十二話 死力
「哉嗚、どうやらこちらに来るようです」
高島の駆るヴェルグと離れてしばらくするとユグドがそう告げる。
「まあそんな気はしてたよ」
ヴェルグが実戦に出たのは今日が初めてだ。故に彼らの狙いが新型機ならそれはユグド以外にはありえない。どちらかを選ぶとした本来の目標を選ぶのではないかと哉嗚は思っていた。
「僚機がいなくなっていつも通りか…………頼りにしてるぞ、ユグド」
「当然です哉嗚、私に任せてください」
どことなく嬉しそうな声色でユグドが答える。それに哉嗚は小さく唇を緩めた。死ぬとしても一人ではない。それを知っているだけで恐れとか躊躇が消えてしまうのだから不思議な話だ。
「やるか」
「ええ、やりましょう」
哉嗚が頷き、それにユグドも応える。
「レーザーガンをモーションコントロールで、回避運動は任せる」
「了解です、哉嗚」
ユグドが答えると同時に操縦桿のロックが外れて哉嗚はそれを抜き取る。外側ではそれに合わせて機体が両腰の短距離集束式レーザーガンを抜き放っていた。
接近戦を挑んでくる魔攻士がいる以上通常のレーザーライフルは不利になる。だが調整次第ではレーザーガンもそれなりに射程を伸ばせるので中距離までなら対応できるはずだ。
「来ます」
ユグドの警告とともに姿を現したのは金髪の青年魔攻士だった。彼は岩を拡大して投擲することが出来る…………しかしそれだけではないだろうと哉嗚は推察した。
魔攻士が使う魔法は全体で見れば多彩でありながら個人では単能だ。けれど応用次第でがまるで別の魔法のような結果を生み出すことが可能であることも哉嗚は知っている。
けれどその予想に反して彼が選んだのはまたしても岩石の拡大だった…………だが今度は投げない。無数の巨大な岩石がまるでその場で生えたかのように荒野へと出現し、岩石の森とでも言うべき空間を作り出す。金髪の魔攻士の姿も岩石の陰に隠れて見えなくなった。
「さすがに何度も跳ね返させてはくれないか」
効果が及ばなかったのかユグドの周辺の岩石までは拡大されなかった…………が、金髪の魔攻士が居た周辺には無数の巨大な岩石によって多数の死角が作られてしまっている。下手に飛び込んで行けばどこから攻撃されるか分かったものではない。
もちろん生体センサーをフルで使えば隠れている相手も察知できるが、咄嗟の状況下ではやはり視界に捉えるよりワンテンポ遅れる。
「薙ぎ払いますか?」
「いや、それも向こうの手だろう」
あの大きさの岩程度ユグドの出力であれば簡単に破壊できるが、その場合にはレーザーライフルに持ち替える必要がある…………その隙を狙っているのだとしたら相手の思う壺だ。
「では距離を取りますか?」
「いや、様子を見よう」
距離を取るのは無難な手だが、逃げるのでもない限り結局はレーザーライフルに持ち替えなければならない…………そしてそんな一手を彼らが想定していないと考えるのは安直だ。
「ここは先手を潰す」
魔攻士相手には先手を取り続けるのが定石だが現状それは難しい。すでに相手の射程であり数も負けていて伏兵の可能性もある。正直未だ新兵の枠を抜けられた感覚の無い哉嗚程度が策を
あえて先手は取らせて、それをユグドの圧倒的な出力に任せていつも通り潰す。
「了解です、哉嗚」
「ああ、よろしく頼む」
ユグドが察知し状況を示し、哉嗚が判断を下す。それが巨人機の操縦だ。
「レーダーに動きあり」
そしてそれはすぐにやってきた。
「…………あの岩を受け止めた魔攻士か」
ゴロゴロと巨大なが岩石がこちらへ向かって転がり始めていた。念動魔法かそれとも違う何かか、いずれにせよ先ほど金髪の魔攻士を庇った赤髪の魔攻士の仕業だろう。罠に相手が踏み込んでこないなら罠から向かうという強引極まりない手だ。
「回避しますか?」
「いや、乗る」
逃げても
「それよりも生体センサーの監視を頼む」
「もちろん並行作業済みです、哉嗚」
「さすが」
話している内にゴロゴロと転がる巨大な岩石に囲まれていくが、頼りになるAIのおかげで恐怖は一切ない。
「さて、次はどう来るかな」
岩石は場を整える一手であってユグドを討ち取る直接的な手ではない。単純に考えれば岩石の死角を利用してあの近接魔攻士が狙いに来るだろう。だがこちらもそれを警戒していることは向こうも理解しているはずだ。
そう考えたところで…………モニターが岩石の質感で一杯に埋めつくされた。
◇
トゥース・モージが生まれながらに持っていた魔法は「拡大」だった。生成できる魔力量はそれなりに多く魔法の威力自体は高くできたが問題はその対象だ。なんでも拡大することができたならそれこそ厚遇されていたかもしれないが、生憎な事に彼が拡大できる対象は自分自身とそこらの鉱石だけだった。
投擲した岩石を拡大することでそれなりの威力を出すことはできた…………しかし彼より少ない魔力でそれ以上の力を出せる魔攻士は大勢いる。魔力の無駄遣いだと揶揄されたこともあった。
だが彼の仲間は違った。彼の力を認め生かす方法を探してくれた。けれどその仲間は殺され敵はまだのうのうと生きている…………だから彼は叫ぶ。
「潰れやがれえええええええええええええええええ!」
その身に宿る魔力の全力をもって緑の巨人機の周辺に転がった岩石をさらに拡大する。何もないはずの荒野で増大する質量によって四方から圧し潰してやるのだ…………もちろんそれは布石に過ぎなかった。だがトゥースは自分で決着をつけるつもりで全力を注ぎこんでいた。
「トゥース、やり過ぎかなー」
その肩をナインがポンと叩く。
「あんまり隙間を無くしたらファイスが入っていけないよー」
「…………っ、ふは」
トゥースが大きく息を吐く。
「これで、片付いてりゃ、問題ない……だろ」
「片付いてればねー」
息も
「そんな簡単な相手にセブはやられないよ」
そして寂し気に口にする。
「…………そうだな」
自分一人で倒せる程度の相手にセブは殺されたりしない…………こちらの全力を尽くしてそれでようやく倒れるような敵なのだ。
そうでなくては、彼の死があまりにも安っぽい。
「それに私たちの仕事はまだ終わってないかなー」
「わかってる」
息を整えてトゥースは足を踏み出す。
「行くぞ」
「うん」
頷いて、ナインはその後に続いた。
◇
ファイス・マグニはこの小隊のリーダーである。まとめ役として性格が適していたのもそうだが、そもそも他の四人を集めたのも彼だったのが大きい。そのことで皆彼に感謝しておりそれもあって彼をリーダーと認めていた。
元々ファイスは戦術魔攻士としては凡庸だった。彼の身体強化魔法は巨人機と単独でやりあえる力を持っていたが、防御面の強化に傾いていた為に決定力に欠けている。結果として彼は戦術魔攻士として認められはしたものの可もなく不可もないという評価を受けた。
生まれの才能が全てであるアスガルドにおいて自身の力の評価が定まると大半の人間はその地位に満足するか妥協する。努力をしても覆せない生まれの才能を皆知っており、無駄な努力をしようとはしないからだ。
しかしファイスは真面目な人間だった。自身の地位の向上ではなくアスガルドという国の為に自身の力を効率的に生かす道を
戦術魔攻士はその力の自負からか下位の魔攻士を率いることはあっても同ランクで組むことは珍しい……だが彼にはそんなこだわりはなかった。
ファイスのように半端な力で
そしてファイス達は堅実に結果を出した。その功績を長老会から認められついには家を持つことすらできたのだ…………それをファイスは自分の手柄だとは思っていない。仲間あっての結果であることを彼はよく理解していた。
ファイスは真面目だった。しかし感情が無いわけではない。凡庸であるはずの自分を高いところへと運んでくれた仲間のことを誰よりも大切に思っていた。
彼はリーダーであるがゆえに仲間には冷静で見せなくてはならない。
だが、その内心はトゥースよりも激しく燃え盛っていた。
「片を付ける」
短く、しかしその言葉に内心の全ての感情をファイスは乗せていた。トゥースの魔法によって拡大された岩石が互いを潰しあう隙間を縫ってあの緑の機体へと走る。巨人機は人に比べれば遥かに大きい…………その動きを封じるだけならばこれほど岩石を拡大させる必要はなかったはずだ。
それだけトゥースの怒りも大きかったのだろうと実感しながら、彼はその狭い隙間を強化された足で駆けていく。
ファイスの強化魔法は防御に偏っているが、それでも巨人機のコクピットを無理矢理に引きはがすくらいのことはできる。もちろん全てはフォウの魔法につなげるための布石ではあるのだが…………自分で倒してしまう方が最もリスクは少ない。
「な!?」
しかしその意気込みを無にするように開けた空間がファイスの視界に飛び込んで来る。拡大した岩石によって動きを封じられているはずのその空間は、そこだけがぽっかりと空いてしまっていた。
「馬鹿な、どこに」
確かにあの緑の巨人機の力を考えれば岩石を砕いて逃げることは可能だろう。あの巨体が通れるような隙間はないが力任せに広げてしまえばいいだけなのだから…………しかしそれが無い。どこにもそんな道は出来ておらず、あるのはぽっかりと空いた空間とそこに散らばる岩石の破片だけ。
破片の量は道中に比べ多く見えるが、拡大された岩石がぶつかり合っているのだからそれくらい散らばっていてもおかしくはないだろう。
「まさか空間転移の力まで持っているというのか?」
呆然としたようにその開けた空間へと足を踏み入れる。互いを潰すように拡大した岩石に遮られていてそこは随分と暗いが見通せないほどではない…………しかしどれだけ目を凝らしても岩石の破片が散らばっているだけで緑の巨人機は跡形もない。
「…………一旦戻るか?」
予想外の事態に直面してファイスの昂っていた気持ちは落ち着いていた…………しかしそれは冷静になったという意味ではない。
彼を覆う影より濃くなったその瞬間に、ファイスは反応できなかった。
◇
「宮城中尉の方はなかなか大変な状況になっているな」
モニターでユグドが巨大な岩石の中に埋め尽くされたところを高島は確認していた。だがその声色には隊長機がやられたという悲壮感はない。敵魔攻士の注意はこちらへとまだ向けられていなかった…………つまりはユグドは健在で彼らはそれに集中しているのだろう。
哉嗚は未だに自分は新兵だと自嘲しているが、高島は着任時に答えた通り彼の実力を認めている。
哉嗚の部下として配属されるにあたって高島は上から彼の戦闘に関する資料を提供されていた…………その中には戦略魔攻士リーフ・ラシルとの交戦して手傷を負わせ生き残った事実が記されていたのだ。
一度だけ、高島は戦略魔攻士を見たことがあった。交戦したわけではない…………していたら自分は死んでいただろうと高島は理解している。
遠巻きに、交戦領域から遠ざかった場所から観戦したその圧倒的な力。味方が
あれから生き残った、しかも手傷を負わせた。それも今乗っている破格の性能のユグドではなく高島も乗っていた従来機で…………それだけで上があの少年に期待する理由は充分に理解できた。
恐らく彼は自分は運が良かっただけだと思っているのだろう…………だが戦略魔攻士は運でどうにかなるような相手ではない。常人ならざる何かを持っているからこそできたのだ。
ゆえに高島は今の哉嗚の状況に一切の心配をしていない。状況の確認こそしているものの与えられた任務である伏兵の捜索へと意識の大半を割いている。
「しかし」
呟く。高島自身も伏兵の可能性は高いと考えている。だが周辺を回ってみても反応はなくモニターにそれらしき影もない。そもそもこちらが二手に分かれているのだからあちらも伏兵を狙われることは想定しているだろう…………つまりはまともに探して見つかる場所には隠れていないのだ。
「奴らは突然現れた」
転移か、隠蔽か…………同様の方法で伏兵も潜んでいるのだろう。
「そもそも伏兵を潜ませるとしたらその目的は?」
伏兵はその目標を狙えなければ兵の無駄遣いだ。つまりはその目標が分かれば必然として相手が嵌めようとしている場所も想像できる。
「となれば」
彼らの狙いがユグドであるならつまりはその伏兵の位置は…………。
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