十五話 嵐を起こす前は静かに

 豪奢ごうしゃな応接室で辻と美亜が向かい合ってソファに座っていた。片や厳格さを露わにした硬い表情にもう一方は柔らかいがどこか作り物じみた笑み。噛み合わない表情の二人は、しかしそのことを気にする様子もなく口を開く。


「報告書は読んだか?」

「ええ、もちろんです」


 答えると同時に美亜は手に持っていた書類の束をテーブルに置く。それは先日のユグドとヴェルグの交戦記録。その紙の報告書だけではなく戦闘映像の方も美亜は確認済みだった。


「両機ともに対した損傷もなし、ただ出力の関係で連携に難ありとしてそれを改善するプログラムの設計が必要そうですね」

「Y‐01の量産が進めば必須だろう…………優先して進めたまえ」

「了解です、閣下」


 美亜が軽く頭を下げる。


「どの程度かかる?」

「プログラムの設計だけでしたらそれほどかかりません。2~3週間もあればテストを済ませて実戦使用可能になるでしょう」

「ふむ、では機体の量産の方は?」

「不具合の原因は特定できましたからこちらは二月もあれば…………とはいえ従来機のようには生産できませんし機体性能もヴェルグが基準となりますね」


 ユグドのデータで機体の安定運用が可能になったことはヴェルグが証明している。しかし肝心のリアクターの生産そのものは不具合に関係なく少数生産しかできないのだ。


「ユグドを基準には出来ないのか?」

「不可能ではありませんが危険の方が大きいと判断します」


 美亜は首を振る。


「両機の違いを述べるなら眠り姫を目覚めさせるか完全に眠らせるかですから…………ユグドの場合は前者ですが正直うまくいっているのは奇跡だと思いますよ」

「…………試せんか?」

「命令とあれば試しますが、実験参加メンバーと施設の壊滅は最低限視野に入れておくべきだと私は思いますね」

「そうか、ならば却下だな」


 ダメもとで行うにはリスクが大きすぎる。


「何か急ぐ理由でも?」

「我々は常に急いでいる」


 長老会が自棄やけを起こした瞬間に敗北する可能性があるのだから、時間の余裕などあってないようなものだ。


「とはいえ別に理由はある…………先ほどの報告書にあった戦闘だがな、威力偵察だ」

「Y‐01が注目されてるってことですか?」

「そうだ。必要なこととはいえ少々暴れすぎたな」


 データ取りの為にユグドは積極的に境界地帯で敵魔攻士を狩っていた。元々魔攻士との戦闘は巨人機が優勢ではあるが、露骨に新型機とわかる同一機体が戦果を挙げ続ければ注目されないはずもない。


「戦術級と思われる敵魔攻士集団を返り討ち…………もしかして戦略級が来ます?」

「可能性はなくもない」


 戦術級の中でもより上位の物をぶつけてくるかもしれないし、確実に潰すために戦略級を派遣する可能性もあるだろう。


「仮に戦略級が来た場合勝算はあるかね?」

「ありません」


 検討する素振りすらなく美亜は答えた。


「…………相手が三位でもか?」

「ええ、全く」


 頷く美亜に辻は顔をしかめる。


「理由を聞かせてくれ」


 辻は技術的な事は専門ではないが、素人考えでもユグドは三位の魔攻士であるリーフ・ラシルに匹敵するはずなのだ。それが全く勝ち目がないと断言されるのはいささか納得できないところがある。


「まずヴェルグですが戦略魔攻士に対抗できるほどの出力が出せません…………お姫様が完全に寝てるからでしょうね。戦術魔攻士相手であれば充分な出力ではありますが、戦略魔攻士相手ともなれば文字通り桁が違いますから」


 だからこそ戦略魔攻士はスヴァルトにとって破滅をもたらす存在なのだ。


「で、ユグドの方ならご想像の通り出力は戦略魔攻士に対抗できるレベルで出せる可能性はあります…………まあ、機体が持ちませんが」

「持たないか」

「無理ですね」


 あっさりと美亜は答える。


「その出力に耐えられるような機体を作れるなら戦略魔攻士に対抗できてます」

「道理だな」


 そんなものを作れるならとっくの昔に作っている。出力だけでも同レベルに近いスペックを持たせられただけ大きな進歩だ。


「つまり現状ではどうしようもないということか」

「そうなります」

「…………だが、座しているわけにもいかん」


 それはつまり相手の出方次第で相手の狙うY‐01…………いや、ユグドと宮森哉嗚を失うということだ。


「そうですね、開発局としても貴重なサンプルを失うのは大変な損失です」


 辻のそれとはベクトルがずれているが美亜も同意見だった。


「ダミーでも作りますか? それなら犠牲は僅かで済みます」

「相手がそれで納得してくれればいいがな」


 確かにユグドの偽物を作るのは簡単だ…………だが向こうも巨人機が道具であることは理解している。まともな頭を持っていれば製造している工場を狙うだろう…………しかもそれをされるということは国土を侵攻されるということでもある。

 もしもそれが成功して勢いづかれれば非常にまずいことになるだろう。


「ではどうされますか?」

「相手の思考を守りに傾けてもらうしかなかろう」

「つまり侵攻を仕掛けると?」

「そうだ」


 当然のことのように辻は頷いた。


「それ、本末転倒じゃないんですか?」

「どうせいずれは行うことだ」


 きっかけに過ぎないと辻は口にする。


「不意打ちで襲撃されるよりは準備万端の状態で襲撃される方が勝ち目はある」

「そういうレベルの相手じゃないんですけどね」

「だがそれでもやらねばならん」


 無謀でも何でも選択肢は他にない。


「向こう側もすぐには動かんだろうがそれほど時間はない…………出来る限りのことをやってくれるか?」

「命令とあれば従いますよ…………どこまで可能かは保証できませんけど」


 美亜は肩を竦める。


「頼む」


 辻は固い表情のまま頭を下げた。


 そのことに意味はなくとも、せずにはおれなかった。


                ◇


「休暇ですか?」

「ええ、司令部から通達がありました」


 意外そうな表情を浮かべる高島に哉嗚は頷く。二人がいるのは基地の談話室だ。室内には二人以外にもまばらに人がいるが聞かれて困るような内容でもない。安っぽいテーブルと椅子に腰かけながら哉嗚は高島へと肩を竦めて見せる。


「きっかり一月の休暇だそうです」

「訓練は?」

「それも禁止だそうです。とにかく休めと」


 哉嗚自身も納得がいってないように答える。


「不可解ですね」


 ユグドもヴェルグも現状では実験機扱いで実戦データはいくらでも欲しいはずだ。二人が休む暇もないくらいに出撃しているなら強制的に休ませる目的とも考えられるが、高島が配属される前から哉嗚は効率的な出撃を心がけて休暇もしっかりとっていた。


「先日の襲撃を警戒してのことでしょうか」

「…………かもしれませんね」


 高島の意見に哉嗚も同意する。あの襲撃がユグドを狙ったものであった可能性が高いこと哉嗚も報告している…………哉嗚としては向こうから狙ってくれるなら探す手間も省けて願ったりだが、上層部からすれば貴重な新型機を失いたくないのかもしれない。


 とはいえ哉嗚の所感からすれば最高司令官である高島はそういうタイプではないと思っていた。戦況打破を考える彼からすればユグドがさらなる強敵と相まみえることを望むはずだ。

 

 しかし彼の周りの人間までそう考えるとは限らないし、それらの意見を全て無視することは彼といえどさすがにできない。


「そうでもないみたいよ」


 そこに割り込んできたのは晴香だった。


「整備は終わったのか?」

「…………お払い箱よ」


 不機嫌そうに顔を歪めて晴香が答える。


「まさかクビになったわけじゃないだろ?」


 本来前の基地で別れるところをユグドのわがままで晴香は付いてこられたのだ。今更ユグドが彼女を整備から外すとも思えないし、彼女がブラックボックスに手を出すような真似をしたとも思えない。


「私も休暇になったってことよ」

「わかりづれえよ」


 哉嗚が文句を言い、高島も同意なのか苦笑していた。


「どうせユグドも出撃しないんだから休暇なら喜べばよくないか?」


 晴香はユグドの専属だからこの基地の整備の人員外だ。パイロットである哉嗚が休暇なら当然ユグドの整備も一度済ませば最低限のチェックでよくなる。そうなれば僅かなチェックの為に晴香を出勤させるより他の人員に仕事を振って休ませるのほうが効率がいい。


「その間にユグドの機体改修が行われるって聞かなきゃ私だって納得したわよ」

「そうなのか?」


 それは哉嗚も初耳だった。


「機体強度と出力限界の向上の為にパーツを交換するみたいよ…………手伝いを申し入れはしたんだけどね」

「例によって却下されたと」

「…………そうよ」


 ブラックボックスに抵触する可能性があるからと一蹴されたのだ。


「まあ、触らぬ神に祟りなしと言いますから」

「触らなければその神を理解も出来ないのよ」


 高島のフォローにも晴香は不機嫌そうに噛みついた。


「あー、それでさっきの話なんだけど」


 話題を変えるように哉嗚は口を開く。


「そうでもないってのは晴香だけの話?」

「違うわ、あなたたち以外のパイロットにも休暇は出たってこと」

「まさか全員にですか?」


 思わず尋ねた高島に晴香は首を振る。


「あなた達を含めて大体半数ってところね」


 パイロット全員が休暇ではもしも襲撃があった時にどうしようもなくなる。


「で、残りの半数は入れ替わりで休暇に入るみたいよ」

「つまり結局はパイロットは全員休暇を取ると」


 思案するように高島が呟く。


「上の意図は何なんだろうか」


 もちろんパイロットには休暇を取る権利があるし、それが一月にも及ぶ長期のものであっても許可が下りることはある…………が、それが上からの命令でパイロット全員ともなると哉嗚も聞いたことがない。


「これって他の基地もなのか?」

「そこまでは私にもわかんないわよ」


 晴香もこの基地の整備員から聞いて他のパイロットの休暇を知ったのだ。さすがにまだ他の基地のことまで調べていない。


「気になるなら整備長に確認してあげてもいいけど」


 晴香が言っているのは前の基地の整備長のことだろう。彼に晴香は気に入られていたらしいから多少答えにくいことでも教えてはくれるだろう。


「いや、そこまではいいよ」


 わざわざ確認せずとも誰もが疑問に思うようなことならすぐに説明があるはずだ。


「それよりちょっと確認なんだが」

「なに?」

「この休暇ってユグドは納得してるのか?」


 出撃も訓練も禁止ということは哉嗚がユグドに近づく理由が無いということでもある。現状でも日に数時間は顔を見せないと癇癪かんしゃくを起こすのに…………一月の間放置することになればどうなるかわからない。


「とりあえず、改修の間あんたに会えないことには納得してるみたいよ」


 ものすごく不満そうではあったが、哉嗚の安全の為ならと我慢していた。


「でも、その後の休暇のことはまだ知らないんじゃないかしら」


 思えば改修の説明に来ていた美亜も意図的にユグドの前ではそのことを口にしてなかった気がする。改修の間晴香を外すことはユグドの前で聞かされたが、その後の一月の休暇に関しては別の場所で聞かされていた。


「まあ、最悪会いにこればいいんじゃない?」

「それは休暇になるのか?」


 出撃も訓練もしないのに基地にいろということだ。一月の休暇ともなれば前線を離れて故郷に戻ることだってできるのに。


「じゃあユグドはどうするのよ」

「…………それはわかってるが」


 また基地内で無為な缶詰生活とか哉嗚には考えたくもなかった。


「まあ、上もその辺りは理解しているでしょう」


 フォローするように高島が口にする。


 哉嗚としてはそれに期待するしかなかった。

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