十三話 決着

 モニターに映る光景が岩肌で埋め尽くされていく中でも哉嗚に焦りはなかった。それを予想できていたわけではないが驚くには値しない。絶望も感じなかった。対応できる範囲だと冷静にその方法を思考する。


 自分の実力にそれほど自信の無い哉嗚が唯一誇れることがある。それは戦略魔攻士の魔法を間近で体験した経験を持つことだ。

 あれに比べれば大抵の魔法など陳腐ちんぷと呼べるもので恐れるようなものじゃない…………それは別に哉嗚自身が強くなったわけではないが、体と心が恐怖に支配されないという点だけでも非常に有利な事だった。


「哉嗚、どう対応しますか?」

「そうだな」


 尋ねるユグドに思案する。こちらを押し潰そうと拡大する岩石自体は斥力障壁で阻んでいる。砕けた岩石の破片が周囲に降り注いでいたが、それも機体に触れることなく弾かれていっていた。


「生体センサーに反応は?」

「まだありません」

「つまりまだ余裕はあるか」


 岩石の拡大はまだ続いている。同時に攻めてくる可能性も考えていたが巻き添えで潰されることを警戒したのだろう…………まずはこちらの動きを完全に封じるつもりらしい。その試みは上手くいっており現状障壁で阻んでいる以外の場所は全て岩石で埋まりつつある。


「移動は出来るか?」

「問題ありません、哉嗚」


 岩石は拡大して押し潰し合っているのであって接合しているわけではない。レーザーで隙間を作って機体を捻じ込み、そこから斥力障壁で押し広げれば道は作れる。


「だが、行動は制限されるな」

「肯定します、哉嗚」


 移動の為だけに手数を消費することになるし、移動できるのはじ開けた部分だけだ。自由な移動ができないという点では閉じ込められているのと大差ない。


「斥力障壁でまとめて吹っ飛ばせたら楽なんだが」

「否定します、哉嗚。データ上のスペックではそこまでの出力を出せません」

「ああ、わかってる」


 そこまで出来たらそれこそユグドは戦略魔攻士に通用するレベルだ。


「ここはまあ、初志貫徹しょしかんてつで行こう」

「つまり?」

「先手を潰す」


 この岩石はまだ相手の布石だ。動きを固めて本命がユグドを落としに来る。だからそれを潰す…………それが最初に決めた方針だ。


「待ち受けるのですか?」

「ああ」


 哉嗚は頷く。


「全力で不意打ちといこう」


 なにせ、この岩石は相手にとっても多くの死角を生み出すのだから。


                ◇


「馬鹿なっ!?」


 突如として頭上に現れた緑の死神の姿にファイスは思わず声を上げる。予想外に次ぐ予想外に思考が停滞してしまい…………逃げるべきだと判断する頭が戻った頃にはすでに遅すぎると理解できた。


「がっ!?」


 それでも退避行動に出ようと身動みじろぎした瞬間にファイスは地面へと押し付けられた。何かに触れられている感触はないがまるで重力が数十倍にもなったように体が地面へとめり込む。

 強化魔法のおかげでダメージこそあまりないが、僅かに顔を上げる程度のことしかできそうになかった。


「あ、れ、は」


 何とか上向いた視線の先には緑の巨人機が浮かんでいた。それの生み出す斥力障壁によって自身が地面へと圧し潰されそうになっていることをようやく理解する…………そしてさらにその向こう。機械の巨人が降って来たであろうその先には岩石に開いた大穴が見えた。


 つまり緑の巨人機は転移したわけでもなく、自分を押し潰そうとした岩石をくり貫いて隠れていただけなのだ。その事実に一瞬冷やりとするが、穴の様子から見て別の岩石だとほっとする。


「ぐ、お」


 ゆえにファイスはまだ絶望しなかった。作戦は破綻はたんしていない。自分はまだ生きている。相手がすぐに殺せるはずのレーザーではなく斥力障壁を選んだのはファイスの仲間を警戒しているからだ。


 時間差の襲撃を警戒したからこそ、ファイスの動きを確実に封じつつ他の仲間に備えられるよう斥力障壁による踏み潰しを選んだ…………つまり、状況は悪いわけではない。自分が死なず耐えている限りは緑の巨人機をここに繋ぎ止めているのと同義なのだ。


 形は違ってしまったがファイス達の作戦はまだ続いている。


 その成功を確かなものにするためにも、ファイスは強化魔法により一層の力を込めた。


                ◇


 相手の先手を潰すという目論見は無事に成功した。現状で一番厄介な近接魔攻士は足元に封じることができたのだ。

 岩石の拡大は斥力障壁でどうとでもなることは証明されたし、念動系と予想される魔攻士とは力勝負になるだけなので負ける心配はしていない。


「後は伏兵か」

「その前に哉嗚、止めは刺さなくていいのですか?」


 足元の近接魔攻士は動きこそ封じたもののまだ息がある。現状を維持すればいずれは力尽きるだろうが、ここまでの様子を見るにそれは少しばかりかかりそうだった。不測の事態を潰すのならば息の根は止めておくのがベストなのは間違いない。


「…………斥力を強めて押し潰せないか?」


 伏兵への懸念けねんから両手は自由にしておきたい。


「可能ですが、その場合は障壁の限界値に余裕がなくなります」


 いかなる力であれ反動はある。斥力は相手を遠ざける力だが、自分が固定されていない状態で使えば当然自分自身も反動で遠ざかってしまう。故に強力な斥力障壁を下に展開したまま空中に留まろうとすれば反動を打ち消すための斥力も発生させる必要があり、それはつまり倍の消耗をするということだ。


わずらわしい、な」


 力に限界があるというのは本当に窮屈だ。ユグドも従来機に比べれば段違いのスペックを持つはずなのにこれなのだから、莫大な力を思うままに振るえる戦略魔攻士達は本当におかしいとしか言えない。


「限界値はあくまで安全上の数字です。本当の限界はその上にあると推測されますが実証実験を行いますか?」

「いや、やめとこう」


 ユグドの提案に哉嗚は首を振る。通常定められている出力の限界値は開発段階で行われた耐久実験を元に定められている。そしてその値は実験で実証された限界値よりもいくらか安全マージンを取った設定だ。限界を超えなくてもそれに近づくだけでも機体は損耗するのだから当然の仕様だろう。


 しかしそれはつまり機体の損耗さえ気にしなければ設定された限界値は超えられるという話もである…………が、それを今やる必要はないと哉嗚は判断した。


「確認はしておきたいけど今じゃなくていい」


 必要とあれば限界を超えることもあるだろうから損耗と損壊の境目は知っておきたいが、それを今やるつ必要はない。晴香辺りに文句を言われながら基地で行えばいいことだ。


「警戒し過ぎても意味が無い、レーザーガンで仕留めよう」


 伏兵の存在は未確認だし警戒も高島に頼んである。レーザーガンの射程でも充分狙える距離なのだから右手側を使って左手をいざという時に残しておけばいいだろう。決まれば早くモーションコントロールで地に伏せる敵魔攻士をロックして即座にトリガーを引く。


「ぐおおっ!」


 しかし直前で近接魔攻士は叫びながらごろりと転がった。ユグドから放たれたレーザーはぎりぎりで彼の体を掠めることなく地面を焦がす…………それでも近距離で炸裂したレーザーからは相当な熱が撒き散らされたはずだが、その強化魔法によって耐えきったらしかった。


「ユグド、斥力をもう少し強化だ」

「了解です、哉嗚」


 限界値まで上げなくとも完全に動けなくすればいい。


「させるかああああああああああああああああああああああああ!」


 だがそこに周囲の岩石を振るわせる怒声が響き渡る。見やれば己自身を拡大させながらこちらへと飛び掛かる金髪の魔攻士の姿が見えた。


「愚かですね」


 辛らつな評価をユグドが下すが哉嗚も同意見だった。岩石の拡大を見る限りあの魔法は対象を拡大するだけのものだ。人間を拡大すれば確かに力も耐久も相応に上がるだろうが劇的な強化となるわけではない…………ユグドの性能から考えれば的が大きくなるだけだ。


「ふっ」


 哉嗚は呼気と共に操縦桿を迫るその両手を切り落とすよう振る。モーションコントロールで繋がった機体が両手のレーザーガンを同じ動作で振り下ろし、金髪の魔攻士の右手が切り落とされる…………左手はぎりぎりで反応したのか僅かに掠めただけだった。そのまま伸びた手が機体の右肩へと掴みかかる。


「っ、気持ち悪いですね」


 それにユグドが不快さをにじませる。左手一本ではユグドを拘束することも出来ないし、そのまま肩を潰すほどの力もありはしない。その行動に意味も効果も感じられずただ彼女が不快なだけだった…………だがそれも僅かな動作で解消できる程度のもの。その左手をレーザガンで切断してもいいし、斥力を発生させて弾いてもいい。


「…………哉嗚?」


 しかし哉嗚は動かずユグドへの指示もない。それを疑問に思って彼女は名前を呼んだ。


「ユグド、外は任せた」


 しかし当の哉嗚はユグドの予想もしなかった指示を返す。そして彼自身はすでに行動は定まっているというようにうように操縦桿を放り投げ、腰から携帯用のレーザーガンを抜く。それは当然ながら機体が手にしているものとは別物だ。


 パイロットにとっては実質お守りのようなもので、並以下の魔攻士であっても防げるような威力しかない…………けれど哉嗚にとってはリーフ・ラシルに傷をつけた武器でもあり信頼に値する存在だった。


 故に、あの時と同じ裏技を哉嗚は再現する。


                ◇


「フォウ、今よっ!」


 暗闇の中で声が響く。それはナインの魔法の効果だ。彼女はその魔法で空気を自在に操ることができる。隔離された人間に自身の声の振動を減衰させずに伝えるなんてことは簡単だ。そして今まさにフォウの魔法が使われるチャンスなのだと教えてくれる。


「…………みんな」


 フォウが隠れ潜んでいた岩石の中からは外の様子は伺えない…………しかし魔力の反応からおおよそのことはわかっていた。セブは死に、ファイスとトゥースは窮地に陥っている。その全てはフォウの魔法を最大限に課すその為に。


「私、やるよ」


 セブの死を無駄にしない為、皆の頑張りを無為にしない為…………ファイスとトゥースを窮地から救う為。弱気な自分を捨ててすべきことをする。


 そうだ、確かにあの新型機は驚異的な強さを持っている…………だが、自分達五人ほどでないのだとフォウは自身を奮い立たせる。皆の力によって押し上げられた自分の魔法はあの緑の機体を貫いてパイロットを葬り去るのだから。


 目をつむり、あの機体へと繋がる空間の道を見通す…………確かにそこには道があった。皆が切り開いた勝利への道。


 その道へとフォウは飛び込み…………すぐに暗闇が消えて空間が開けた。


「え?」


 それと同時に額へと押し付けられた何かの感触。


 その正体を理解するよりも前にフォウの視界は再び暗闇に染まった。


                ◇


 哉嗚がコクピットから伸びたケーブルを繋いだレーザーガンを構えるのと、目の前に初めて見る少女の魔攻士が現れるのはほぼ同時だった…………迷いはなかった。その少女が状況を理解するよりも前に額に当てたレーザガンの引き金を引く。


 魔攻士は魔力障壁によって攻撃を防ぐがそれは意識して展開しなければならない…………ましてや魔法を使って転移した直後では防げるわけもないのだ。

 放たれたレーザーはあっさりと少女の頭を貫通してその後ろのモニターに焦げ跡をつけた。念の為に威力を上げておいたが必要はなかったかもしれない。


「…………今度は殺せたか」


 巨人機のパイロットは全員携帯式のレーザーガンを腰に提げている。当然ながら携帯できる程度のエネルギーパックでは大した出力は得られず下位の魔攻士の魔力障壁だってまともに撃ち抜くことはできない。ましてや巨人機を破壊するような相手に通じるはずもなく、だが何も持ってないよりはマシということで携帯義務がある…………そのせいで自殺用なんて揶揄やゆされていたりする代物だ。


 そんなレーザーガンではあるが哉嗚は前の部隊の先輩から裏技を聞いていた。なんでもコクピットのケーブルに接続することで巨人機からエネルギーを供給して威力を上げられるのだという。しかし冷静に考えればその実用性は皆無だ…………与太話と思って哉嗚はそれを聞き流していたがその後すぐに実証することになった。それも戦略魔攻士を相手に。


 だから今回も同じ方法でレーザーガンの威力を上げたのだ…………必要はなかったみたいだが。


「…………」

「哉嗚」


 押し黙って死体を見つめる哉嗚にユグドが声を掛ける。あどけない顔をした少女の魔攻士は瞳から光を失って全面モニターへともたれかかっていた。


「外の処理が終わりました」

「ああ、ありがとうユグド」


 少女の死体から目を離さぬまま哉嗚は答える。


「哉嗚」

「…………すまん、間近で死体を見るの初めだったんだ」


 魔攻士は違う生き物だと思えと先輩からは言われたが、間近で見るとそうとは思えない。


「いえ哉嗚、そんなことよりモニターが焦げました」


 しかしユグドはそんなことを言う。珍しく哉嗚に対して不機嫌な声だった。


「いくら哉嗚でも許せません…………この埋め合わせはしてもらいます」

「…………ははは」


 感傷とか、そう言うものは自分には無縁らしいと哉嗚は息を吐く。


 そして少女の死体から彼は目を逸らした。

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