だろう。


「首を長くしてユグドが待ってましたよ」


 格納庫…………と、いうか巨人機の開発室なのだろう。ユグドの他にも無数の巨人機が並び基地では見たことのないような機械が並んでいる。


 その中でもユグドは特別な扱いなのか、ひときわ広いスペースを取って設置されていた。


「あれですか、暴れて他の巨人機や機材を壊されても困るので」


 哉嗚の視線に気づいたのか美亜が説明するように口にする…………が、その内容は不穏極まりなかった。


「暴れたりって…………」

「実際にまだ暴れてはいませんよ、ただ随分と不安定になっていたようなので念のため」


 淡々と事実を説明するように美亜は続ける。


「パイロットであるあなたと会えなくなったことがやはり負担だったようですね」

「会えなくって…………そんなに経ってないですよね?」


 深夜にユグドの移送が行われてその翌朝に哉嗚も基地を出ている。基地から首都まではかなりの距離があったがそれでも丸一日程度だ。魔攻士と遭遇しても逃げきれると謳われているだけあって、高速バスの性能は二つの場所を短く繋いでくれていた。


「以前にはもっと間が空いたこともあったはずですけど」


 だがその時にはユグドは拗ねはしても暴れるほどに機嫌を損ねたりはしなかったはずだ。


「それでもあなたは同じ基地にはいたのでしょう?」

「それは、まあ」


 疲労が溜まって自室でせっていた時の話だからその通りではある。


「会おうと思えば会える距離にいるのとそうでないのとでは大きく違うものですよ」


 諭すようでもなくやはり淡々と美亜は告げる。


「それに彼女にしてみればこれから意識がない間に体をいじくられるわけです…………不安にもなると思いませんか?」

「…………確かに」


 改修を手術と置き換えてみれば哉嗚にも納得できる話だ。


「では、彼女を安心させてください」

 

 それがあなたの仕事だと言うように美亜は彼からユグドへと視線を向けた。

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