十一話 襲撃
哉嗚たちは
「レーダーに反応!」
慌てるように強く響く音声。即座に哉嗚は戦闘へと意識を切り替えるがモニターに映る光景が薄暗く陰る…………その理由を思い当たるよりも背筋に寒気が走るほうが早かった。
「斥力障壁を直上に展開!」
出来れば全方向に展開したかったが、それでは僚機であるヴェルグを弾く可能性がある。
「障壁の展開を実行…………頭上に巨大質量。質量分析、岩石と確認」
矢継ぎ早にユグドが報告した。頭上に突然現れた巨大な岩石を斥力障壁で押し留める…………で、あれば次は何が来る? いや、まずはレーダーの確認が先だ。映る光点は三つ。魔攻士の小隊。突如現れたのは強力な
「ぶん投げろ!」
「了解です、哉嗚」
咄嗟の指示にユグドが応える。大雑把な指示でも意図を汲み取ってくれるのが普通のAIとユグドの大きな違いだろう。巨大な岩石を押し留める斥力障壁を調整し、その巨大な位置エネルギーの方向性を変換することでユグドはレーダーに示された五つの光点へとぶん投げた。
意識を上に向けさせたら横から攻めるのが定石だ、ゆえに哉嗚は横そのものを押し潰すことを選んだ。
「高島さん!」
「こちらは問題ないです。反撃を?」
僅かな余裕ができた内に僚機へと呼びかけると、冷静な声が通信から返って来る。
「いえ、周囲警戒を続けてください。相手は転移か高レベルの隠蔽魔法を使える可能性があります。レーダーは当てにし過ぎないでください」
「了解」
「動きを見るためにまずはユグドで撃ちます」
哉嗚も高島も今しがたの岩石返しで相手が倒せたとは思っていない。新型機が二機いるにもかかわらず仕掛けてきた相手なのだ…………戦術魔攻士クラスに決まっている。
「射撃用意、視線誘導オン」
レーダーに反応があった距離までは五百メートルほど。今は投げ返した岩石の影響で土煙が広がっており目視は不可能。物体を認識する広域レーダーも現状では役に立たない。範囲の狭い生体センサーを利用すれば話は別だが、それに頼りすぎるのも高島に伝えた通り危険だった。
だが魔攻士相手には先手を取り続けるのが定石だ。個人ごとに異なる魔法を使う魔攻士の多彩さには対応するよりも先手で力押しで潰すのが理想であるがゆえに…………だから、この場は勘でぶっ放す。
「撃ちます」
高島に告げてトリガーを引く。狙いは純粋な勘だ。当たらなくてもユグドの圧倒的な火力は相手を威圧する…………放たれた破壊的な白い奔流が土煙を貫き、その周辺を焼失させて大きな穴を生み出した。
仮に敵魔攻士がそこに居れば跡形すら残っていないはずだ。
「接近する生命体を確認!」
ユグドの警告と共に機体が揺れる。咄嗟に展開された斥力障壁をも貫通する衝撃。
「近距離型か!」
反射的に機体を下がらせてモニターに視線を巡らす。人間は小さく巨人機は大きい。新型であるユグドは従来機に比べれば小さいが、それでも接近されれば死角が増える。
先手を取って遠距離で仕留めるのが基本なのは接近されないためという意味もあった。
「斥力で弾き飛ばしますか?」
「ヴェルグが近すぎる」
全方位に斥力障壁を全力展開するのが確かに手っ取り早いが、先ほどと同じように見方を巻き込む危険があった…………今更ではあるがユグドの出力は僚機と共に戦うには過剰すぎる。
「出力を絞ってやれるか?」
「計算します」
ユグドが答えるとほぼ同時に
「こちらに任せて欲しい」
高島の通信が入り、滑るように接近したヴェルグがその腕を振るった。それと同時に大きく離れていく生体反応。正確なヴェルグの拳の一撃が敵魔攻士を捉えたのだ。
「くそやろうがああああああああああああああああああああああああ!」
しかしその直後に金髪の青年が現れて何かを二機へと目掛けて放り投げる。
それは他愛の無い大きさの石だった…………しかし接近するごとに大きくなっていく。距離の問題ではなく明らかにその質量が増していく。
魔法による質量の拡大。先ほどの巨大な岩石もそうやって生み出したものだったのだろう。
「ユグドっ!」
「了解です、哉嗚」
だが方向さえわかっているなら問題はない。ヴェルグを庇うように前に出て前面へと斥力障壁を勢いよく展開する…………つまりは斥力による打ち返しを行った。
それは真っ直ぐに金髪の青年魔攻士へと返って行くく。
◇
「畜生が!」
拡大は出来ても縮小は出来ない。逃げるには大きすぎてトゥースが
「お馬鹿さん」
そこにナインが割り込んで来てその手をかざした。すると大岩は何かに押さえつけられたように勢いを止めて静止する…………さらにナインが右へ手を振るとごろりと大岩は横へと転がった。
「考えなしに行動し過ぎかなー」
「ちっ、悪かったよ」
自覚しているのかトゥースは目を伏せる…………仲間がやられるのを見て激情のままに行動してしまった。初撃を返されているのだから同じことをされる可能性は想定しておくべきだったのに。
「クソッ、セブはやられちまったしファイスも……」
「私ならまだ大丈夫だ」
不意にファイスがトゥースの背後に現れる。服や顔は土で汚れてしまっているが体そのものは無事なようで痛みを感じているそぶりもなかった。
「だがセブは死んだ。跡形も残らずな」
「ああ」
重々しくファイスは頷く。狙いすましたような射撃にセブは逃げる暇もなくこの世から消え去った…………あまりにも呆気ない仲間の最後だった。
「その死を無駄には出来ん」
ここで退いては仲間が一人死んだことで怯えて逃げ帰ったとしか思われない。
「…………あの白いのは緑のほど力を感じねえ」
「そうだな、全力でないにせよ私の強化魔法でも充分耐えられた」
同じ形であってもやはり性能に差があるのだろうと二人は判断する。任務対象である緑の方がやはり強く、後から追加された白いほうはそれに劣る。
「なら狙うのは」
「緑の方だな」
「そうだねー」
トゥースとファイスが頷き合い、ナインもそれに同意する。
「フォウにもそう伝えろ」
全ては彼女の魔法に掛かっている…………一撃必殺を見込めるからこそあえて強いほうを狙うのだ。その後に逃げるにしても残りを倒すにしても強いほうを残す理由が無い。
「やるぞ」
ファイスが皆に告げて、戦いが再開する。
◇
最初の攻撃を
「訓練が必要ですね」
「ええ、自分もそう思います」
基本的に魔攻士相手に巨人機は力を絞る必要はない。出力に限界こそあるものの巨人機に使われているリアクターは燃料効率が非常によく節約する必要もないからだ…………故に魔攻士には力押しという基本戦略もあって常に全力でエネルギーを消費する。
しかしその戦略で戦うにはY―01という機体が強すぎた。一人で戦う分には問題ないのだがそこに僚機が加わるとその強さが問題になる。レーザーライフルの射線に気を付けるのは当然としても、安易な斥力障壁の展開は僚機にも損害を与えかねない。
「ユグド、うまく対応できるか?」
「出力を落とせば不可能ではありません」
即座にユグドは答える。出力が大きすぎるから味方を巻き込んでしまうのだからそれを落とせば問題なくなる……単純な理屈だ。
「ですが、手加減できる相手でしょうか」
高島が
「ユグド、互いに全力で戦う方法はあるか?」
「両機のデータリンクを密に行い専用のプログラムを構築すれば可能です」
ユグドが斥力を発生させるのなら同時にヴェルグ側も斥力を発生させ、自身への影響を打ち消せばいい。それが人間同士のやり取りであれば致命的な遅れにもなるが、AI同士のデータのやり取りとその処理速度ならば問題ない範囲で収まるだろう。
「…………それは今すぐできるか?」
「否定します、哉嗚」
「そうか」
それはわかっていた答えだった。すぐに可能ならばユグドは最初にそれを提案しているだろう…………いくらユグドが優秀なAIだと言ってもそんなプログラムを戦闘中に構築は出来ない。本来なら戦闘後に美亜などの研究者に提案して時間を掛けて組んでもらうものだ。
「すみません、これは少し考えれば予想できたことなのに」
「いえ、自分も気づきませんでした。お互い実戦に目が行き過ぎだったようです」
実験機として実戦でのデータや実績を求められていたこともあって哉嗚も高島も訓練ではなく実戦で動きを合わせることを選んでいた。
哉嗚の場合はユグドの性能を実戦で確認していたこともあって、多少連携がうまくいかずとも性能で押し切れるだろうと踏んでいたのもある。高島にしても従来機での戦闘経験が豊富故に対応できると思っていたのだろう。
つまるところこの状況は二人の油断と慢心の結果であり反省すべき点しかない。
「宮城中尉、ここは」
「ええ、連携は捨てましょう」
下手に近い距離を保っても互いが足枷になるだけだ。先ほどはヴェルグに助けられたが、そもそも僚機が居なければ即座にユグドで対処できたことだった。
「二手に分かれたら敵は多分一方に集中すると思います」
「でしょうね」
哉嗚の言葉に高島も同意する。敵魔攻士達は手練れの雰囲気だが個人でこちらを相手取れるような強者でもないようだった。こちらに合わせて二手に分かれるよりまずは一機を集中して確実に落とすことを選ぶだろう。
「では外れたほうは遠巻きに援護ということで?」
「いえ、そのフリをしながら伏兵を探しましょう」
哉嗚の返答に高島は少し間を置く。
「宮城中尉はいると判断するのですね?」
「流石に三人は少ないと思います」
魔攻士の小隊は基本五人編成だ。もちろん必ずその数ではなく誤差がある場合もあるが、味方に大きな被害を出している新型機を倒すのに少ない人数とは思えない。
「先ほどのユグドの射撃で減った可能性もありますが」
「それでやられている程度の相手なら三対一でもしばらくは持ちます」
伏兵がいないと確認した後の救援でも充分間に合う。
「いないと判断してこれ以上油断するよりは、いると思って肩透かしの方がマシですよ」
「なるほど、その通りですね」
高島も同意する。無駄な心配であれば問題はないのだ。先ほどの交戦で相手の実力はある程度知れている。それから判断するに怖いのは相手の隠し玉なり伏兵だ。
それさえ潰せればこちらの負けの目が大きくなることはなく、予想が外れても現状と変わらないだけだ。
「ではどちらに来ても恨みっこはなしということで」
「いえ、ハズレを引いた方が夕飯を奢るということにしましょう」
「乗りました」
ふっと笑うような口調で高島が答える。
「では」
「行動開始です」
その通信を最後にユグドとヴェルグは互いに別方向へと進み始めた。
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