九話 長老会
スヴァルトは長老会と呼ばれる指導部によって運営されている。八人の長老の合議制からなるそれはかつてこの国の強者だった者たちによって作られた。
けれどその強さは遺伝するとは限らないものであり、その
魔法の強さが全てであると
◇
「では本日は
石造りの薄暗い小さな部屋に八人の人間が集まっていた。中央には小さな光源が火もなく存在しており彼らの姿を映し出している。
便宜上各々が長老と呼ばれているが、実際に彼らの年齢は様々だった。今しがた口を開いた男が一番若く三十代くらいで、逆に一番年嵩の老人の身体は今にも枯れ落ちそうなほどに細く、けれどその目だけはこの薄明りの中でも
「ふむ、キゼルヌの坊主も中々に様になってきたの」
「カイヌ様にそう言って頂けるとは
言葉通りに恐縮した態度でキゼルヌと呼ばれた男は頭を下げる。周囲の面々はその様子を当然のことのように受け止めており、それがこの場における権力の関係を表していた。
八人の長老は全て対等であるというのが長老会運営の前提だが、人が集まればそこに必ず上下は生まれるものなのだ。
「では始めてくれるかの」
「かしこまりました」
カイヌと呼ばれた老人が促すとキゼルヌは会釈して視線を全体に戻す。
「本日お集まり頂いた議題はスヴァルトの新型巨人機についてです」
一応内容は事前に通達されているのだが、今知ったというような表情を何人かが浮かべる。
「新型というとここ最近被害が多いというあれか?」
「その通りです」
口を開いた長老会の一人にキゼルヌは頷く。
「現状で被害そのものは大したことはないのですが、これまで奴らが用いた巨人機とは隔絶した性能であるらしく下位の魔攻士たちに動揺が広まっています」
「ふむ、今のところ被害は下位の魔攻士だけか?」
「確認されているものだとそうですね」
「ならば問題ないのではないか?」
中年の、この場の権力も概ね中間に位置する長老が首を傾げるように言った。
「ガルヌ殿、それはどういった意味でしょうか」
「意味も何もそのままだ」
尋ねるキゼルヌにガルヌと呼ばれた長老はそう返す。
「やられているのは使い捨ての下位魔攻士どもなのだろう? それならばこれまでと変わらないではないか」
新型ではなく現状の主力である旧型相手にも
「…………確かに倒されるのが下位の魔攻士だけであればそうですね」
「違うのか?」
「確認されている限りでは下位の魔攻士だけです…………しかし中には戦術魔攻士に近しい実力者たちも混ざっています」
「だが戦術魔攻士ではないのだろう?」
まるで言葉遊びをするようにガルヌが言う。
「これは確認されていない情報なので先ほどは伏せましたが、戦術魔攻士の中でも上位に近い者の部隊がスヴァルトの前線基地に襲撃を仕掛け全滅しています…………新型機はそれから目撃されるようになりました」
「ふむ、つまりその新型機とやらは戦術魔攻士をも倒しうると」
「可能性はあるかと」
口を挟んだカイヌにキゼルヌは頷く。
「それは少し問題じゃな」
思案するようにカイヌはその長い顎髭をいじる。
「現状を
「ですな」
カイヌの言葉に長老会の面々が同意していく。
「現状我々は負けておる」
カイヌの言葉は長老会の認識している現状そのものだった。
「しかし戦争そのものに負けたわけではない」
それを証拠にスヴァルトは攻めには出られず膠着が続いている。
「負けも所詮は一時のこと、このまま膠着を続ければ我々にも勝ちの目はある」
「然り然り」
口々に頷く。
「現状でグエンは動かせぬ切り札ではありますが、もう一枚切り札が手に入れば切ってしまえますからな」
ガルヌの言葉にまた同意の頷きが広がる。魔法使いとは生まれ持った才能だ。それ次第によっては一気に戦力が拡大する…………膠着状態が続けば生まれる子供が増える。そしてその子供の中に戦略魔攻士の才能を持つ者がいれば現状を覆すことは容易いと長老会の面々は考えているのだ。
「それに奴らが兵器を作るには相応の資源が必要……消費し続ければいずれ無くなります」
「うむ、時間は我らの味方なのだ」
ゆえにこの膠着を崩す要素は好ましくない。
「その新型機とやらはまだ量産されておらんのだろう?」
「そのようですね…………恐らくは実験段階なのかと」
現状で成果を出しているのだから可能ならすでに量産しているはずだ。
「危険であればその段階で潰すしかないのう」
「その為にはまずは確認が必要かと」
「うむ、不要であれば下手な刺激を与えるのもよくない」
彼らにしてみれば戦術魔攻士への被害が増えなければ大差ないことなのだ。
「戦術魔攻士をぶつけてみて様子を見るのが良かろう。そのまま倒せればよし、倒せぬようならばリーフを使えばよかろう」
「三位ならば仮に失ってもそれほど問題はないですからな」
本来なら切り札の一角であるはずの三位ですらその程度の扱い…………それくらいに一位であるグエンの差は大きい。
「まあ、その場合は流石にグエンを使わざるを得ないでしょうが」
「あまり考えたくないことじゃな」
カイヌが嘆息する。戦術級がやられるのと戦略級がやられるのとでは話が大きく違う。
「まあ、まずは戦術魔攻士じゃ」
「それがよろしいかと…………皆様もそれで構いませんね?」
カイヌに頷きキゼルヌがミナを見回すとそれぞれが同意を返す。
戦争の状況は少しずつ動き始めた。
◇
アスガルドには建築技術という概念はない。なぜなら居住するための家も軍事施設も魔法によって建てることができるからだ。
もちろん全ての魔法使いがそういった魔法を使えるわけではないが、国民の総数から考えればそれなりに数は集まる。そして少数であっても僅かな時間で大規模な建築を行えるのが魔法の利点であり、結果として国全体を
「長老会から重要度の高い任務が与えられた」
そんな魔法によって建てられた石造りの建物の一室に彼らは集まっていた。そこは魔攻士が共同生活を行う塔ではなく、彼ら自身が命令して建てさせた広い持ち家だった。それはつまり彼らは一定以上の実力と長老会からの信頼を得ているということになる。
石壁に囲まれた簡素な部屋の中央のテーブルに腰かけるのは五人の男女。年齢は比較的若く今しがた口を開いたリーダーらしき男でも三十代前半、一番若いのは周りに恐縮したような表情で座っている十四、五くらいに見える少女だろう。
「それってもしかしてあの噂の新型機絡みか?」
二十代くらいの金髪の青年がリーダーへと尋ねる。
「そうだ、まあ言ってしまえばそれを倒せという任務だな」
頷くリーダーに金髪の青年が顔をしかめる。
「それってつまり威力偵察をしろって話だよな。貧乏くじじゃねえか」
未だ詳細な情報の無い相手を倒して来いというのはそういうことだ。勝てばよし、負けてもより詳細な戦闘データが手に入る。
「最悪我々なら情報を持ち帰れると信用されているということだ」
「ファイスは相変わらず前向きだねえ」
金髪の青年は肩を竦める。
「あの、断ったりっていうのは…………出来ないんですか?」
一番年若い少女がおずおずと口を開く。下位の魔攻士なら無理だが戦術魔攻士、それも自宅を持つことができるクラスであればある程度任務を選ぶ自由も許されていた。
もちろんあまりわがままを続ければ問題視されるが、基本彼らは命令に忠実だったので偶の一回くらいは問題ないはずだった。
「先にも言ったがフォウ、これは重要度の高い任務なんだ」
「…………断れないってこと、ですか」
「ああ」
ファイスは頷く。
「前にも似たようなケースで断ろうとしたやつらがいたが…………結局は呪いで仲間の一人が粛正されて任務を受け入れた」
「そんな……」
「長老会にとって重要度の高い任務っていうのはそういうことだ」
逆らおうとすれば見せしめを出すことも彼らは
「逆に言えばこの任務を達成すれば長老会の覚えもさらに良くなるってことです」
金髪の青年と同年代の糸目の青年が口を開いてフォウへと笑みを浮かべる。
「そんだけキッツい任務ってことだけどねー」
それに
「ま、俺もナインに同意だがどうせ断れないんだから話を進めようぜ」
「トゥースの言う通りだ、不毛な話は止めて任務の話をしよう」
ファイスは四人を見回す。皆、異論はないようだった。
「まずは情報の確認だ。目標はスヴァルトの新型巨人機。現状わかっている限りでは下位の魔攻士たちでは相手にならない性能ということくらいだが…………他にあるか?」
ファイスが尋ねると糸目の青年が手を上げる。
「セブ」
「噂程度、ですけどね」
「それで構わん」
可能性の一つとして頭に入れておくだけでもいざという時にできる反応は変わる。
「この前ガリウスが戦死してたのは知ってますよね?」
「ああ、前線基地の襲撃に失敗したんだったか」
「未確認情報何ですがそれが噂の新型機の最初の戦果らしいです」
「…………あのガリウスを返り討ちにしたのか」
ガリウスという戦術魔攻士のことはファイスもよく知っていた。巨大なゴーレムを生み出すことができる魔攻士であり戦略級に匹敵するかもと言われていた男だ。
巨大な質量で相手を圧倒するという単純な攻撃しかできないが、同じように力勝負を仕掛けて来る巨人機にはそれで充分であり、実際に彼のゴーレムが巨人機を蹂躙する様をファイスも見たことがあった。
「それが事実であれば相当な性能であるのは間違いないな」
「実際はわかんねえけどそれくらいはあるって考えていたほうがいいんじゃね?」
「そうだな」
ファイスはトゥースに頷く。相手を過小評価するより過大評価していた方が実際の被害は少なく済む可能性が大きい。
「ここはやはりフォウの魔法を主軸に作戦を組み立てるべきだろうな」
「賛成です、やはり巨人機相手には彼女の魔法が一番有効ですからね」
即座にセブが同意の言葉を返す。
「私も異論はないわー」
「もちろん俺もだ」
ナインとトゥースもそれに同意した。
「わ、私がメイン…………です、か」
当人だけが戸惑ったように皆を見る。
「別にこれまでにもやったことはあるだろう?」
「そ、それはそうですけど…………こんなに重要な任務はなかったです」
「大丈夫だ」
自身のなさそうなフォウを安心させるようにファイスは言う。
「君は充分に強力な魔攻士だ。ガリウスは確かに強かったし、仮に我々が戦ったとしても勝てるかどうかわからない魔攻士だった…………しかし一つ確かなことがある。それはあのガリウスが倒せなかった新型巨人機であっても君ならば倒せる可能性があることだ」
自信をつけさせるためのおべっかではなく、ただ事実としてファイスはフォウへとそれを告げた。他の三人も同意するように首を頷かせている。
「もちろん君一人では難しいのは確かだろう…………だから我々がいる。君が万全のタイミングでその魔法を生かせるよう私達が状況を整える」
実際のところ彼らは個々の実力では突出した存在とは言えない。一人一人を比べるならガリウスに勝てる力は持っていないのだ。
それでも彼らが自宅を許されるほどに認められているのは、高い連携力によって個々の力を最大限に発揮できる状況を作ることに長けているからだ。
「我々ならばやれる」
ファイスはそれまでの実績を自身に皆を見回す。
その中のフォウの瞳には確かな決意の光が宿りつつあった。
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