十四話 後始末

「ファイス、トゥース…………」


 ナインは魔法で操作する空気の感覚でその周囲の状況を把握することができる。故にトゥースが拡大したその首を落とされ、ファイスがレーザーに撃ち抜かれて死体も残さず消え去ったことを見るように感じていた。


「フォウ、は?」


 流石にナインでも巨人機のコクピットの状況まではわからない…………だが、二人を排除し終えたというのに緑の巨人機は止まっている。それはフォウの魔法に全てを託した自分達の作戦が成功したということではないだろうか。


 フォウは転移魔法の使い手だ。だが彼女の転移距離は短く、自分以外に運べるのもせいぜい四人とそれほど効果の高いものではなかった。


 そんな彼女をスカウトしたのがファイスだ。彼は輸送のかなめとしてだけ認識されていた転移魔法を巨人機に対する切り札にするべく策を練った。巨人機がいくら強力でもコクピットに転移さえできれば無力なパイロットを殺すだけで済む…………しかしこれまでそれが実現しなかったのは巨人機側もその対策をしていたからだ。

 

 空間転移は対象を一度魔力に変換して目的地で再構築する魔法だ。つまりコクピット周辺を斥力によって守られているだけで内部まで侵入することが難しくなる。だからファイスは仲間を集めてフォウの転移が通る道を作り出すことにした。


 ファイスとトゥース、セブが巨人機を抑え込み斥力の流れを一定方向に誘導し限界まで使わせる。そうして薄くなったコクピット周りの斥力にナインが穴を開け…………そこにフォウが飛び込む。


 それを五人はこれまで何度となく挑んでは成功させてきた…………だから、ナインは今度も成功したに違いないと信じていた。犠牲は大きかったが、これまで通り自分達は勝ったのだと。


 そう信じたまま、彼女は白熱の光の中に消えた。


                ◇


「こちら高島、念動系と思われる魔攻士の排除に成功。伏兵は見つからず」


 機嫌を損ねたユグドを哉嗚がなだめていると高島からの通信が入った。伏兵は間違いなくコクピットに転移して来た少女の魔攻士だ。だからこれで相対した全ての魔攻士は排除できたことになる…………その事実にほっと哉嗚は息を吐く。


「了解です。伏兵はこちらで排除しました」

「さすがです中尉」

「いえ、たまたまですよ」


 何となく嫌な予感がして備えたのが見事にハマっただけだ…………とはいえ完全な当てずっぽうでもなかった。相手がこちらの動きを封じるのに終始しているから、なにかしらユグドの防御を突破する手段があるのではと思ってはいたのだ。

 その内の一つが本来ありえないコクピットへの空間転移であり、その対応はユグドに任せられないから自分で準備をして備えていたのだ。


「さて、伏兵捜索の為に周辺を探知しましたが、この場に他の魔攻士はいないと考えて間違いないでしょう…………まあ、そう判断した上での今しがたの襲撃だったわけですが」


 高島の言葉に哉嗚は苦笑する。安全を確認しても安全とは限らない。魔攻士のでたらめさを改めて思い知らされた襲撃だった。


「ええ、今度こそ注意して帰還しましょう…………と、言いたいところですが少し周囲警戒をして待ってもらってもいいですか?」

「構いませんが、どうされました?」

「…………ええと、敵魔攻士の死体がコクピット内にありまして」


 口を濁しつつも他に説明しようもなく哉嗚は事実を告げる。


「それは、一体なぜそのような状況に?」

「どうやら伏兵は転移魔法の使い手だったらしくてですね」

「なるほど、それを良く対処できましたね…………いやはや驚嘆きょうたんです」


 心からの称賛を高島は送る。基本的に機体が破壊されるようなことでもない限りコクピットは安全地帯だ。魔攻士にはそこに飛びこめる空間転移の使い手がいるが、巨人機の設計はそれも想定していたらしく対策済みになっている…………が、今回哉嗚はそれをされたのだという。恐らくはそれが魔攻士達の切り札だったのだろう。


 常人ならざる魔攻士と密室で相対するなど想像したくもない話だ。しかもそれがありえないはずの空間転移によるものであれば、自分なら混乱しそのまま殺されていただろうと高島は思う。

 高島は自分はベテランではあるが天才でないことを自覚している…………だからこそ哉嗚の持つ特別さがよく見えた。


「そんなに褒められても困るんですが」

「事実ですから」


 しかしその当人はそれを自覚していないらしいことに高島は苦笑する。どうしてか彼の自己評価は低い…………だが増長して今の良さを失われるよりはいいかとも思う。


「モニターを焦がしたってユグドにも怒られましたし」

「ははは、それは災難でしたね…………ともあれ周囲警戒の件は了解しました。確かにそのまま死体と基地まで同行は気持ちのいいものではないでしょう。私が見張ってますからご随意になさってください」

「ありがとうございます」


 哉嗚は高島に礼を言って通信を切る。そして改めて光を失ってモニターにもたれる少女の死体へと視線を向けた。後悔はないがそれだけでは処理できない感情もある。

 コクピットを開けて少女の死体を投げ捨てて帰る…………それでもとがめられはしないだろうが、こうして間近で死体を見てしまうと粗末に扱う気にはなれなかった。


「ユグド、すまないけど穴を掘ってもらえるかな」


 機嫌の悪い彼女に、けれど他に頼みようもなくお願いする。


「…………その女の為にですか?」

「俺の為にだよ」


 殺しておいて少女の安らぎの為になんてことは言えない…………全ては自己満足だ。哉嗚がそうしないと気持ちがすっきりしないからそうするだけなのだ。


「哉嗚の為ならば仕方ないですね…………ですが、先ほどの件と含めて埋め合わせはしてもらいます」

「俺にできる事ならね」


 安請け合いではあるがユグドがするであろう要求は大体想像できる。何せユグドは巨人機のAIなので行動できる幅が非常に狭いのだ。


「ならばよいです」


 声色は嬉しそうだが、そう簡単に許す甘い女ではないと言いたいのか、つんけんとした口調でユグドは機体を動かし始める。


 そんな彼女の様子を見て、少しだけ哉嗚の気分は晴れるようだった。


                ◇


 ファイス達の小隊は最悪情報だけでも持ち帰ることを考えていた。しかし彼らに与えられた任務は新型巨人機の破壊であり、仲間を殺されたこともあって結局彼らはそれに固執こしつした。

 もしも仲間を一人やられた時点で逃げることにてっしていたら、彼らは全滅せずに何人かは情報を持ち帰ることはできたかもしれない。


 結局のところ情報を確実に手に入れるつもりなら、それだけを目的にさせなければ確実性は低くなるということだ…………長老会にしてみれば、情報を持ち帰ることすらできないという情報だけで充分であったのかもしれない。


「ははー、あれが噂の緑の死神っすか」


 だが、持ち帰ることのできる情報を得た者はそこにいた。哉嗚たちが交戦したその場所からはるか遠く、その機体を米粒ほどにも認識できないような地平線の果てで彼女は確かにその光景を見ていた。


「強いっすね…………しかもただ強いだけじゃない」


 朱色の髪に八重歯の光るまだ年若い少女。その少女の目の前には遠い場所のその光景がモニターがのように映し出されていた。音こそ聞こえないもののまるでその場にいるように彼女はそこで起きた全てを目にできている。


「というかどうやったらあの状況の転移魔法を返り討ちにできるんすかね?」


 さすがにコクピットの中までは見えなかったが想像は出来た。魔攻士は意識すれば即座に魔力障壁を展開できる。物理に干渉するその障壁の形を調整すれば目の前の相手を串刺しにすることだってできるだろう…………つまりは密閉された個室で普通の人間が魔攻士に勝てる理由はない。


 可能性があるとしたら転移直後の一瞬くらいだろうが、そんなタイミングを普通に考えて狙えるわけがないのだ。そもそも通常は不可能なコクピットへの転移を相手が狙っているとを予想することすら難しい。


「予知能力者とか…………んー、それはないっすね。アスガルドでもレアな魔法だし、まともに運用しようと思ったら戦略魔攻士並の魔力量がいるって話っす」


 自分の考えを肯定するようにうんうん、と少女は頷く。予知系の魔法はえらく効率が悪いらしく戦術魔攻士クラスではほんの数秒先の未来を見るのに全ての魔力を消耗してしまう。戦術魔攻士クラスの魔力があって初めて戦闘に使えるレベルだが、予知系という時点で自分では戦う能力を持たない。


 そもそもそれだけの魔力があるならそれこそ炎でも氷でも珍しくもない攻撃系魔法の方が単純に戦力になる…………魔力の無駄遣いと揶揄やゆされるのも無理はない。


「ということはAIの予測演算って奴っすかね? 機体だけじゃなくて中に積まれてるAIもすごい性能を持ってる可能性があるっす」


 基本的に魔攻士は巨人機の実態に興味が無い。どういう攻撃をしてくるかとかそういうことに関しては情報を集めるが、その内部の構造や機能に関しては知る必要が無いと考えているのだ。しかし少女は情報収集がメインの任務であることからそれらに関しての知識もあった。


 巨人機がAIという人工知能のサポートで動いていることも知っているし、それが計算による予測を行えることも知っている。


「それが事実だとしたらますますまずいっすねー…………奇襲とかが通用しなくなると今よりも戦える魔攻士はかなり減っちゃうっす」

「おい」


 悩む少女に不意に声を掛けられる…………ここは荒野のど真ん中。先ほどまで少女以外の誰もいなかったはずなのに今はその背後に男が一人立っていた。二十歳前後の青年だ。あまり栄養が足りていないのか体が細く柳のようだった。


「あ、もう迎えの時間っすか?」


 少女は驚かず、振り向いて痩身そうしんの男を見る。


「時間だ」

「そっすか…………もう少し考え事していたかったっすね」


 少女にとってこの荒野は嫌いな場所ではなかった。アスガルド本国はとかく他の魔攻士の目が合ってわずらわしい。もちろん個室で一人になることは可能だが、壁の外にもどこにも他人が居ない空間というのは存分に考え事をするのに適している。


「前から言っているが」


 しかし痩身の男はそんな少女に顔をしかめる。


「お前の任務は情報を集める事であってそこから結論を導き出すことじゃない」

「そんなこと知ってるっすよ?」

「俺たちは与えられた任務だけをこなしていればいい」


 痩身の男は運び屋だ。フォウと同じ転移魔法の使い手。彼は彼女と違って人一人を運べるだけだがその代わり転移距離は遥かに長い。もちろん本国に帰るまでには何度か中継する必要はあるが、運び屋として高い実力を持っているのは間違いなかった。


 ゆえに、痩身の男は様々な任務を命じられていた。その中には真っ当な任務だけではなく後ろ黒いものも多く含まれている…………だからこそ、男は任務に余計な考えを持ち込まないよう意識していた。

 ただ運ぶことだけを考えて、余計な気を回さないのが自分を危うくしない道だと知っているがゆえに。


「別に考えるだけならいいじゃないっすか…………さすがに自分も本国で口にしたりはしないっすよ」


 それにそもそもそんなことを言ってしまったら、数多くの情報を握っているというだけでも少女は危険になってしまう。


「口に出さずとも読める人間はいる」


 読心の魔法も当然存在するのだから。


「それに問題なのは情報を握っている事ではなく、お前がそれを活用する可能性があると思われてしまうことだ」


 諜報員なのだから集めた情報を握っているのは当然だ。多くの情報を握っているということはそれだけ優秀という意味でもあり長老会も重宝するだろう…………だが、その諜報員が集めた情報を自前で活用しようとするなら話は別だ。それは粛正の対象になりうる。


「お前とは組むことが多い」


 これは何度となく会っているからこその苦言だった。


「お前に疑いが起これば俺にも矛先が向く…………巻き込むな」


 痩身の男は今の立場に満足していた。運び屋としてそれなりに信用されておりこれまでの貢献から待遇も悪くない。求められているのはあくまで輸送なので戦闘に参加して死ぬような目に遭うこともなかった…………運び屋に徹していれば彼の生活は平穏なのだ。


「やー、そっちに迷惑かける気はないんっすけどね」

「なら気をつけろ」


 溜息を吐いて痩身の男は少女へ手を伸ばす。


「行くぞ」

「ういっす」


 その手を取りながら少女は内心で舌を出す。痩身の男に迷惑をかけたいとは彼女は思っていなかったが…………その忠告はすでに手遅れだった。もはや彼女意思は関係なく、事が起こった時には彼へと迷惑が掛かってしまうのだろう。

 せめて痩身の男が死ぬような迷惑にならないことを少女は祈りつつ、


 長老会とは別にグエンにはどう報告しようかと彼女は思考を巡らせた。

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