十話 遭遇

 アスガルドとスヴァルトの戦争は漫然まんぜんとした膠着状態が続いている。基本的に起こる戦闘は互いが前線を哨戒したの遭遇戦だけであり、相手の領土を侵攻したりなどの戦闘はほとんど起こらない。

 とはいえ哉嗚が居た基地が襲われたようにアスガルドからの襲撃はそれなりに起こってもいる。これは厳格な軍規が定められたスヴァルトと、実力主義で個人の裁量が大きく認められているアスガルドの違いなのだろう…………有体に言ってしまえばアスガルドの魔攻士は独断専行が多い。やれると思えば彼らは個人の感情で先走るのだ。


 しかしそれはあくまでアスガルドの中でも戦術魔攻士クラスの話である。巨人機相手に勝ち目がそれほどない下位魔攻士は哨戒任務を無事に終えることを望んでいる…………そしてそれは少し前まではスヴァルトの動向と噛み合っていた。

 任務に忠実なスヴァルトの軍人は独断専行で境界線を飛び出したりしないし、見た目で実力を判別できない魔攻士相手に不要な戦闘を仕掛けたりはしなかったからだ。


 けれど今は違う。下位魔攻士の間には口々に緑の死神の噂が流れていた。積極的にこちらを見つけ出して殲滅にかかる新型の巨人機。アスガルド側に攻めてこそこないものの遭遇すれば逃がしてすらもらえない。下位魔攻士は遭遇しないことを祈り、戦術魔攻士は対処法を話し合う。


 そして討伐命令を受けた部隊は確実に狩るための作戦を練る。


 けれど彼らは知らない…………死神が、二機に増えていたことを。


                ◇


「哉嗚、レーダーに反応です」


 何もない荒野で不意にユグドが哉嗚に告げる。すぐさま彼はレーダーに示された反応とモニターの景色を比べるがそこには何もない…………だが、レーダーの反応は確かにそこに何かがいることを教えていた。


「こちらのレーダーでも確認しました。目視は出来ず」


 僚機であるヴェルグに乗る高島から通信が入る。やはり彼の方でもレーダーに反応があっても見えてはいないらしい。


「幻影系の魔法である可能性が高いです」

「でしょうね」


 魔攻士には幻を操って姿を隠せるものは珍しくない。それは光を操作する魔法であったり色のような霧のようなものを広げたりと種類は様々だ。中には物理的な干渉すら行える幻も生み出す魔攻士もいたりと中々油断の出来ない魔法ではある。


「近い」


 反応は通常レーダーで敵魔攻士を捉えられる距離より近い。


「何かしらの探知妨害が掛かっているのでしょう」

「でもそれほど強いわけじゃなさそうですね」


 現にごまかせたのはほんの僅かな距離だけだ。姿隠しの魔法にその効果があるのか、それとも別の魔攻士が使っているのか…………いずれにせよ下位の魔攻士だろう。


「不意打ちを狙っている可能性は低そうですね」

「自分も同意します」


 彼らは身を寄せて死神が通り過ぎるのを祈っているだけの可能性が高い。


「見逃しますか?」


 高島が尋ねて来る。


「いいえ」


 けれど哉嗚はすぐにそれを否定する。


「敵を見逃すわけにはいきません…………それに、不意打ちの可能性はゼロじゃない」


 怯えて潜む相手を撃つことに哉嗚だって罪悪感は覚える。けれどこれは戦争で自分達は敵魔攻士を討つ命令を受けてここにいるのだ。

 そして哉嗚の予想はあくまで確率が高いだろうというだけであって確定ではない…………相手は魔攻士。生身で巨人機を相手取れる超人なのだ。


 起死回生の一手は常に警戒すべきで、思い込みで油断を招くべきではない。


「足を止めたら悟られる。速度は少しだけ緩めて移動射撃で片をつけます」

「異論ありません」

「先制はユグドで、タイミングを少し遅らせてヴェルグで頼みます」

「了解」


 高島から了承の通信を確認して哉嗚は射撃の準備を行う。標的をレーダーで指定。ライフルは肩に担いだままで構えず…………抜き撃ちでの不意打ちを狙う。ライフルでの抜き撃ちなど生身ならとても正確な狙いなど付けられないが、AIによる的確なサポートの受けられる巨人機だからこそできる技だ。


「ユグド、威力はバランスを崩さない程度に絞っていい。撃ち漏らしはヴェルグに任せる」

「調整完了。哉嗚、いつでもいけます」

「高島さん」

「こちらもいつでもいけます」

「では五秒後に射撃開始」


 五、四、三、二、一。


「撃て」


 言葉と共にトリガーを押し込む。移動したまま流れるような仕草で機体は担いでいたライフルを構え、傍から見れば無造作にライフルの引き金を引く。絞ってもなお余りある威力に機体が揺れる…………しかしそこはさすがはユグドの制御かバランスを崩すことなく正確な射撃で撃ち切った。


「目標を確認、射撃を開始する」


 ユグドの射撃で術者が死んだのか透明化が解け、その射線から少し離れたところに男の魔攻士の姿が現れる。ユグドのレーザーを避けたのは偶然か実力か、いずれにせよ目標を視認して放たれたヴェルグのレーザーによってその魔攻士もこの世から消え去った。


「哉嗚、レーダーの反応消失を確認しました」

「わかった、ありがとう」


 ユグドに礼を言って息を吐く。結局彼らがやり過ごそうとしていたのかそうでなかったのかはわからないままだ…………永遠にわからなくしてしまった。だがそれは気にしても意味のないことだと哉嗚は呑み込む。


「宮城中尉、これからどうしますか?」

「そうですね」


 これまでの経験上一度敵魔攻士の小隊と遭遇するとその周辺で再度遭遇することはない。ここからその範囲外にまで移動することを考えると少しばかり時間が掛かる。それに今しがた排除した魔攻士達に遭遇するまでにもそれなりに時間が掛かっていた。


「帰還しましょう……まあ、ヴェルグの実戦テストとしては不十分かもしれませんが」

「それは仕方ないでしょう」


 苦笑したような口調の高島の通信。これは彼がヴェルグを受領した最初の実戦だった。それが隠れていた相手を撃つだけという結果で終わったのは確かに不十分ではある。しかし思うようにいかないのが実戦であり、むしろ結果を求めようとし過ぎる方が危険な結果を招くことを高島はよく知っている。


「焦らなくても機会はいくらでもあります…………それにまともな戦闘をしなくても乗っているだけでこの機体の良さはわかりますよ」

「やっぱり従来機とは違いますか?」

「ええ全く。少し言い方は悪いですが雲泥の差と言ってもいいくらいです」


 別に従来機が悪い機体だったというわけではない。従来の機体でも平均的な魔攻士に対しては大きな戦果を挙げているのだ…………単にY―01という機体が飛び抜けているというだけだ。


「しかしそれでもそちらのユグドには劣りますが」

「当然です、私がいるのですから」


 不意に通信にユグドが割り込む。声色だけでドヤ顔が頭に浮かんだ。


「ええ、あなたは素晴らしいAIだと私も思いますよ」


 しかしよくできた大人である高島はすらりと称賛の言葉を口にする。


「私の機体のAIもあなたのようであったらよかったのですが」

「だそうですよ、哉嗚」

「ああうん、俺の機体はユグドがAIで良かったよ」


 ははは、と乾いた笑みを浮かべながら哉嗚は愛想を口にする。しかし実際にユグドが理由なのか同系であるはずのユグドとヴェルグには大きな性能の差がある。機体の作りは同じはずなのに出力から何もかもがユグドはヴェルグを上回っているのだ。

 違いはヴェルグの方が普通のAIを積んでいることくらいしか無いので、何かしら普通のAIにはリミッターが掛かっているのではないかと晴香と話したことがあった。


「私の機体のAIもユグドと同様にしてもらえるよう掛け合うべきでしょうか」


 高島もAIのユグドが気難しいというか厄介な性格であることは理解している。だがそれでも性能が大幅に向上するというのなら許容は出来る…………なにせその性能の差で命を失うか失わないかの戦いに身を置いているのだから。


「どうでしょう、同じにできるなら最初から同じにしてる気もしますけど」


 哉嗚はこの国が薄氷の上の状態であることを総司令官である辻と共有している。故に機体を強化できるならしない選択肢などないはずだ…………つまりは出来ない理由があるのではないかと思う。


「何かしら不具合がある可能性はありますね」

「失礼な、ユグドに不具合などありません」

「おっと、これは失礼しました」


 不満そうなユグドの声に高島が苦笑する。彼らは別に油断はしていなかった。敵を排除し周辺に他の敵兵が居ないことも確認している。そしてこれまでの経験から別の魔攻士の小隊と遭遇する可能性が低いことも理解していた。そしてその上で会話しながらもAIは常にレーダーに気を配っていることも知っている。


 油断はしていなかった、けれど想定をおこたっていた…………それは結局油断になるのだろう。


                ◇


 彼らは二機の巨人機から遠く離れた場所にいた。積み重ねた戦闘経験からレーダーに捕らえられない距離は把握している…………相手は新型機であるがゆえにより遠く。そしてその保険は有効に働き、彼らはユグドとヴェルグのレーダーに捉えられることなく状況を把握できていた。


「おいおい、こいつはどういうこった」


 遥か遠く、米粒のようなものにすら見えない二機がトゥースの目には見えていた。


「どうした?」

「報告して来た魔攻士の小隊は全滅した」

「そうか、彼らには申し訳ないことをしたな」


 ファイス達に任務対象の位置を報告し続ける義務が無ければ、彼らは気づかれる前に逃げることも出来たはずだ。こちらが到着するのがもう少し早ければよかったのだが、間に合わなかったものは仕方ない。


「で、問題はだ…………二機いるぞ」


 ファイスの質問に端的にトゥースは答える。


「…………まあ、想定の範疇はんちゅうではあるな」


 重い声でファイスが呟く。魔攻士と違い巨人機は道具であり量産できるのが強みだ。一機しかいないと思い込む方がおかしいのでありファイスたちも想定はしていた…………できれば実現して欲しくなかった想定であるだけだ。


「一機は薄い緑…………エメラルドグリーンだったか? もう一機の塗装は白だ」

「エメラルドグリーンの方が任務対象の緑の死神か」

「つまり別の機体二機ではなく追加で一機増えただけの形ですか」


 セブが目を細めてトゥースの視線の方角を見やる。どうせなら噂とは全く別の二機であった方がよかった。

 噂になっているのは緑の機体でありそちらは間違いなく実戦経験を積んでいる。しかしそうでないなら新しい機体に慣れていない可能性はあり隙が見込めたのだ。


「ま、最善ではないけど最悪ではないんでないのー? 死神が二体なんて噂はなかったんだしまだ連携もしっかりしてないでしょー」


 ナインが緊張感のない声で口を開く。


「俺は退いてもいいと思うけどな。二機に増えたってのは重要な情報じゃね?」

「駄目だな、長老会は納得すまい」


 ファイスは首を振る。


「彼らが求めているのは戦術魔攻士が新型に通用するか否かだ」


 確かに一機だけではなくなったというのは重要な情報だが、それは彼らから求められている情報ではないのだ。新型の実力が知りたいのに、相手が二機に増えてたから帰ってきましたでは長老会の心証は間違いなく悪い。


「それにその白いのが本当に新型だったのか尋ねられたらどうする」

「…………それは少し不味いですね」


 セブが同意する。二機は形こそ同じものの中身が同一とは限らない。もしかしたら性能は緑の悪魔に遠く及ばないかもしれない…………その可能性を問われたらなんの確認もしなかったファイス達の落ち度になる。


「つまりは最低でも一当てはするしかないってことか」

「そうだ」


 ファイスは頷く。


「それも出来るならどちらかは撃破したい」


 生き延びるのも第一ではあるが、逃げ帰ればファイス達の評価は大きく下がる。


「というかフォウの魔法の性質上やれても一機だろ。片方やられたら残ったほうには警戒されて二度目は難しいんじゃねえか?」


 トゥースがフォウを見る。


「つーか二機相手となるとフォウの守りも薄くならざるを得ねえ…………そんな状況下でもやれるのか?」

「わ、私は…………」


 その視線にフォウは戸惑い押し黙る。救いを求めるように視線を巡らせファイスを見るが、彼は何も言わずに真っ直ぐに彼女を見返した。責めている視線ではなかった。ただ強い意志で彼女を信じているように見えた。


「や、やれます!」


 その視線に応えるようにフォウは叫ぶ。


「おし、ならやるか」

「ですね」

「がんばるかー」


 その言葉に他の三人がそれぞれ心を定める。


「やろう」


 そして最後にファイスがフォウを見据えたままそう言った。


 積み上げた実力と信頼…………その全てを死神へと彼らはぶつける。

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